花耀亭日記

何でもありの気まぐれ日記

幻のカラヴァッジョ展?

2024-10-29 22:48:04 | Weblog

高名な美術史家の高階秀爾氏が10月17日に逝去された。国立西洋美術館や他の美術館の館長もされ、多くの著書も残されている。私もその何冊かを読み勉強させていただいた。(合掌)

古い話になるが、会社の他部門の某さんと昼食を一緒した時のことである。某さんが「昔、高階先生とカラヴァッジョ展を企画したことがあったけど、残念ながら流れてしまった。」...と。

その「昔」とは、東京都庭園美術館の展覧会の前のことで、高階先生が国立西洋美術館の館長をされていた頃のようだ。私的に高階先生とカラヴァッジョの組み合わせは少々意外であり、どんな「カラヴァッジョ展」になったのだろう?...と、当時も想いを巡らせてしまった。

高階先生の訃報に接し、ふと思い出した「幻のカラヴァッジョ展?」昔話である。


パウル・クレーとセガンティーニ。

2024-10-26 23:24:55 | 西洋絵画

M先生の講座で知ったのだが、ベルンの「パウル・クレー・センター(Zentrum Paul Klee)」はパウル・クレー(Paul Klee, 1879-1940年)の作品4000点を収蔵しているそうで、その中に初期のエッチング作品《樹上の処女》がある。

パウル・クレー《樹上の処女》(1903年)パウル・クレー・センター(ベルン)

私の知っているクレーの作風とは異なり、その硬くねじれた人物造形はまるでエゴン・シーレを予告するかのように感じられた。が、その画像を見た瞬間、ジョヴァンニ・セガンティーニ《悪しき母たち》も想起したのだ  年代的にもセガンティーニ作品の方が先行しているはずである

ということで、ジョヴァンニ・セガンティーニ( Giovannni  Segantini, 1858-1899年)の《悪しき母たち(Le cattive mdri)》である。

ジョヴァンニ・セガンティーニ《悪しき母たち》(1894年)ベルベデーレ美術館

ジョヴァンニ・セガンティーニ《悪しき母たち》(1894年)チューリッヒ美術館

早速ネットで調べてみると...やはり...

「《樹上の処女》は、ジョヴァンニ・セガンティーニの《悪しき母たち(Le cattive madri)》(1894年)の モチーフと結びついています。この絵は、アルフレッド・ジャリー、マックス・ヤコブ、クリスチャン・モルゲンシュテルンのグロテスクな抒情詩の影響を受けています。それは、20世紀の変わり目に象徴主義者の作品に見られる文化的悲観主義を特徴としています。」(Wiki英版)

美術ド素人の私には、クレー《樹上の処女》もセガンティーニ《悪しき母たち》も、女性の人生が樹木に捕らわれているように見えるのだよね。まぁ、現代女性は樹木なんてへし折って薪にしちゃうかも

※追記:ちなみに、クレー《樹上の処女》って《ポリフィロの夢》を踏襲しているんじゃないかなぁ?? ジョルジョーネの《眠れるヴィーナス》からマネ《オランピア》の系譜に連なったり??

フランチェスコ・コロンナ《ポリフィロの夢》(1499年)


バイエラー財団美術館のモネ《睡蓮》。

2024-10-10 16:49:33 | 西洋絵画

国立西洋美術館「モネ展」が10月5日から始まったが、体調がまだ不安定なので、いつ行けるかわからない。

・公式サイト:https://www.ntv.co.jp/monet2024/

・作品リスト:https://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/pdf/2024monet_list.pdf

作品リストを見ると、どうやら西美所蔵作品とマルモッタン美術館所蔵作品を中心とした構成のようだ。

で、まだ観に行けないものだから、2018年秋のアルベルティーナ美術館「モネ展」を想起し、デジカメ写真を再見しながら、あらためて気が付いたことがあった。

・公式サイト:https://www.albertina.at/en/exhibitions/monet/

 

展示作品は欧州&米国の美術館所蔵作品が中心であり、目玉作品が国立西洋美術館《舟遊び》であったのが私的に嬉しかった

で、展示作品の中に、その年の春に訪れたばかりのバイエラー財団美術館《睡蓮》も展示されていた。うかつにもバイエラー作品だとは気が付かず、「私好み💛」として写真を撮っていたのだ

クロード・モネ《睡蓮》(1916-1919年)バイエラー財団美術館

バイエラーで観た時より好印象で、より色彩の深みも増し、睡蓮の花と葉の緑のコントラスト、池面に映る空の表情も鮮やかなような気がした。

何故なのか??

バーゼルにあるバイエラー財団美術館は建築家のレンゾ・ピアノによる設計で、館内には自然光があふれていた。

・公式サイト:https://www.fondationbeyeler.ch/startseite

館内の広い展示室の一面に、モネ作品は並んでいた。

3枚並びの右端の作品が《睡蓮》である。

クロード・モネ《睡蓮》(1916-1919年)バイエラー財団美術館

自然光の中で近接し、モネの筆致をしみじみ味わうことができた。多分、モネが描いたジベルニーの光の色彩そのままなのかもしれない。睡蓮池の水面に移ろう光と色彩を留めようとしたモネの筆致が鮮明なのである。

で、写真を比較しながら「何故なのか??」が了解された。

バイエラーの《睡蓮》はキャンバスそのままあり、かつ、自然光の中で展示されていた。一方、アルベルティーナの《睡蓮》は額装され、照明の下で展示されていた。要するに、額装と照明の効果が了解されたと言うべきなのかな?

どちらが良いとかは関係なく、両方観ることができたのはラッキーだったと思う。自分の場合だが、自然光では客観的に見がちであり、効果を高めるための照明の下では「鑑賞」がちかもしれない。好きな作品ならどっちでも観ていて嬉しいものだしね


顔面に帯状疱疹が(涙)。

2024-10-08 21:46:36 | Weblog

約1カ月ほどブログを休んでしまったが、なんと顔面に帯状疱疹が出てダウンしていた。予定していた「大人の休日作戦」も中止せざるを得ず残念だった😢。

最初は耳奥の痛みから始まり、耳鼻科で処方された薬を飲んでいたら顔に発熱を伴う発疹があり、また薬が合わなかったのか?思ったら、先生が発疹の状態を見て「これは帯状疱疹です」と。顔面の右下半分だけに疱疹が集中、特に耳の中&唇の疱疹が本当に痛かった...。

現在は疱疹も目立たず腫れも引いてきたものの、まだ神経系統の痛みが残っているので痛み止め薬が手離せない。帯状疱疹は免疫力低下によるものだが、老化した身体に寝不足は禁物と大いに反省もしたのだった


インスブルック宮廷教会。

2024-09-07 21:38:43 | 教会

先週、某文化センターの講座はインスブルックの美術館・教会についてだった。ちょうどゲストのLuntaさんのブログでチロル地方のインスブルック記事を拝見していたので、興味深く聴講してしまった。

インスブルックは神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世(1459-1519)が愛した町で、Luntaさんのブログにも「黄金の小屋根」が登場

https://blog.goo.ne.jp/lunta_november/e/ff4c62993781182194906a9be5dfcc87

「黄金の小屋根」はマクシミリアン1世が1500年に広場で催される儀式等を見下ろすために作らせたもので、欄干の砂岩レリーフ(オリジナルは博物館)のひとつにはマリー・ド・ブルゴーニュも登場。Wikiによると、右の女性がマリー、左は後妻のビアンカ・マリア・スルフォッツァとのこと。

で、講座のM先生によると、インスブルックの宮廷教会(聖堂)には皇帝マクシミリアン1世の墓碑もあり、身廊にある多数のブロンズ像を備えた記念碑的な作品となっているとのことだった。

マクシミリアン1世の遺体はウィーナーノイシュタットの聖ゲオルグ礼拝堂に埋葬されたが(心臓はブルッヘのマリーの元に)、墓碑自体は生前から計画されていたものの未完成のままになっていた。マクシミリアンの死後、孫である皇帝フェルディナント1世(1503-1564)がようやくこの壮大な墓碑をインスブルックに持ち込み、宮廷教会に慰霊碑として安置されることとなった。

慰霊碑の構成は、墓碑中央の上に皇帝マクシミリアン1世の像が、その周りには、ハプスブルグ家の縁者やアーサー王など、28体(現在)のブロンズ像が並んでいる。その中にはマリーや息子のフィリップ美公だけではなく、何と!ブルゴーニュ公フィリップ・ル・ボンとシャルル・ル・テメレールも登場

※参考動画:https://www.youtube.com/watch?v=DvLHES2Y0LE

ということで、インスブルックでブルゴーニュ公家ゆかりの人々が見られると知り、まことに意外であった


エステンセ図書館「Parole Sacra(聖なる言葉)」展 超サクッと感想。

2024-08-31 17:14:20 | 展覧会

なんやかんやで、去年(2023年)秋の北イタリア旅行記の続きを書きそびれているが、国立西洋美術館「写本」展の感想ついでに、旅程の順番無視でモデナのエステンセ図書館「Parole Sacra(聖なる言葉)タナハ-聖書-コーラン」展について触れたいと思う。

モデナのエステンセ美術館「Ter Brugghen(テル・ブリュッヘン)」展にはボローニャのFさんと一緒に観に行ったのだが、Fさんが「ちょうどエステンセ図書館で特別写本展が開催されているから、ぜひこちらも観ましょう!」と案内してくれたのだ。(Grazie!! >Fさん)

「テル・ブリュッヘン展」の入口

で、「テル・ブリュッヘン展」を観終えて昼食をとり、図書館展示室の開館時間に合わせ、美術館と同じ建物内にあるエステンセ図書館(Biblioteca Estense Universitaria)に移動した。

・「Parole Sacra(聖なる言葉)タナハ-聖書-コーラン」展

https://gallerie-estensi.beniculturali.it/events/parole-sacre-tanakh-bibbia-corano/

「神の言葉が受け継がれ、広まった多くの貴重な形を証明しています。」

エステンセ図書館(Biblioteca Estense Universitaria)展示室(sala Campori)

「展示されている写本の中では、《ボルソデステの聖書》が際立っており、極めて例外的に一般に展示されています。1455年から1461年にかけて作られたこの作品は、公爵の文化政策の証であり、フェラーラに対する彼の権力を証明するステータスシンボルといえるものでした。実際、フェラーラのミニチュアの最高傑作であると同時に、イタリア・ルネサンス期のミニチュアの絶対的な傑作でもあります。」(公式サイトより)

ということで、2冊の《ボルソデステの聖書》が展示されていた。国立西洋美術館「写本展」のレオネッロ・デステの《レオネッロ・デステの聖務日課書》零葉にはエレガントさがあったが、《ボルソ・デステの聖書》は彩飾過多でかなり煌びやかである。

《ボルソ・デステの聖書》(1455-1461年)(146 di 623 • 072V - MS.V.G.12 / 147 di 623 • 073R - MS.V.G.12)

※ご参考↓:上記《ボルソ・デステの「聖書」》全ページのデジタル画像

https://edl.cultura.gov.it/item/0k53ezoojo

《ボルソ・デステの聖書》(1455-1461年)(198 di 585 • 098V - MS.V.G.13 / 195 di 585 • 097R - MS.V.G.13)

※ご参考↓:上記《ボルソ・デステの「聖書」》全ページのデジタル画像

https://edl.cultura.gov.it/item/yzjgxqd9r7

その他に、ヘブライ語聖書のタナハも2冊...

《タナハ》

《タナハ》

アラビア文字のコーランも2冊....

《コーラン》

《コーラン》

「一神教では、言葉と聖書の間には、伝達や啓示の異なる形式に関係なく、解けない絆があります。神は言葉で世界を創造し、言葉の中で彼は受肉し、言葉を通じて彼は預言者に自分自身を明らかにします。この理由から、偉大な一神教は、神聖なテキストを書くという物質的な行為を通じて、言葉の拡散に生きてきました。」(公式サイトより)

展示数は少なかったが、それぞれの個性ある聖書は彩飾のあり方も異なり、私的にも興味深く観ることができた。


国立西洋美術館「写本」展 サクッと感想(2)

2024-08-27 22:14:37 | 展覧会

今回の写本展は「零葉」を中心とした展示だったが、最終章に1冊の「写本」《ガブリエル・ケーロの貴族身分証明書》が展示されていた。

《ガブリエル・ケーロの貴族身分証明書》スペイン、グラナダ(1540年)

枠装飾には金地に色鮮やかな動植物が静物画風に描かれているので、どう見ても南ネーデルラント=フランドル風であり、すなわちイスパノ・フラメンコ様式のように思われた。

というのも、実はこの《ガブリエル・ケーロの貴族身分証明書》とよく似た写本を以前に観ていたのだ。拙ブログでも書いたが、第8回「西洋中世学会」の企画展示「さわって体験 中世写本 とその周辺」展に出展されていた《神聖ローマ皇帝カール5世発行の爵位証書》である。

https://blog.goo.ne.jp/kal1123/e/16050d0b44ee78bf47c47665c690e721

《Niculas de Campooへの神聖ローマ皇帝カール5世発行の爵位証書》発行地:スペイン、バリャドリッド(1550年)八木健治氏「羊皮紙工房」蔵

八木健治氏の「羊皮紙工房」サイトによると(拡大写真も見られます)

https://youhishi.com/medieval_manuscripts_gallery#toc1

「金泥で塗られた欄外装飾は、「イスパノ・フレミッシュ」(スペイン+フランドル)様式。フランドルのゲント・ブルージュ様式を踏襲し、動植物が立体的に描かれています。」とあった。

内藤氏の写本も八木氏の写本も、両者とも「装飾文字のD」から続いて「ON CARLOS」の文字が描かれている。すなわち、スペイン国王 Don Carlos=カルロス1世(カール5世)なのだ

まぁ、スペイン王国は正式にはカルロスと母のファナとの共同統治であり、公文書のサインは女王フアナとカルロス1世の2つのサインが添えらるそうだ。しかし、ファナはトルデシリャス修道院に幽閉なので、やはりカルロス1世が前面に出るいうことになるのだろう。

《カスティーリア女王ファナ1世の印章》

上↑の展示印章の表記が「カスティーリア女王」とあるが、スペイン王国成立(1516年)以前の印章なのだろうか?? 図録を(購入せず)読んでいないので私的に謎である

さて、また、展覧会の最後の方に興味深い零葉があった。『クレメンス集』の余白部分に注釈を書き込んでるのだが、それも図形デザインの中に書き込むという洒落たことをしている

《教皇クレメンス5世およびヨハンネス22世『クレメンス集』(ヨハンネス・アンドレアエの注釈を伴う)零葉》フランス南西部、おそらくトゥールーズ(1330-50年頃)

当時は枠外余白部分に注釈や感想(更には似顔絵、いたずら書きまで)など書き込むことが普通に行われていたのかもしれない。

というのも、以前、拙ブログで「ボッカッチョの余白書き」として、2013年秋にラウレンツィアーナ図書館(フィレンツェ)で観た「BOCCACCIO AUTORE E COPISTA」展に触れたことがある。

https://blog.goo.ne.jp/kal1123/e/5955ebb50d138b6e90ade5aa4b7590f1

私の撮った写真は不鮮明だったが、注目すべき画像をネットで見つけたのでコピペ紹介したい

ジョヴァンニ・ボッカッチョ自筆原稿《ラテン語雑集(アンソロジー)》(14世紀)ラウレンツィアーナ図書館(フィレンツェ)

私見だが、ボッカッチョの方がアンドレアエよりもデザイン的に凝っているし、本文を含めぜーんぶボッカッチョの自筆というのも凄いんじゃないかと思うのだけどね

ということで、様々な種類の「写本」の世界を勉強するとともに、内藤氏の情熱をひしと感じられる素晴らしい「写本」の世界を堪能できた展覧会だった。


国立西洋美術館「写本」展 サクッと感想(1)

2024-08-25 22:41:03 | 展覧会

国立西洋美術館「内藤コレクション 写本-いとも優雅なる中世の小宇宙」展を観た感想をサクッと書きたい。6月に観たのに、すっかり遅ればせの感想文となってしまった

https://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2024manuscript.html

2019年秋の版画素描展示室の「写本」展を観て、内藤コレクションの概要を知ったつもりだったが、今回の展覧会ではその膨大なコレクション内容に驚いてしまった。内藤裕史氏のコレクション形成への情熱がその一枚の零葉からも伝わって来るようだった。

オープニングは内藤氏が最初に購入した作品のひとつ《詩編零葉》が展示されていた。

《詩編零葉》フランス北部、パリあるいはアミアン司教区(?)(1250-60年)

装飾もシンプルで色遣いも抑えた上品な零葉で、内藤氏が惹かれたのもわかるような気がする。

展覧会の章立ては....

Ⅰ)聖書、Ⅱ)詩編集、Ⅲ)聖務日課のための写本、Ⅳ)ミサのための写本、Ⅴ)聖職者たちが用いたその他の写本、Ⅵ)時祷書、Ⅶ)暦、Ⅷ)教会法令集・宣誓の書、Ⅸ)世俗写本

それぞれの章の展示作品がほぼ年代順で、制作地(国・地方)も表記されていたので、年代が下るにつれ彩飾が美麗になっていく様や、国や地方によ彩飾の違いや、同時代における彩飾様式の国際化が伺えたり、私的にも彩飾写本の展開を勉強できる貴重な機会ともなった。

リュソンの画家(彩飾)《時祷書零葉》フランス、パリ(1405-10年頃)

上記↑のリュソンの画家の華やかな枠装飾など、いかにもパリの写本だなぁと思う。クリスティーヌ・ド・ピザン工房を想起させるものがある。

で、私的に嬉しかったのは《レオネッロ・デステの聖務日課書》零葉だった。

フランチェスコ・ダ・ゴディゴーロ(写字)、ジョルジョ・ダレマーニャ(彩飾)《レオネッロ・デステの聖務日課書》零葉(部分)イタリア・フェッラーラ(1441-48年)

レオネッロ・デステ(Leonello d'Este,1407-1450)時代の写本は麗しくもエレガントだったのだなぁとしみじみ見入ってしまった。というのも、ボルソ・デステ(Borso d'Este、1413–1471) 時代になると彩飾も過剰になるので、私的にレオネッロの趣味の良さに惹かれてしまうところがある

それとは別に、下記↓のようなヘントやブルッヘを中心とした南ネーデルラントで流行した枠装飾の展開が面白い。

《時祷書零葉》南ネーデルラント(1500年頃)

解説には植物モチーフを散りばめたトロンプ・ルイユ風とあったが、私的には枠装飾の静物画的展開を見てしまう。例えばマリー・ド・ブルゴーニュの時祷書の画家の静物画的志向をも想起するのだが、自然観察とリアルな細密描写というネーデルラント的展開がとても興味深い。


初めての福岡(3)(大宰府~福岡~仙台)

2024-08-23 01:51:09 | 国内旅行

大宰府の九州国立博物館を出た帰り、実は楽しみにしていた事があった。大宰府名物の梅ヶ枝餅を食べること!!

ゲストの山科さんから事前に「太宰府で、梅ヶ枝餅(焼きたて)たべるのなら、参道で一番天満宮に近いところの左側の寺田屋の奥の喫茶コーナーが推薦です。天気が良ければお庭の中の赤もうせんで、「抹茶+梅ヶ枝餅」いただけます。」との情報を頂いていたのだ(^^)v。(山科さん情報に深謝です!!)

当日はあいにくの雨だったので、お庭の赤もうせんで「抹茶+梅ヶ枝餅」はできなかったのだが、店内喫茶コーナーで「煎茶+梅ヶ枝餅」をいただいた

本当に熱々の焼きたて梅ヶ枝餅で、中の餡も私の大好きな粒あんだし、もう美味しくいただきました~

もちっとした食感を楽しみ、身体が温まったところで、宰府から福岡へと戻ることにした。

JR博多駅近くのホテルに荷物を預けていたのでピックアップが必要である。近鉄の大宰府駅から博多駅へは近鉄の駅から地下鉄の駅に乗り換えが必要だ。せっかくだから福岡の中心部も見ておきたいなぁと、スマホの地図を見ると三越と大丸があるので、福岡(天神)駅で一旦降りることにした。

地上に出てみると西日本新聞の看板文字も見えたし、高層ビルが立ち並ぶさすがの大都会感があった。でも、三越も大丸も店内をサクッと眺めてみたのだが、雨のウィークデーだからか買い物客は少なめのような気もした。ということで、一応福岡観光(?)をしたことにし、地下鉄の天神南駅から博多駅へと向かったのだった。

荷物をピックアップして福岡空港へと向かう。福岡に来て博多ラーメンを食べていないなぁと、空港内でラーメンコーナーを覗いてみたのだが、どの店も激混みで(コロナ禍中だし)怖くなり、空いているレストランに逃げ込んでしまった。で、食べたのはラーメンではなくちゃんぽん

昔長崎で食べたちゃんぽんには負けるけど、まぁ仕方ありませんね

帰りの仙台行きの飛行機は楽天イーグルスのラッピング機だった。

しかし、この帰りの機内の気圧変化で左耳に異常が発生、後日、鼓膜に穴を開ける手術を受けることになり、想わぬ福岡土産になってしまった。とは言え、一泊二日の充実の福岡旅行ではあったのだった


九州国立博物館 常設展(超サクッと感想)。

2024-08-19 21:29:57 | 美術館

九州国立博物館の建物は、東博や京博の重厚さとは異なり、意外にも明るく現代的な建物だったのが印象的だった。

常設展を観る前に、1階の「Mカフェ」で「長沢芦雪」展を観た後のホッとお茶タイムを。

さて常設展は、九州が古代から大陸や半島との交流が盛んだったから、その考古学的な遺物や大宰府を中心とした歴史遺物など、九州の歴史・経済・文化をザクっと一望できる見応えのある内容だった。

で、先ず目を奪われたのは豪華絢爛の色絵絵付けの皿や壺のシリーズっだった!!

さすが九州は有名な窯元が多いし、なるほどなぁ~と見入ってしまう。

で、もちろん長崎の出島貿易の輸出品として螺鈿漆器も多く作られたのは知っていたが、まさかフリーメーソン柄まであるのには驚いた。フリーメーソン会員から受注した貿易品との事だが、江戸時代ならVOC(オランダ東インド会社)経由なのかな?

《フリーメーソン螺鈿箱》 (江戸時代 19世紀)九州国立博物館

刀剣類もかなり充実していた。その中に波紋の際立つ国宝の刀もあった。

国宝《刀 無銘則房》(備前 鎌倉時代 13世紀)九州国立博物館

でも、私的に目を惹かれたのは陶磁器類だった

重要文化財《灰被天目 虹天目》(南宋~元時代 13-14世紀)文化庁

で、なんと!東博からの展示品もあったのだ

《青磁管耳花入》龍泉窯 古川家伝来(南宋時代 12-13世紀)東京国立博物館

で、ほっこり気に入ったのは...縄文時代の壺型土器。

《壺型土器》(縄文時代 前20~前10世紀 )九州国立博物館

薄色と赤色の土で形成された土器で、その色彩とデザインがお洒落。解説では「縄文時代後期の東北地方を中心に分布する土器。胎土の白色と部分的な赤彩による赤白のデザイン性を高めた渦巻文や頸部の橋状取手が特徴的である。」とのこと。東北人の血が騒いでしまったかも(笑)。