う~ん、そうか。と初子の父は頷きながら受話器を電話に掛けた。
自分は今迄子育ての心配をして来たが、もう少ししたら今度は孫の心配をする年か、
そんな事を考えると、子供の初子に懲りた気分である。孫の心配まではしたくない物だと思う。
それにしても、孫可愛さのあの年寄りには感服する。
『男の子は可愛いんだろうなぁ』
初子の父は溜息を吐く。
男の子だと孫でも可愛いのかなぁと思う。何だか富士雄が羨ましくなる。
何しろ自分の子は女の子ばかり、初子は長女だが、2番目も女の子だ。
男親にするとここ迄育てては来たものの、子供といえども娘は異性の事、
何をするにしても物慣れない感じがして長年過ごして来たものだ。
初子の父も彼女同様、大学と名の付く所を出ていたが、教育とは縁のない方面を専攻していた。
毎年来る母校の会誌に教育のコラムがあり、彼は読むと率先してその通りに行ってみるのだった。
自然の中で出来る遊び、正直に育てよう、親のいう事を聞かせよう、我慢を覚えさせよう、親切な子に育てよう、等々。
彼は読む度に何時も書かれた通りに初子を教育して来たものだ。
その甲斐あってか、確かに初子は何だか芯が通った人間に育った気がする。
が、何かしら気に障ると癇癪を起こし、ヒステリックになると、早口で矢継ぎ早に父を責めるのだった。
父にするとその権幕が何故か非常に恐ろしく感じる。
そこで父はある日、初子の性格について話題になった時、
「お前のんびりしているけれど、怒ると怖いじゃないか。」
そううっかり彼女に言ってみた事がある。
しかしこれがいけなかった。
何ですって、私の何処が怖いっていうの、と、凄い剣幕で逆襲されて、
何処が怖いか言って頂戴、ほら、言ってみてよ。
と眉根に皺を寄せて睨まれるのだから、父はうんともすんとも言えず、しんとしたっきりでいた。
その後初子が気が付くと、何時の間にか父は部屋から姿を消していた。そんな具合の父だった。
彼女の性格が竹を割った様なといえばそうだが、こうと来たら曲げられない初子の性格が災いして、
過去に彼女はクラスの男子生徒ともめて、その挙句、かっかと激高した彼女は、
男子とは気が合わない、もう口もききたくないと父に言い放つと、以降の男子との不交際宣言をしたものだった。
そんな過去から今まで、父は初子の影に男のおの字も感じた事が無かった。
初子の口から出る男の子の話題も全く聞いた事が無い。
実は彼女が年頃になって、家に何度か彼女宛の男性からの電話が無い訳ではなかった。
しかし、父はもし彼女にこの電話を取り次いだならば、きっと不機嫌になるだろう彼女の顔を思い浮かべると、
全く取り次ぐ気がしなくなってしまうのだった。
「今留守です。」
居留守を使うのが父の常套手段だった。
側に初子がいる場合もあったが、当の初子は母宛の電話だと思い、
母がいる場合は、お母さんは何処そこにいると彼女が言うと、
父は、なんだお母さん家にいたのかと、澄まして答えるのだった。
こんな父が初子に交際の申し込みと分かっていて鷹夫ことミルの電話を取り次いだのだから、
真に奇跡としか言いようが無かった。
これはもう、一重に富士雄ことチルの影の功労としか言いようが無い。
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