『夢だろうか?』
これは現実では無く、もしかすると夢という場合もあるかもしれない。私は頬を抓ってみようと思い頬に指を当てがったが、母の顔を見詰めながらこの場面をどう思いあぐねてみても、これは感覚的に現実の世界なのだという事をひしひしと感じる。私は母を目の前にして眉をしかめた。『夢じゃないんだ!。』
私は内心へーっと思った。そうなのだ、この人はそういう人なのだ、と、呆れ返った。とても私の実の親とは思えない。いくら大好きな祖母の言いつけだとはいえ、もうこれ以上はこの人に合わせたり、仲良くしたり出来ないなと思った。それどころか逆に、『向こうがそうなら私も。』と、私はふうむと奮起した。腰かけていた降り口の板から素早く身を起こし、母の傍らに立ちあがった。
今迄の、母への苦情に口を閉ざしてからの私には、彼女に言いたい場面という物が山程あったのだ。親子という絆を気にも留めずに、彼女の口からこうまですんなりと嫌いという言葉を投げつけられるとは、彼女は呆れた親というものだ。
『もう自分の母とは思わないでおこう。』
私の面差しは彼女を殆ど軽蔑の眼で見据えた。心の内にはメラメラと燃え上がる怒りの炎があった。
「私だって、お母さんなんか大嫌い!。」
そう母に暴言を投げつけると、私は後ろも見ずに踵を返しばたばたと台所を駆け抜け、廊下から居間、居間から玄関へと一気に家の中を走り抜けた。
廊下を走っている時に
「静かにしなさい!。」
「誰だい?、家の中を走っているのは。」
そんな祖父母の声を彼等の居室から浴びた。2人は休眠中だったのだろう、裏手にいた私と母の喧騒は伝わってい無かった様だった。
「智ちゃんだよ!。」
私は走りながら言い捨てる様にそう答えた。内心まだ怒りが収まっていなかった。しかし祖父母のああ驚いたとか、何事かと思った。廊下は静かにね。という穏やかな声に、休んでいたらしい彼等にいけない事をしたなと少々反省した。怒りで高まっていた私の気持ちは反省した事で引き潮に傾いてきた。気分が静まりながら玄関に迄辿り着いた私は、そこで1人玄関の敷居に立った。私の目に窓外の明るい往来が映った。ガラス越しに見る世間は極めて明るく朗らかで晴天の様相だった。
何をくさくさ、思い煩う事があるというのだ。この世はこの様に明るく楽しい物なのだよ。
『私のまだ始まって間もない世界だというのに。』
目に明るい屋外は弾けるように眩く私を励ましてくれるようだった。そんな窓外の白光を眺めながら私は静かに敷居に腰を下ろした。両足を玄関にだらりと垂らすと、まだ地に爪先の届かない小さな足に私の幼い齢を思った。
うの華 一部終了
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