2016.11.25(金) つづき
12:00近く、やっとグレの集落に到着。
おやおや、トタンは使われているもののぜんぜん足りていないような・・・。
新しく家を建てているお宅もありましたが、鉄筋の柱などない、石積みの壁に練った泥を塗り込める式の従来からの建物のようです。
屋根にトタンが乗せられ、石が積まれた壁の家はまだいいほうで・・・、
大半はまだこのように木の枝で囲われたものでした。
学校からもズガルヒマールがよく見えます。 景色は最高ですが、ここまで来るのがなんともはや・・・!
以前、私が写真で見たときは校舎のまわりの囲いがなかったのですが、今日は囲いができていました。
校庭のまわりにフェンスがあるわけではないので、ボール遊びをしたら、ボールはどこまでも飛んで行ってしまいそう。
校舎の裏には壁を作るためのたくさんの石が集められ、修復の準備も少しづつ進められているようにみえました。
教室では子供たちが私たちの到着を待っていてくれました。
学年の上の子たちは、翌々日に、ネパール全土で行われる試験のため、ほとんど休んでいるとのこと。 今日いてくれたのはこの子たちだけでした。
高価なものはないのですが、応援して下さる方から戴いたものなどをプレゼント用に持って行きました。
ビーズのブレスレットは娘が仕事でお世話になっているお宅の85歳のおばあちゃんが作って下さったもの。
小さなおもちゃも応援して下さる方からのもので、子供向きでちょうどよかったです。
実は、コマを作るための折り紙も、私が仕事をしていた時に、90歳のおばあちゃんが、ネパール支援と聞いてプレゼントして下さったものなのです。2000枚ありましたのでまだまだたくさんあります。
これらのものと、パンネくんが用意してくれたキャンディー6個づつをプレゼントしました。
私たちはこのあと、このあたりで取れるジャガイモはとてもおいしいので食べて行かないかとのお誘いをうけ、ごちそうになることになりました。
ジャガイモが茹で上がるのを待つ間に、大人の女性たちが、私の持っているブレスレットが欲しいとたくさん集まってきました。
子供用に小さなサイズに直して持って行ったのですが、大きいままのものもあり「よかった~、セーフ」でした。
たいしたプレゼントでもなかったのですが、子供たちは喜んでくれたようで、家の周りでそれらを持って遊んでくれました。
学校から少し離れた段々畑のグレの集落。
そうこうするうちにジャガイモが茹であがり、お腹もすいていたこともあり、遠慮なくたくさん戴きました。
寒いところで育つ野菜は甘味があっておいしいとよく言われますが、ほくほくしてほんとにおいしかったです。
こちらのお母さんがジャガイモをごちそうしてくださいました。
そろそろおいとましないと・・・ 13:30ころになっていました。
ラムチェ村のミナちゃん、パンネくんの家に着くまで、ここからどれくらいの時間がかかるのか見当もつかないのですが、帰りは下るだけとお気楽に考えていました。
ところが、歩き始めて、下りも全く油断が出来ないことがわかってきました。
それは、山に松がたくさん植えてあり、材木として売ったり、枝は燃料にしたりして村人のために有効に使われているようなのですが、落ちた松葉が積もって、とても滑るのです。
下りの上に滑る・・、
松葉の落ちていないところは段差のある下り道。 下りなのに、よいしょ、よいしょとおりないといけないし・・ 「ラク」 などとはとても言えません。 私の考えが甘すぎました。
転ばないように、転ばないようにと細心の注意を払いながら下りたものです。
なので、この間の写真がほとんどありませんでした。
やっと写したいくつかの花の写真。
帰りは行きとは違う道を下ってきましたが、ここに出て、「あっ、ここは行きに通ったところ」と分かり、もうゴールは近そう・・・と感じうれしくなりました。
ミナちゃん、パンネくんの実家に着いたのは午後4:00。 なんと出かけてから帰り着くまで約9時間もかかりました。
最後のさいご、身体も心も足もよれよれ、もうすぐ到着というところで、ちょっと油断したらしく転んでしまい、右のほほ骨の辺りを石にゴツン。
到着してすぐに懸命に冷やしたのがよかったのか、大したことにならずに済みました。
途中、谷に下りた時に一度休んだだけで、ほとんど休まず下りてきたため、帰りは2時間半で下りてこられました。
それにしても大変な一日でした・・・。
そして、
ラムチェ村までは車でやってこられるのでなんと恵まれていることか、 それに比べグレ村はなんと大変なところかと感じた一日でもありました。
~~~ ・ ~~~ ・ ~~~ ・ ~~~ ・ ~~~ ・ ~~~ ・ ~~~
車の行けない山の上の学校建築は、鉄筋、セメント、砂を運ぶにも人力に頼るしかなく、特に鉄筋は重くて長いので、二人で運ぶとしても急な山道では下の人に負担がかかり過ぎ、運ぶのは不可能ではないか・・・
さらに、人件費も最近は値上がりし、一人一日1000ルピー(1100円位)、それが20人として資材を運ぶだけで一ヶ月かかるとして・・・ などと、考えただけでとても大変で難しい・・・ と筋田さんに言われました。
でも本当は、こんなところにこそ支援が必要で、なんとかならないものかと悩むところです。
12:00近く、やっとグレの集落に到着。
おやおや、トタンは使われているもののぜんぜん足りていないような・・・。
新しく家を建てているお宅もありましたが、鉄筋の柱などない、石積みの壁に練った泥を塗り込める式の従来からの建物のようです。
屋根にトタンが乗せられ、石が積まれた壁の家はまだいいほうで・・・、
大半はまだこのように木の枝で囲われたものでした。
学校からもズガルヒマールがよく見えます。 景色は最高ですが、ここまで来るのがなんともはや・・・!
以前、私が写真で見たときは校舎のまわりの囲いがなかったのですが、今日は囲いができていました。
校庭のまわりにフェンスがあるわけではないので、ボール遊びをしたら、ボールはどこまでも飛んで行ってしまいそう。
校舎の裏には壁を作るためのたくさんの石が集められ、修復の準備も少しづつ進められているようにみえました。
教室では子供たちが私たちの到着を待っていてくれました。
学年の上の子たちは、翌々日に、ネパール全土で行われる試験のため、ほとんど休んでいるとのこと。 今日いてくれたのはこの子たちだけでした。
高価なものはないのですが、応援して下さる方から戴いたものなどをプレゼント用に持って行きました。
ビーズのブレスレットは娘が仕事でお世話になっているお宅の85歳のおばあちゃんが作って下さったもの。
小さなおもちゃも応援して下さる方からのもので、子供向きでちょうどよかったです。
実は、コマを作るための折り紙も、私が仕事をしていた時に、90歳のおばあちゃんが、ネパール支援と聞いてプレゼントして下さったものなのです。2000枚ありましたのでまだまだたくさんあります。
これらのものと、パンネくんが用意してくれたキャンディー6個づつをプレゼントしました。
私たちはこのあと、このあたりで取れるジャガイモはとてもおいしいので食べて行かないかとのお誘いをうけ、ごちそうになることになりました。
ジャガイモが茹で上がるのを待つ間に、大人の女性たちが、私の持っているブレスレットが欲しいとたくさん集まってきました。
子供用に小さなサイズに直して持って行ったのですが、大きいままのものもあり「よかった~、セーフ」でした。
たいしたプレゼントでもなかったのですが、子供たちは喜んでくれたようで、家の周りでそれらを持って遊んでくれました。
学校から少し離れた段々畑のグレの集落。
そうこうするうちにジャガイモが茹であがり、お腹もすいていたこともあり、遠慮なくたくさん戴きました。
寒いところで育つ野菜は甘味があっておいしいとよく言われますが、ほくほくしてほんとにおいしかったです。
こちらのお母さんがジャガイモをごちそうしてくださいました。
そろそろおいとましないと・・・ 13:30ころになっていました。
ラムチェ村のミナちゃん、パンネくんの家に着くまで、ここからどれくらいの時間がかかるのか見当もつかないのですが、帰りは下るだけとお気楽に考えていました。
ところが、歩き始めて、下りも全く油断が出来ないことがわかってきました。
それは、山に松がたくさん植えてあり、材木として売ったり、枝は燃料にしたりして村人のために有効に使われているようなのですが、落ちた松葉が積もって、とても滑るのです。
下りの上に滑る・・、
松葉の落ちていないところは段差のある下り道。 下りなのに、よいしょ、よいしょとおりないといけないし・・ 「ラク」 などとはとても言えません。 私の考えが甘すぎました。
転ばないように、転ばないようにと細心の注意を払いながら下りたものです。
なので、この間の写真がほとんどありませんでした。
やっと写したいくつかの花の写真。
帰りは行きとは違う道を下ってきましたが、ここに出て、「あっ、ここは行きに通ったところ」と分かり、もうゴールは近そう・・・と感じうれしくなりました。
ミナちゃん、パンネくんの実家に着いたのは午後4:00。 なんと出かけてから帰り着くまで約9時間もかかりました。
最後のさいご、身体も心も足もよれよれ、もうすぐ到着というところで、ちょっと油断したらしく転んでしまい、右のほほ骨の辺りを石にゴツン。
到着してすぐに懸命に冷やしたのがよかったのか、大したことにならずに済みました。
途中、谷に下りた時に一度休んだだけで、ほとんど休まず下りてきたため、帰りは2時間半で下りてこられました。
それにしても大変な一日でした・・・。
そして、
ラムチェ村までは車でやってこられるのでなんと恵まれていることか、 それに比べグレ村はなんと大変なところかと感じた一日でもありました。
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車の行けない山の上の学校建築は、鉄筋、セメント、砂を運ぶにも人力に頼るしかなく、特に鉄筋は重くて長いので、二人で運ぶとしても急な山道では下の人に負担がかかり過ぎ、運ぶのは不可能ではないか・・・
さらに、人件費も最近は値上がりし、一人一日1000ルピー(1100円位)、それが20人として資材を運ぶだけで一ヶ月かかるとして・・・ などと、考えただけでとても大変で難しい・・・ と筋田さんに言われました。
でも本当は、こんなところにこそ支援が必要で、なんとかならないものかと悩むところです。