「あの調子では、こっちに帰って来たいんだねぇ。」
祖母は言った。
「あんたのお母さんだよ。」
祖母は母を見送って玄関から階段のある部屋に戻って来た私の顔を生真面目に見て言った。
母はあの後、憎悪に燃え上がっていた彼女を伯父が玄関口迄連れに戻り、そんな伯父が取る母の腕を彼女は嫌がり振り払っていたが、私がバイバイ、伯父さん、お母さんをよろしくねと言うと、伯父も嫌そうな顔で私を睨んだが、何やら伯父が母に耳打ちすると、母と伯父はにこやかな顔に戻り、私に、にこにこと手を振ると「じゃあ智ちゃんも元気で。」これでお母さんがいなくなるんだなぁ、そんなに小さいのになぁ、気の毒に。こっちはいいけどなぁ。と言いながら戸を閉めて、それっきりあっさりと帰って行ったのだ。
この時の私はこれで母が嫌な家から出て幸せになれるのだと喜んでいた。母の幸せを見る事、それはかつて青い顔をしていた母の顔を見て取った私にとっても喜ばしい事に違いなかった。それは確かに嬉しい事だったのだ。だからこそ、祖母が私に言った彼女の見解が私の見方とは逆だった事に私は驚いた。私は「母はここが嫌だったから、伯父さんと一緒に里に帰ったのだ。」と率直に自分の意見を祖母に言った。
「いたいなら、ここに残るはずでしょ。」
嫌だから帰ったんだ。そう言う私に祖母は首を振り、不思議そうな奇妙な様な目付きをした。彼女は解せないなぁという顔付きをして、私を斜めに見下ろして見たりもしていたが、
「大人は子供と違って通り一遍じゃあ見ないからね。」
と彼女は私に教える様に言った。
それから、祖母は私から視線を外し顎に手を添え少し俯いて考え込んでいた。「誰に似たものやら…。」そう呟く様に言ってから、祖母は微笑んで私を見やりあんただよと言った。その後は、祖母は私に忠告めいて言った。
「私もあの人も、お前のお父さんやお母さんよりここには長くいないよ。」大抵はそうだ。逆になる事も、無い事もない確かにある事はある。が、普通は私達の方が早い。先にこの家から、この世からいなくなるんだよ。
「だから、お父さんやお母さんに付いておいで。」
この祖母の言葉は容易に私には理解出来無かったが、私はこの時の祖母の言葉から、ある種の、それも祖父母2人からの拒絶感を感じ取ってしまった。肉親から寂寥感というものを初めて感じ、一抹の孤独感を胸に覚えた。
その時、祖父母の部屋から今まで沈黙していた祖父の確りした声がした。
「まだそこまで言うこともないよ。」
母さん、ちょっと来なさい。どっしりとした声でそう声をかけられて、は、はいはいと、祖母は畏まった様に急いで自分達の部屋へと消えた。
お前さんらしくもない、相手に何も言い返さなかったなぁ。そんな声も私が普段聞いた事が無い重みのある声音を発する祖父だった。
「如何したんだい?。」
何かあったのかと祖父は祖母に問い掛けていた。