Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華 103

2019-11-24 15:41:06 | 日記

 その時、四郎、と、障子の向こうから祖父の呼ぶ声がした。父は祖父母のいる座敷に顔を向けた。

「そうか、父さんだな。」

こんな合わない時間に菓子等やって、そうぶつぶつ言うと、父は歩き出して障子戸が1枚引かれて開いている縁側の入り口の方へと向かった。そこから座敷に顔を突っ込むと、父さんと、彼は自分の父に文句を言い出そうとした。

「父さんこんな時間に、」

ここで彼はえっ?と言葉を途切らせた。「えっ、何?。」と、父は彼の母である私の祖母と話しを始めたようだ。

 開いていている障子の場所からは、普段祖母がいる筈の定位置の場所の方が近かった。父の向ける顔の向きからもそれは窺う事が出来た。彼はうんうんと祖母の話を聞いているようだった、が、少しして私の方を見ると、不承不承の顔付きで、「うっ、云。」と了解したような返事をした。そして俯くと考える様な気配になった。

 続いて父はやや沈んだ感じで私の傍へと戻って来たが、ちょっと悪戯っぽそうな顔付に変わると私の前に立った。彼は黙ったまま、私の握っている拳を取り上げた。その時には、もう私の両手はきちんと床に正座した自分の膝の上に載せていた。私は後ろ手にしている事に疲れたのと、隠し事をする事に飽きて来たのだ。私はこの時、正直に怪我を見せてもよいな、見つかってもいいやと考えていた。そして叱られる準備に正座していたのだ。

 きちんと縁側に正座して、父にされるままに私が拳を開くと、彼は私の怪我を見てふんと言った。ヨーチンだな。一言の元にこう言われた私は、顔をしかめて如何しても?と問い掛けた。如何してもだな、父はそう言うと顔を私から背けて、何やらふふふと笑いを堪えていた。彼は私の手を離して立ち上がると、

「いやぁ、親子だなぁ。」

2、3歩あるいて縁側の中央へと歩を進めた。彼はそこで立ち止まると、そうかそうかと腰に自分の両の手を当てると胸を張ってすっくと立った。自分も子供の頃は嫌いだった。ヨーチンはな。と言うと、明るい中庭を眺め出した。彼はその儘ハハハと愉快そうに笑うと、「私の子だなぁ。」うんうんと独り言ちていた。

 私はてっきり怪我を隠していた事がばれて父に叱られるものだと身構えていたので、この愉快そうな父の様子は当てが外れたという物だった。父の様子は私には解せなかったが叱られずにほっとした。父はそんな私の安堵した様子を横目で眺めていた。 

 彼は程無くして、しかしなぁと言うと、「嘘はいけないぞ。」と私が久しぶりに聞くこの文言を言った。

「今の場合、嘘というより隠し事だ。」

「親に隠し事はいけないぞ。ちゃんと正直に言うものだ。」

特に怪我した時はきちんと見せないと、後で大事になったらどうするのだ。と、これはやはり叱られたのだが、この時の父の声音は穏やかで優しく、私はもっぱら注意された程度で済んだ。

 その後父は縁から出て行き、父に代わって母が私を呼びに来た。

「お前、名誉の負傷をしたんだって。」

母はふざけてそう言うと、廊下の日が届かない場所に有る薬箱の所迄私を伴って行った。薬箱からヨードチンキの箱を取り出してふふふと、彼女は何が可笑しいのかほくそ笑んだ。

 その後母は、古いのが切れてね、これを新しく買っておいたんだよ。と言うと、その真新しい箱を開けて、中にたっぷりの液体が入った小瓶の薬を私に見せた。

『ああいよいよだ、年貢の納め時という物だ。』

私はいざという段になると歯を食いしばって手から顔を背けた。神経だけは傷に集中させて、来るべき衝撃に身を引くようにして嫌々ながら備えた。が、この時、如何いう訳かビーンと来る筈の衝撃が私を襲って来なかった。

 『おや、あれれ…?』

私が不思議に思う間も無く、母はもうパタパタと薬瓶を元の取り出した薬箱に収めている。

「お薬は?、」

付け無くていいのかと怪訝そうに問う私に、母は言った。

「もう付けましたよ。」

私が意外に思いながらどれと掌を見ると、そこには確かに赤味を帯びた液体が付着していた。液はてらてらと未だ濡れているような感じだ。

 『本当だ!。』私は思ったが、今迄の様にぎゃーっと唸るような沁み感が傷口に来ない。その内沁みて来るのだろうか?私が摩訶不思議な気分で塗られた薬の赤い色をおっかなびっくり眺めていると、母が「未だ気付か無いのか。」と言った。

「本当に鈍い子だね。分からないの?、薬の色を見てごらん。」

等と彼女が不満気に言うものだから、私は掌をより詳細に眺めてみた。赤ぽい薬の色だ、何時もと何の変わりも無い。どこが違うというのだろうか?。母の言葉が全く意味不明の儘、私は首を捻るばかりだった。

 「ねえさん、そこは暗いから分からないんだよ。」

そう廊下の向こう側、縁側の方から顔を出した祖母が言った。

「智ちゃん、こっちに来て。明るい所で薬の色を見てごらん。」

私は祖母に言われるままに、日の差さない暗い廊下から、祖母の呼んだ日差しの入る明るい縁側へと向かった。明るい光に掌を広げてみる。そこには今迄のような暗い茶色っぽい赤い色では無く、明るい赤い色の薬が塗られていた。

「赤いや!。」

「赤チンだよ。」

祖母が私の言葉に、にこにこして答えてくれた。「これの方が、ヨーチンより沁みないからね。」そう言うと、彼女は私の頭に手を伸ばし、ナデナデと頭を撫でてくれるのだった。

 


うの華 102

2019-11-24 14:47:21 | 日記

 「やぁ、漸く座敷に春が来たな。」

「もう夏も近くなるというのに。」

私が気が付くと父が廊下側の入り口に立っていた。私はハッとして自分の血の出ている方の手を後ろ手に隠した。何食わぬ顔をしていたつもりだったが、この私の態とらしい行動は目敏く父に見つけられた。彼はひょっ!とした顔付きで目を見開いた。そしてまじまじと私を見詰めて来た。私はしまったと思った。

 「やっ、お前、今何か後ろに隠しただろう。」

彼は私が菓子か何かを手に持っていてそれを後ろに隠したと思ったようだ。

「未だご飯を食べて間が無いだろう。」

彼はそう言うと、お八つの時間には未だ大分早い、間食はいけないぞと、どれどれという感じで私の隠した物の正体を見極めようと、私の傍へとやって来た。

 父が1歩足を縁側へ下ろした途端、

ガクン!

床板が揺れて彼は後方へとバランㇲを崩した。しかし彼は流石に大人だ。不意の衝撃に崩れるバランスを持ち堪えた。自身の体位を立て直したのだ。私はこの父の様子に流石だと思った。その後父は1、2歩あるくと、振り返って今ほど下がった床板を見た。下がって縦揺れした個所を確認したのだ。「危ないなぁ。」お前大丈夫だったのか?父は私の顔を見て尋ねた。

 「うっ、…うん。」

私は正直に怪我したと言った物かどうかと一瞬迷った。血が出たと言っても僅かな事だ、このままにしておいていいんじゃないかな。隠した掌の、先程見た小さな赤い丸い粒が脳裏に浮かんだ、続いて、ヨードチンキの小瓶やガーゼに含まれた臙脂色が瞼に浮かんだ。私は一瞬目を閉じるとふるふるっと頭を振った。『それは嫌だな。』。

 何とかそれをしないで済まないだろうか。そんな事を考えて目を細くすると、歯を食いしばる様にして微笑んだ。父はそんな私の様子に、

「お前何だかおかしいな。」

明らかに様子が変だぞ、と、言うと、どれ、と言って、彼は私の後ろに顔を回すと私の軽く握りしめている拳を見つけた。

「手に何を持っている。何か良からぬものだな。」

と父は不機嫌に言ったが、私は「何も、何も持っていないよ。」と、正直に答えた。

 そしてこれは本当だと内心舌を出して思った。しかし、怪我の事は言いたくない。何とか父に怪我をしていると分からないようにこの場をやり過ごせない物だろうか。私は内心冷や汗物で、如何したらよいだろうかと迷っていた。実は正直に話して、父に怪我の手当てをして貰った方が良いだろうかと、そんな考えも捨てきれずにいたのだ。


今日の思い出を振り返ってみる

2019-11-24 14:45:39 | 日記
 
いつつ、いっぱいのパイ(2)

 唯、チョコレートパイは子供が留守の間に作ったので、私が実際に作る所を子供自身は見ていませんでした。両親は私が作り始めた最初からか、途中で帰宅して来たものか、兎に角私が作っている光......
 

 チョコレートパイ、また作ってみようかな。