「帰ろう!」
機敏な者はそう言って帰る支度に取り掛かりました。蛍さんの祖父も例外ではありません。
が、事は孫娘の事、何かしら白黒の決着が付く迄は動く事も出来ません。
「物の怪ですか?」
真顔で恐る恐る蛍さんの祖父は住職さんに尋ねました。
「左様、憑依されましたな。」
お宅の孫娘さんは、多分、動物というより誰か人の霊に取り憑かれたんです。
憑き物落とししないといけませんな。と仰います。
「これから私が除霊をしようと思います。」
住職さんはそう前置きして、除霊には時間が掛かるので、お急ぎの方や、この場にいる事に気乗りのしない方は、
遠慮なくお帰りください。また、除霊中に何かありましても、当方では一切責任は負えませんので、
お残りの方はその旨ご了承の上でお残りください。と注意されます。
さあ、機敏に帰り支度に掛かった何人かがさっと立ち上がり、行くよと、横にまだ座ったままの連れ連れを促します。
その何人かの内の1人の奥様が、面白そうだ、向学の為に見ておきたいと夫に言われます。
この奥様の方は何だか笑顔で興味津々、除霊は半ば冗談だと言う顔つきでした。が、
ご主人の方は全く血相を変えて、目など吊り上げて奥様に屈み込むと、ぼそぼそ耳打ちします。
「おまえ、除霊された霊が次に誰に憑り付くと思うんだね、」
あっさり往生すればいいけれど、次はお前さんという事もあるんだよ。今のあの子の笑いを聞いただろう、浅ましい。
お前皆さんの前でああなりたいのかい?こう言われると奥様もさっと顔色が変わります。
ご主人と同じように恐怖で目を吊り上げると、今までの落ち着いた態度を豹変させて、傍らにいた子供を急き立てて立たせます。
「では、家の方は用事がございますので、申し訳の無い事ですがこれにて御免いたします。」
こうそつ無く言うと、そそくさと先に立つ夫の後に従い、家族連れだって座敷から出て行く様子です。
「お前帰るの?」
あんたさんまで、そんな心細そうな祖父の声を残して、親戚は1人、2人と座敷から消えて行きます。
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