父はきょとんとした様な顔を私に向けた。そこで私は、寝ようとしていた私を、起こした理由がきちんと知りたいと父に言い寄った。が、彼は黙ったまま私を見下ろしていた。
暫し間を置いて、ま、いいじゃないかと父は言う。
「お父さんも寝るから、一緒に寝よう。」
そう言うと父は私を、私の布団の上に運んで下ろし休ませた。それから、布団が重ねられている隣の部屋に1人移ると、よいせよいせと自分の敷布団を運び始めた。彼は何回かに分けて布団を数枚運びながら、独り言の様に喋り出していた。
「発起だな。」
父さんがそう言っていたが、お前発起したそうだ。一念発起だ。「あの歳で発起するとは、可哀そうに、そうか、もうそんな歳なんだろうな。」、はてさて、父さんの言う発起とは、何の事やら。
…それにしても、意地汚い奴だな、お前は。「あの子は手に菓子でも持っていると勘違いしたんだろう。」母さんが言っていた。そう言うとここで父は立ち止まり、私を見やると何やら親らしく笑った。私は父のこの一連の所作を、寝転ぶ自分の足元の方向に見過ごしながらぼんやりと黙っていた。
お前喜怒哀楽を一時にしたなぁ。父はそんな言葉を口にし出した。あんな短い間に人の全部の感情を持つとは、なかなか見上げた物だな。と、何やら私には訳が分からなかったが、彼は私を持ち上げる様な物言いをした。これに私はちょっと得意な気分になった。もちろん父はふざけているのだ。内心そうかもと考えながら、私は布団に肩肘を衝いて身を起こし、微笑んで父を見上げた。深く観察する気になれなかった私は、まぁいいや、ここは父に乗せられて褒められている気分になって置こう、と思った。
喜怒哀楽か…。父は続けて布団を運びながら、本当はまだ有るんだぞ。人にはまだ他の感情も有るんだ。そんな事を言った。他の感情を知っているか?、まだ知らないだろう。そんな父の言葉に、馬鹿にされていると感じる私だった。『子供だと思って馬鹿にして。』、
「知らない。」
また横になり足を延ばし布団に沈み込むと、私は天井を見上げて態との様に素っ気なく父に言った。
それが普通だ。そんな事を父は言うので、馬鹿にしている訳でも無いのだなと、私は天井の年輪を見ながら考え直した。そうだ、勿論、父の言う通り私は喜怒哀楽さえ知らないのだ。どうやらこの流れは、何時もの父の言葉の解説、物事の説明が行われる様子だと、眺める年輪の、濃淡の色の流れを追いながら私は推理していた。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます