声を聞いて祖父が振り返ると、逆光で顔はよく分かりませんでしたが、入り口に来たのは家の者だなと感じました。
誰だろうとよくよく見ると、何だか見覚えがあるのですが誰だか思い出せません。
親戚の子かなと、入り口に近付いて行ってハッとします。祖父にはその若い男性が誰か朧気に分かるのです。
「お前、光(ひかる)か?」
祖父は亡くなった息子の名を言います。
「何だい父さん、改まって、」
そう言って、その男の人は首を回して周囲の光の加減を眺めてみます。
「逆光で僕の顔がよく見えなかったのかい?」
嫌だなぁ、父さん、声で分かるだろう。そう快活に男の人は言ってハハハと歯切れよく笑うのでした
祖父はその笑い方も息子の物だと、この若い男性の事を再確認するのでした。そして内心ほっとするのでした。
『やはり息子だ。光は生きていたんだ。』
私は長い夢を見ていたんだろうか、白昼夢というやつなんだろうな。こんな事初めての経験だと、
これも寄せて来る年波のせいかと、彼は人の一生について感慨深く思いました。
「ああ、直ぐに誰か分からなかったんだよ。声もよく聞こえなかったんだ。分かったよ、もう帰るから。」
そう祖父は自分の息子に言って、本堂の廊下に顔を向けると、
「では、今日はこの辺でお開きですな。」
と、そこに居た蛍さんの父に言います。
蛍さんの父も、では、また次の機会に話の続きをお願いしますとにこやかに別れの挨拶をしました。
そこで祖父は孫の光君を呼ぼうとして、彼が今まで座っていた場所に目をやりますが、
そこに光君の姿はありませんでした。
おや、何処へ行ったんだろう、荷物でも取りに行ったのかな。そう思って本堂の奥に向かって、
「光(ひかり)、何処だい、帰るよ」
と、声をかけます。光、光、繰り返し読んでもどこからも返事は返ってきません。
変だな、何時も直ぐに返事をする子なのに、そう思って本堂の奥に孫を探しに行こうとすると、彼の背をトントンと叩いて、
「父さん、誰だい、光って、僕と似た名前のやつがいるのかい。」
そう息子が面白そうに背後から声をかけました。
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