「蛙の子は蛙だよ。」
こんな事があってから祖母はよくこの言葉を口にする様になった。
「小さい時はどんなに良い様に見えてもね。」
と。そう手をかける事は無いとか、適当でいいよ、等。あんな女の子だからね。あの子も大人になったらどんな人間なるか、あの女を見ていれば分かりそうなものだ。等々。父はその都度、そうかなぁと言うと、煮え切らない生返事を彼の母に返していた。そんな或る日、祖母は、「あの子なんだか変わったよ。」と言い出した。
「思えばあの時からだと思う。」
祖母は言った。前はこう、物に取り組む気構えというか、気概と言うか、心構えという物があの子にはきちんとあったものだ。それなのに、最近はこう、なんかムラケが多いよ。お前は感じないかい?、私だけかねぇ。如何だい?、今じゃ他の子に比べて随分見劣りがするんじゃないのかい。こう母が問うと、息子もまあねと同意するのだった。
「確かにあれは怠けている。」
この息子の返事に母は明るく微笑んだ。
「もういっそあの人と一緒に、子供と2人、思い切って向こうにやって仕舞ったらどうだい。」
そう笑顔で薦める母に、
「あの子の方は、遅いけれどちゃんと出来る様にはなっているんだ。それもきちんとね。それは確かだ。大器晩成型という奴なのだと思う。」
それに、何だか俺に逆らって態と遅く仕上げる様にしているようだ。あんなに小さいのに反抗期かな。分からないなぁ。
「それにあれもあれでいい所があるから。」
2人共置いて置いたら。息子の方はそんな事を言いながら、
「家族の最小単位で言えば私の方だけの家族の事だ。」
あの子が大きくなるまではいないだろう?、母さんは。父さんだってさ。あの子にそう言ったりしたんだろう、母さんの方で。そんな2人があれやこれや言って、あれらの事をそう気に病む事は無いよ。と言うと、
「お陰であの子も何だかあれら俺に余所余所しくなった。これ以上は余計なお世話という物だ。」
彼は母に釘を刺すのだった。
そんな事を言い合う祖母や父に、部屋部屋を横行して回る時にこの話を小耳に挟んだ私は、誰の話だろうと一向に気にも留める事無く日々を送っていた。
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