Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華 番外編

2024-10-10 10:30:35 | 日記
 「本当にあの子そんな事をお姉さんに言ったんですか。」「言った、確かに言った。しかもその後急いで走ると、ピューっと逃げて行ったんだよ、あの子が。」屋内で、さも意外だと言う風に、そん事を驚き、慌てふためいて話し合う姉妹がいた。「あの、いつもお姉さんが話し掛けて気にしてます子でしょう。」「そうなの、あのふっくりほっぺの可愛い子よ。」「そんな事、信じられませんけどねぇ。」「でも、本当なのよ。」…。

 聞き間違いでは無いかと言う妹に、否、確かに「いけずの姉さん」とあの子は言ったと姉は答えた。妹は言う、「意味を知ら無いで言っているのでしょう、もう一つの方の意味の方じゃ無いかしら。あの子の年代ならそっちの方を言うでしょう。」妹の言葉に、姉はそうかしらとやや安堵した。「ならそれでも良いけれど、そうね、あんな小さな子が嫌味を言う筈無いわね。」姉はホッとした表情で笑顔になった。でも、内心は『それはそうで、問題有りよね。』と思った。『今度から少し教育してやらなければ。』

 押し黙り考え込む姉の様子に、思い立った様に妹は言った。「あの子と遊んでいる、そう、史とか言う。あの子の影響じゃ無いですか。私があの子の方に一寸話してみましょう。」。

 程無く妹は部屋から出て行った。その後、姉は畳部屋の窓辺に静々とにじり寄ると、もの思う風情で溜息を吐いた。彼女は空を見上げた。窓の外は往来で、その道は真っ直ぐに近くの寺へと続いて行く。そのお陰で、寺へ遊びに行く子供達が頻繁にこの道を通る。その子達を眺め観察するのが、日がな一日暇な彼女の日課でもあった。通りを通る子供達の中には、彼女が話し掛けて、程々親しくなる子もいた。そうする内にその子達は、どんどん成長して行き、今では成人して社会人、結婚して一家を構え子持ちの人々もいた。

 「小さい時のあの人に似てたのに…。」

あのぷっくりほっぺ。残念だわ。非行に走らないと良いけど…。彼女は溜息を吐いた。それからふと気付いて、窓の外、道の左右に目を遣ってみる。「今日はあの子は通ら無いのかしら?。」彼女は沈んだ表情になった。

 『如何しようかなぁ…。』、今日は寺に行くのは止そうかと智は考えると、足が鈍って来た。何時もなら、とうに境内にいる時間だ。走り掛けては歩を緩め、止まっては歩み出す。今日のこの子の気持ちは動揺していた。不安定な気持ちの儘、この子は外遊びに出て来たのだ。見るとも無くそんな子供の様子を眺めていたこの通りの人々は、薄々この子に何かあったと感じ取っていた。

 「如何したい?、智ちゃん?。」

八百屋のおばさんが声を掛けた。あ、おばさんと、子供も彼女に応えた。如何しようかなぁ、おばさんに訊いてみようかなぁ?。子供は考えてみた。「一寸、寺で…。」と、言ってはみたものの、子供は如何説明して良いか分からなかった。「寺で、」、やっぱりねと彼おばさんは合点した。そうして彼女の目の前で沈んだ様子に見える子に、彼女は助言とばかりに言った。

 「昨日みたいな、この通りに誰もいない様な日は、お寺に行っちゃいけないよ。」

境内にも誰もいなかっただろう?。と、彼女は子供に確認した。そうと相槌を打つ子に、やっぱりねと彼女も頷く。「だったら尚更行っちゃいけない、家の人に聞かなかったのかい?、友達には?、」と彼女は子供の身を案じてくれた。

 「だったらね、このおばさんが教えてあげる。昨日みたいな誰もいない日は、この道にも、お寺の中にも、だったんだろ?。だったら尚更だ、そんな誰もいない日は、智ちゃんも、寺に行っちゃダメな日だ。」

外にも出ない方がいい、家の中にいるのが一番、それが良い日だ。と、彼女は近所の子供に親切に教えてやるのだった。

 おばさんが行ってしまうと、子供は道に佇み考えていた。『今日はおばさんに道で会った。』通りを見ると、其処彼処に人の姿が見える。今日は寺に行っても良い日だ。懲り無い子供は寺へ向かった。が、その歩みはゆるりとした物だった。寺へ行くにはお姉さんの家の前を通るのだ。

 子は昨日、興に乗ったとはいえ、言わなくてよい事をつい口にしてしまったのだ。抑圧された状態から解き放たれた解放感で、高揚した気分の儘に「いけずのお姉さん。」と、その家の適齢期の女性に対して口にしてしまったのだ。家が近付くに連れ、子の心中には後悔の念が湧き上がって来た。『お姉さん、今日は窓に居るだろうか?。』、居れば彼女と顔を合わせる事になる。子の心は曇った。何気無い様に歩きながら、遠目にそうっとお姉さんの家の窓辺を窺ってみる。人影はない様子だ。

 ぽつぽつぽつ…。お姉さんの家に差し掛かり、彼女は居ない様だと窓辺を過ぎ、その家を通り過ぎた。何気無く、何気無くと、内心の動揺を抑えて歩いていても、子供の顔の方は緊張で強張っていた。難所を一つ抜けると、気が緩んだせいか子供の歩みからは力が抜けた。足が縺れて転びそうになった。膝を掌で叩いたりして歩調を整えた。遂に子供は境内に踏み込んだ。本堂を眺めると、石段と木の上り階段の間、踊り場で掃除をしている人物がいた。住職さんだ、子供は気付いた。今日も責められるかしら?。

 その日の住職さんは伏し目勝ちで、黙々と竹箒を動かしていた。声を掛けた物か如何かと子は迷った。が、寺に侵入しているのだから、お世話になるのだと思えば挨拶は必定だ。足を止めて「今日は」と挨拶した。うむと住職さんも返した。子は本堂を避け、境内の開けた空き地で遊ぶ事にすると体の向きを変えた。その時、今しも歩を踏み出そうとする子供に待ったが掛かった。「ちょっと此処へ上がって来なさい。」掃除の手を止めた住職さんに手招きされた。

 「あなたの名は、智ちゃんだったね。昨日は遣り過ぎた。取り込んでいた物だからね。」

申し訳なかったな。住職さんにそう言われて智はホッとした。昨日と同じ舞台に上がった心地がしていて、此処で同様の事が起きるのではと、智は危惧していたのだ。さて、ともは何と返事をして良いのやらと、返答に困った。もごもご口を動かしていると、住職さんから「もういいですよ」とお暇を出された。はっ?と、この対応にも、全く慣れていない智は何を如何して良いのか分からない。詰まり智は、再び掃除を始めた住職さんの傍で身動き取れずに四苦八苦していた。お陰でその後の住職さんは、智の様子を知り、掃除の手を止めその原因を訊くと、自分の言葉に対する返答と智の身の処し方を、各々その子に教えてやらねばならなかった。

 いえいえ、気にしませんとか、構いませんとか、私が教える事では無いがな。もういいと言われたら、はい、とか、はい、失礼しますと言って、下がる、詰まり、その場から離れて、今のお前なあっちの方へ遊びに行くつもりだったんだろう、もう行っていいからね。

 「否、もう行ってくれると此方も助かる。」

ふふっと苦笑いして、止めていた手を動かすと、住職さんは再び黙々として掃除を始めた。

うの華4 60

2024-10-02 08:58:47 | 日記
 住職さんは、いかにも大人の余裕とでも言いたげに胸を張ると、しゃんとした姿勢になり、その場で両の足を踏み締めた。仁王立ちとでも言うのだろう。如何にも威風堂々としていた。それは私達が見る何時もの住職さんの姿だった。

 子供と話をすると、これだから困る。何処まで知っているのか知らないのか、こっちも判断に困る。彼は私に背を向けるとブツブツと、頭を掻きながらそんな事を独りごちていた。それから又私に向き直ると、「なぁ、」と、同意を求める言葉を掛けて来た。私が見上げる彼の顔は笑顔だった。そんな事を言われてもと、私の方は返事の仕様も無いという、眉間に皺という難しい顔をした。

 「まだ帰ら無いのかなぁ。」、あの子供は。鈍な子ですからなぁ。そんな言葉を本堂の中で交わす舅と嫁。こちらは寺の先代の住職と、現在の住職の嫁、若奥様であった。

 「首尾はどうなったのか、早々に報告してもらわ無いと、こっちにも算段というものがあるからなぁ。」

こう溜息を吐く舅。

 「まぁ、ぼちぼちでんな、あの様子では。あの人ももう、直ぐに此処へ戻って来られるでしょう。」

と取りなす嫁だが、舅の方は、算段の都合というものがあってね、その相手を玄関に待たせている、と、彼は終始焦りがちだ。それを知ってか知らずか、目の前のお堂の外にいる息子は一向に急ぐ気配が無い。未だに外の子供相手に何かとご機嫌を取っている様子だ。「何処の子やら、何処ぞの御曹司かい?。」舅は嫁に問い掛けた。嫁にしてもその子の事はよく知ら無かった。「ほれ、向こうの大通りの、その何とか言った呉服屋の跡取りの、通称は智ちゃんとかいうお子さんですよ。確かそう聞いてますけどなぁ。」と言葉を濁した。聞いた舅は、あそこか、と合点した。あそこの子ならそうであろうよ。親が親だからなぁ。親の方ならよく知っている。彼は頷いた。そうして、あそこなら電話だなと呟いた。彼は直ぐにその場を発って行って、本堂出口で要件を伝えた。直ぐに廊下でバタバタと足音が上がり、彼の伝令は即座に家内に伝えられた模様だ。

 人声と足音、幾ら鈍と評される子でも、この幾つかの音は耳に入った。それではお堂の中に人がいるのだと察した。思わず「和尚さん、忙しいのでしょう。帰ります。」と、子供は普段家で言っている言葉を口にした。和尚さんか、彼は思った。まぁ、何方でも良いがなと、彼は小さく口にしながら、どうやってもう少しこの子を此処に引き止めようかと思案していた。彼は子供の両肩に、ぽんと彼の手を置くと、「人助けだよ、人助け、ね。」と、軽く叩いてみせた。

 『何が人助けなんだろう…?。』

繰り返される言葉に、子供の方は謎が深まるばかりだった。今日は寺に遊びに来なければよかったとさえ思った。

 その時、意を決したのだろう、お堂の中から「ううん、もう待てん、彼奴が入ってこんのなら、私が出て行く。」と、やや大きな男の人の声が上がった。声音に張りのある凛とした声だった。『何だろう、何が始まるのだろう。』私は思った。この声に住職さんは私の肩からパッと手を外すと、困惑した様子となり、又私に背を向けるとよろけながら数歩前進して行った。彼はそこで項垂れて佇むと、その場に暫く立ち止まっていた。

 「子供の使いじゃあるまいに、何時迄仕事に掛かっているんだい。早く戻って来て首尾を報告しなさい。」「物事は迅速に進めるのが筋という物だ。」云々。お堂の中から痺れを切らした父の叱咤が飛ぶ様になると、息子の両肩は小刻みに震え出した。

 「出来たのかい、出来無かったのかい。」

返事は二つに一つだと、お堂の中の男性の声はキッパリと言った。私は何だろうとお堂を見上げた。お堂の雨戸は少し開いていたが、次に存在する木の戸は閉まっていた。閉められた戸には格子の桟が有ったが、その細かな隙間からは暗い本堂の中を窺い知る事が出来無かった。私は又怪訝に思った。暫し間を置くと、お堂の中から

 「出来る、出来る、お前になら…。」

宥める様にそんな言葉が掛けられた。すると急に、ふんと私の前方にいた住職さんが鼻息を吐くと、背筋をしゃんと伸ばした。そうしてから彼は肩をそびやかせ、呼吸を整えると、私のいる側にさっと向き直った。只、彼の視線は真っ直ぐ正面を向いていたので、彼の斜め前にいた私の見上げる視線と、彼の視線は交わってい無かった。彼はその姿の儘五、六歩直進し、ハッとして振り返ると、私の所在を確かめる為か視線を左右し、下方へと落とした。そこで私の姿を認めると、彼は戻って来て何故か私から行き過ぎ、立ち止まった。振り返った彼はその場であれこれと思案していた。彼は私と彼との立ち位置を考えていたのだ。そうして今程思いついたばかりの一計を案じていた。
 
 「お前さっき、知りたいと言っていただろう。」

住職さんのやや乱暴な物言いに、何の事かと不安に感じた私だった。住職さんの話を聞いてみると、先程話題にしていた彼の喜怒哀楽以外の気持ちの話だという事だった。私はなぁんだと安堵した。

 「それをこれからお前に教えて進ぜよう。」

と、古めかしい言い様に私が疑問に思う間も無く、住職さんは始めた。

 「出来る、お前になら出来る。」

お前になら出来る筈だ。お前なら私を助ける事が出来る筈だ。否、きっと出来る。なっ。ポン!と住職さんは私の肩を叩いた。「期待しているからな。」。訳も分からず呆気に取られた私はポカンと口を開けた。

「この時点ではそんな物だな。」

住職さんは私の開いた口を見詰め考える様に言った。『え?、喜怒哀楽の話は何処へ行ったのか、』と私は目を瞬いた。

 うむ、当て付けに入ったか。お堂の中で先代の住職さんが言うと、あっ、そやわ、料理に仕掛かる時間どす。失礼して準備せえへんと、と、若奥様は寺の厨房へと急ぎ発って行った。「さて、如何しますかな。」と、ひそひそ男性の相談を交わす声が本堂で始まった。私はお堂に男性が複数人いることに気付いた。外にいた住職さんもそれには気付いた様だった。彼は助っ人だと呟いた。

 この事でやや元気が出た様子の住職さんは、余裕の有る雰囲気となった。口元に笑みなど浮かんだ。が、彼の口から繰り出される語調には更に力が入り、語気も鋭い物になって行った。彼は私を責め立てる様に矢継ぎ早に言葉を吐き出した。

「お前は私を助けるんだ。きっと助けることが出来る。お前で無いと出来無い物だ。」

な、出来るな、出来ると言いなさい。…の、出来る、私で無いと助けられ無い。そんな言葉の繰り返しが続く。出来る、しなさい、する、出来ると返事をせよと、責め立てられる私がお堂の前にいた。

 私は何を如何するのかさえ分から無いのだから、これにはほとほと困ってしまった。住職さんの言葉の区切りを待って、何が?、何を?、如何するのか?、如何したら良いのか?、そんな質問を挟んでみるのだが、私の問い掛けは一切無視された。此処ぞとばかり、住職さんは同じ様な言葉を数回繰り返した。
 
 ホッと一息吐くと、彼は振り返り、私から離れて行くと再び息を吐いた。終わった様だと、私も安堵の息を吐いた。結局何が何だか分からない。私にとっての不可解な攻撃の波が、住職さんの位置まで引いて、シンと静まった様に私には感じられた。この静けさに私は帰ろうかと思った。そっと窺ってみたお堂の中もシーンとしていた。

 私が石段を降りようと歩き始めると、気配を感じた住職さんが戻って来た。彼はまだ終わっていないと言う。

 「一休みしていた所だ、私も歳だからなぁ。」

若そうに見える住職さんには不似合いな言葉だと私は思った。そんな言葉は私の祖父辺り、この辺では隠居した年寄りからしか聞いたことが無い。私は率直にその事を住職さんに指摘した。若い人の言う言葉じゃ無いと。すると住職さんは怒らずに笑顔になった。ふふっと声さえ漏れる。そうだよね、お年寄りの言葉なんだよ。と彼は同意さえした。

 詰まる所、この時点でお堂の中にいた男性陣は後退の途中にあった。これ以上当て付けを聞いていても仕様が無い。彼が不首尾だったのは彼の様子から見ても明らかだと、彼等は足音を忍ばせて本堂の出口まで来た。そこへ若奥様が戻って来た。厨房の方は手が足りているからと、本堂の首尾を確認する様申し使ったと告げる。それでは後は宜しく、適当な頃合いで子供は帰しなさいと、舅達はそろそろと廊下に出て行ってしまった。

 「適当な頃合いか。」

後を任されたと自負する若奥様は、フンと気持ちに気合を入れると、本堂の正面扉へと向かった。

 「和尚さん、困ったことがあるの?。」

私は彼に尋ねた。どんな困り事か訊いても彼は話さない。只、黙っている。話してもらわないと解決出来ない、何をして良いか分からないと言う私に。彼はお前は変わった子だな。と言う。と。静かだったお堂の扉をギシギシと動かす様な音がした。彼は焦った。

 「出来る、出来る、お前は他の人とは違う。普通の子とはちがう、変わった子供だもの。」

だから出来るのだと、彼は私に言っているのだと子供の方は理解した。『私が変わった子供?。』、そんな事言われた事も無いと、子供は内心驚いた。この時、子供の方は俄然と義務感、責任感という様な物が湧き上げて来た。人助けだもの、住職さんが困っているなら、私が出来るなら、助けてあげなければいけない。私には出来るのかしら、私が他とは違う変わった子だから…。子供は考え始めた。

 お堂の前も内も、静かな時が流れていた。暫くして最初に口を開いたのは子供だった。

 「無理だと思う。だって私は子供だもの。」

どう考えても、自分が変わった子だと思えない。または変わった子供だとしても、子供に大人を助ける事は出来無い。ましてや困り事、住職さんという相当出来た人にもする事が出来ない困り事らしい。私と言う幼い子供に、それは無理だ、如何考えても彼を助ける事は出来無い。そう子供は結論を出していた。

 「否、出来る、お前は出来る、何とか考えてみてくれ。」

お堂の方を窺いながら住職は子供に声を掛けてみる。お堂の中は、何やら動く人の気配はするが、外へ向けて何の声も掛から無かった。一寸おかしいなと住職は感じ出した。子供の方は彼に言われた通り、何とかなら無いか考え出した様子だ。

 私は考え込んでいた。子供の私に大人の問題等、どう考えても解決は無理だと思われる。考えても考えても、それは無理だと言う答えが返るばかりだった。大人の事は大人でないと、その大人が出来ない事なのだ。子供、大人、その言葉を繰り返す内に私は閃いた。そうだ、子供の内は出来なくても、大人になれば出来るかも知れない。だって私は変わった子だそうだから。そんな事を思いついた。『大人になったら、私が大人になったら、如何だろうか、出来そうだろうか?。』私は自問自答してみた。『出来無い!。』それが結論だった。自分の将来、大人になっても、それが出来ると言う予感が全く湧いて来無い。結局私には出来無いのだ。

 「無理です、出来ません。」

私は住職さんの顔を確りと見上げると答えた。出来るだろう、否、お前になら出来ると再び住職さんは口にしたが、彼の目は何時の間にか開いた本堂の入り口に向かい、如何やら心此処に在らずといった風情だった。私はその雰囲気に気付かず、自分の将来も推測ってみたが、それは無理だったと説明していた。住職さんが再びお前なら出来ると口にし始めたので、私の精神は、不可抗力の重圧に掛かる、今にも押し潰されそうな大きな外圧を感じていた。我が身全体にグーっと切迫して来る大気圧の様だった。

 「いい加減にしてください。」

声のした方を見ると、そこには本堂の扉から出て来た若奥様がいた。

 「この人少々いけずでしてなぁ。困ったでしょう。」

あんたさんも、もういい加減にしてください。そう奥様は夫である住職さんに言うと、「今日、このお寺は取り込んでましてなぁ、あんたさんももう帰りなさい。」と、私に助け舟を出してくれた。

 「うん。」、私は喜び勇んで飛ぶ様に石段を降りると、ぱたぱたと走り御堂を後にした。外見やお体裁等構っている暇は無かった。その後、わたしは幸い転ぶ事も無く境内を後にした。『いけず』か、意地悪の事だと私は思った。『すると住職さんは私に意地悪していたのか。』、いけず、いけずと、私は口の中で繰り返した。道中、私は何時も私の事をあれこれと言って構うお姉さんに出会した。

 「おや、もう今日は帰るのかい。」

お姉さんが笑顔で私に語り掛けて来る。すると不意に私は興に駆られた。思わず

 「いけずのお姉さん、さようなら。」

私の口を突いて、この言葉が飛び出した。バタバタバタバタ、私は駆ける勢いを増した。あんぐりと口を開けたお姉さんの顔も見ずに、私は彼女の前を旋風の様に駆け抜けた。

 (一応、うの華はこれで完にしたいと思います。これらは全てフイクションです。)