「やあ、光。具合はもういいのかい?」
祖父が怪我の具合を尋ねると、光君は不思議そうに何の具合かと聞き返してきました。
「怪我だよ、お前の、大したことは無かったのかい。」
その調子ならあまり酷い事も無かったのだなと祖父は思います。光君は面白そうに目を輝かせると、
「祖父ちゃん、何か間違えてるだろう。俺怪我なんかしてないよ。」
と、祖父の言う事が全く的外れで、自分の事ではない話だろうと、さっぱり分からない様子です。
おや、っと祖父は思いました。もしかしたら光は頭の打ち所が悪くて、一時的に記憶喪失にでもなったんだろうか。
そんなことを思って、光君の様子をしげしげと眺めてみます。何時もと変わらずに機嫌よくにこやかで元気そうです。
「ちょっとこっちに来てご覧。」
祖父は光君を傍に呼んで、さっき見たたん瘤の具合を調べてみます。そっと手で頭に触れてみます。
ここにたん瘤があったんだがなぁと、髪の毛を静かに分けてみて、地肌など眼で眺めてみます。
たん瘤があった場所も、その周りも、光君の頭の何処にも異常は見られないのでした。
『はて、さて、奇妙な事があるものだ。』
光君の祖父は何が如何なったのか、自分の方が夢でも見ていたのだろうかと、一瞬誰かに頬を抓って貰いたくなりました。
ちょっと光に訊いてみよう。そう思った祖父は、
「なぁ光、さっきあの女の子、蛍ちゃんだったなぁ、と、一戦やらかしたよな。」
と言ってみます。
「誰が、俺が?蛍ちゃんと、って、女の子と、一戦っていう事は喧嘩したっていう事、まさか。」
女の子と喧嘩なんかした事無いよ。しかも好きな女の子と如何して俺が喧嘩するのさ。変な事ばかり言うなよ、じっちゃんってば。
そう言って光君は、お祖父ちゃん如何したんだと言わんばかりに目を見開いて、驚いた顔をして祖父を見上げるのでした。
『あら、これは一体全体如何なっているんだろう。』
祖父は内心酷く狼狽しました。しかし、表面は平静を装うと、
「ああ、これは、お祖父ちゃんが勘違いしていたようだ。ごめんごめん。」
そう言って笑って光君に謝ると、光君の様子を観察しながら、本堂の様子もそれとなく眺めてみます。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます