「死んだりしないわ、気分は悪くないもの。」
病室に戻って来た父にそんな事を言うと、父はしかめっ面をして
「ふん、おまえの意見は当てにならないぞ。お医者様の話ではだめだという事だった。」
と、余程気が動転していたのでしょう、当の重病な蛍さんに、先生の重大な診断を告げるのでした。
これには、まだ廊下で今後の処置をあれこれと考えていた先生の方が、酷く面食らいました。
『普通の患者と付き添いの間で、言う事が逆じゃないか。』そう思うと、先生は返って可笑しくさえなってしまい、妙に笑顔を浮かべてしまうのでした。
お医者様が蛍さん親子のちぐはぐな様子に注意を向けていると、廊下の向こうに蛍さんの祖父が姿を現しました。
祖父の姿を認めたお医者様は、彼女の家では蛍さんの父より祖父の方が、こういう重大な話しをするのには適当な相手だと判断すると、
急いで祖父の傍に駆け寄り、離れた病室に彼を引っ張り込むと、孫娘の深刻な状態と、その付き添いに父が不適当だと告げるのでした。
祖父にすると、孫娘の重篤な状態と、自分の息子の不甲斐無さを告げられて、二重に痛手を受けたのですが、
ここはやはり家の家長です。
「分かりました。」
と一言答えると、今後の事についてどうしたらよいか、直ぐに思案を巡らし始めました。
お医者様が蛍さんの処置をするために立ち去った後、1人病室に残っていた蛍さんの祖父は、
こうしてはいられない、先ずは祖母さんに電話だと、急いで病院に置かれた公衆電話に向かって駆け出して行くのでした。
どのくらいの時間が過ぎたでしょうか、蛍さんはふっと気が付きました。
如何やら自分は寝ていたようです。室内を見渡すと誰もいません。彼女は身を起こそうとして、おやっと思いました。
ふわりと自分の体が浮き上がったのです。
「あら、私空を飛べるんだわ。」
不思議な気がしましたが、常々映画のスーパーマンのように空を飛びたいと思っていた彼女は、この事がとても嬉しく感じられました。
その時、病室の入り口に父が現れました。
蛍さんはお父さん、私飛べるのよと言うと、ふわふわと浮かび上がり、ほらねと父に身振りで示し、凄いでしょうとにこやかに話し掛けました。
ところが父は、凄いなぁと喜ぶどころかしかめっ面をしています。
蛍さんから目を逸らすと、また病室の入り口から外へと出て行ってしまいました。
『お父さんたら、本当に今日は変だわ。』蛍さんは何だか怪訝な気持ちになりましたが、それより空を飛ぶ楽しさを味わうことに注意が向いていました。
ふわっと病室から廊下に飛び出すと、もうそこに父の姿はなく、彼女が廊下をすいっと飛んで行くと、入口の扉が開いた病室がありました。
彼女が部屋の中を覗いてみるいと、多くの人が集って、寝台を覗き込むようにして皆下を向いて俯いていました。
蛍さんは、誰か知った人がいるかしらとその人々の顔を眺めてみます。
しかし知ら無い人ばかりだと彼女が判断したその時です。
「ご臨終です。」
お医者様の声がしました。
蛍さんが声の方を見ると、 丁度白衣姿のお医者様が、身を屈めている人々の中から身を起こしたところでした。
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