花耀亭日記

何でもありの気まぐれ日記

秋の北イタリア旅行(10)(ヴェネツィア→ヴィチェンツァ)

2023-12-29 23:41:37 | 海外旅行

「ティツィアーノ1508年」展の会場を出た後は、アカデミア美術館の地階(1階)展示室をサクッと眺めたのだが、バロック絵画が並んでいた。ヴァレンタイン・ド・ブーローニュ、カルロ・サラチェーニ、ドメニコ・フェッティ、ルカ・ジョルダーノ等々...まぁ、カラヴァッジェスキ作品と言ってよいのかもしれないけどね

一応観終えた後はすっかり疲れ果て、アカデミア美術館の中庭↓を眺めなら、しばしぼーっとしてしまった。

実は、アカデミアのあまりにも充実し過ぎの常設展で疲れた後、集中力が落ちた状態で展覧会を観ていまい、これは失敗だったなぁと反省してしまった。トーハクだって平成館の後に本館を観るのが普通だしね

アカデミア美術館を出た後はヴァポレットに乗り、荷物をピックアップするためにホテルに戻った。快晴の「セレニッシマ」

ホテル近くのジャルディネッティから2番のヴァポレットでサンタ・ルチア駅へ。そして、ローカル線でヴィチェンツァに向かった。

ヴィチェンツァのホテルは駅からも市内へのポルタからもほど近い便利な立地で、さらに嬉しかったのは、フロントのおじさんが部屋をグレードアップしてくれ、広いお部屋に泊まることができたのだ。

旅先のホテルで良い部屋に当たると本当にほっとするものだ


アカデミア美術館「Tiziano 1508.(ティツィアーノ 1508年)」展サクッと感想(2)

2023-12-28 01:19:05 | 展覧会

パドヴァの聖アントニオ大修道院の隣にあるスクオーラ・デル・サント(スコレッタ)のメインホール壁画装飾に、若きティツィアーノも制作参加してる。ティツィアーノは『パドヴァの聖アントニオの奇跡』シリーズの《新生児の奇跡》《癒した足の奇跡》《嫉妬深い夫の奇跡》の3つのエピソードを託された。1511年4月から12月にかけて描いた3枚の大きなフレスコ画は、若きティツィアーノの才能を今も伝える。

今回展示されていたのはティツィアーノによる下絵素描(案)である。

ティツィアーノ《新生児の奇跡》素描

下↓はスクオーラ・デル・サントのフレスコ画である。(ボケ写真すみません

ティツィアーノ《新生児の奇跡》(1511年)スクオーラ・デル・サント

下↓は《嫉妬深い夫の奇跡》の下絵案素描。実際には採用されず、妻は抵抗するポーズに変更されている。

ティツィアーノ《嫉妬深い夫の奇跡》の下絵案素描

下↓右が《嫉妬深い夫の奇跡》のフレスコ画。

ティツィアーノ《癒した足の奇跡》と《嫉妬深い夫の奇跡》(1511年)スクオーラ・デル・サント

2013年パドヴァを訪れた時にこのフレスコ画も観たのだが、フォンダコ・デイ・テデスキのフレスコ画のボロボロの痛みとは違い、幸運にも当時の色彩を残したままであり、瑞々しい若きティツィアーノの才能がうかがえる貴重なフレスコ画だと思った。

多分、フォンダコ・デイ・テデスキのフレスコ画の出来の良さがこのパドヴァの仕事にも繋がったとしたら、まさしく1508年は輝かしいキャリアの始まりだったと言えるのかもしれない。

同じく1511年にティツィアーノが原画を描いたと言われる木版画《キリストの勝利》シリーズも展示され、興味深く観てしまった。その中から2点ほど...。

ティツィアーノ原画《キリストの勝利》木版画(1511年以降)フランス国立図書館

やはりミケランジェロの影響を見てしまうが、私的になにやらマンテーニャやデューラーの影響もあるような気がした。ヴァザーリもこの木版画に言及していて、デル・ピオンボの発言を引用しながら、トスカーナ優位を暗に言ってる感が面白い

で、実は展示されたティツィアーノの素描で特に目を惹かれた作品がある。

ティツィアーノ《潟の岸辺で読書をする聖ヒエロニムス》(紙に茶インクのペン)(1507年頃)ウフィッツィ美術館

ハッチングの細やかさが立体的な質感を上手く表現しており、遠景のヴェネツィア風景も相まって、若きティツィアーノの力量が既に現れているような気がした。なんとなくレンブラントのエッチングに通じるものさえ感じたのだ

ちなみに、今回の展覧会で初めてティツィアーノの素描を観たのだが、なかなかに興味深く観ることができた。ウフィッツィ美術館が講演動画「Il disegno secondo Tiziano」を作っていたのでご参考まで...。

※参考動画:https://www.youtube.com/watch?v=Uy2I7GYnrVE


プラド美術館のカラヴァッジョ《ダヴィデとゴリアテ》修復完了&展示再開。

2023-12-21 10:32:40 | 西洋絵画

プラド美術館所蔵のカラヴァッジョ《ダヴィデとゴリアテ》の洗浄&修復が完了し、展示が再開されたようだ。(Fさん情報に感謝!!)

https://www.museodelprado.es/en/whats-on/new/the-museo-del-prado-is-displaying-its-magnificent/85b7358d-8dd3-237e-a820-8212cb308453

※修復動画:https://www.youtube.com/watch?v=oiw7erUJ6_U

下↓の写真は修復前の姿。プラド美術館...また訪れたいなぁ

カラヴァッジョ《ダヴィデとゴリアテ》(1597-98年)プラド美術館


アカデミア美術館「Tiziano 1508.(ティツィアーノ 1508年)」展サクッと感想(1)

2023-12-18 21:54:27 | 展覧会

ヴェネツィアのアカデミア美術館で「Tiziano 1508. Agli esordi di una luminosa carriera (ティツィアーノ 1508年-輝かしいキャリアの始まりに)」展を観た感想をサクッと書きたい。

◆「Tiziano 1508. Agli esordi di una luminosa carriera」展

・会場:「Gallerie Accademia」(Venezia)

・会期:2023年9月9日(土)~ 12月3日(日)

https://www.gallerieaccademia.it/settembre-2023-tiziano-1508-agli-esordi-di-una-luminosa-carriera

※参考動画:https://www.youtube.com/watch?v=txOWI4uKcEU

 

カドーレ出身の若きティツィアーノ(Tiziano Vecellio,1490年頃-1576年)の名がヴェネツィアで一躍知られるようになったのは、1508年、ベッリーニ工房から移った当時の師ジョルジョーネ(Giorgione,本名Giorgio Barbarelli da Castelfranco,1477年/1478年頃 - 1510年)とともに描いたフォンダコ・デイ・テデスキの壁画(フレスコ画)に大きく負う。海風に晒され殆ど剥落してしまったが、まだ色彩が残っていた頃の模写作品も展示されていた。

ティツィアーノ《ホロフェルネスの首を持つユディト》(1508年頃)

ティツィアーノの《ホロフェルネスの首を持つユディト》模写作品

この1508年に焦点を当てて、同年制作の《タンバリンを持つ少年》と《トビアスと天使》の紹介を中心に、1508年前後のティツィアーノ作品も含め、作品形成に影響を与えたと思われる師ジョルジョーネ、デューラー、ミケランジェロ、デル・ピオンボなどの作品が並んだ。

1507年頃のティツィアーノ作品も若描きの初々しさが見えて興味深い。

ティツィアーノ《聖母子》(板に油彩)(1507年頃)アカデミア・カッラーラ

聖母子の背景の風景描写が印象的だ。解説では、聖母の傾けた頭の描写がデューラーのリアリズムを想起させる、とあった

デューラーの第二次ヴェネツィア滞在は1506年~1507年である。当地で《ローゼンクランツ祝祭祭壇画》(フォンダコ・デイ・テデスキの独商人たちの教会用に)を描いているし、版画は流布しているし、ジョヴァンニ・ベッリーニとも懇意にしている

前川誠郎・訳『自伝と書簡』(岩波文庫)で「(ヴェネツィアの画家たち)は聖堂であれ何処であれ、手に入れることさえできれば私のもの(版画など)を模写するのです」とある。もしかして、若きティツィアーノも模写していたかも?

ちなみに、ティツィアーノの風景描写と言えば、今回の展覧会には出展されていないが、エルミタージュ美術館《エジプトへの逃避》が興味深い。会場の年表には1506年頃とされていたが、若きティツィアーノの風景に対する眼差しが良くわかる作品ではないかと思う。

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Titian_-_Flight_into_Egypt,_Circa_1508FXD.jpg

で、1507年頃作品をもう1点。

ティツィアーノ《キリストの復活》(1507年頃)ウフィッツィ美術館

この展覧会での表記は1507年頃になっているが、Wikipedia伊版は1511-12年になっている。私的ド素人眼でも1507年頃に近いように思えるかも。ちなみに、解説ではミケランジェロとラファエロの影響が言及されていた。ちょっと上目遣いはペルジーノ譲りのラファエロっぽいと思った

ということで、1508年のティツィアーノ作品になるが...特に興味深かったのは《タンバリンを持つ天使》だった。

ティツィアーノ《タンバリンを持つ天使》(1508年)(板に油彩)ドーリア=パンフィーリ美術館

非常に瑞々しい楽奏天使であるが、最近の研究によると、何と!この作品は元々は祭壇画の一部だったようなのだ。

かつてフェッラーラのサンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会にあった祭壇画の一部らしい。残念なことに切断され、現在はバラバラに所蔵されている。再構成写真が展示されていたが、なるほど繋がるなぁと...。

同じく1508年頃作品として...

ティツィアーノ《大天使ラファエロとトビアス》(1508年頃)

解説では、足元の犬がデューラー《聖エウスタキウス》の犬を想起させること...

アルブレヒト・デューラー《聖エウスタキウス》(1501年頃) 

また、ミケランジェロの影響も示唆され....

マルカントニオ・ライモンディ《水浴びする3人(ミケランジェロ《カッシーナの戦い》より》(1510年)

確かに、二人の影響は大きかったかもしれないと思う。師ベッリーニとジョルジョーネ、そしてデューラーにミケランジェロ.....若きティツィアーノは貪欲に吸収しただろうと思う。

この展覧会の主人公はティツィアーノなので、ジョルジョーネのフォンダコ・デイ・テデスキ《裸体》や《テンペスト》を始めとするジョルジョーネ作品も展示されていたが、涙ながら端折ってしまった。なにしろサクッと感想なもので...悪しからず(汗)。

ということで、1508年、師ジョルジョーネとともに描いたフォンダコ・デイ・テデスキの壁画(フレスコ画)を描き、その才能が一躍ヴェネツィア人の衆目を集め、ティツィアーノの快進撃が始まったことが了解できたのであった。

で、次回は、1508年以降、私的に興味深かった作品などを中心に...


大人の休日作戦-暖冬編。

2023-12-12 00:16:58 | 国内旅行

先週、大人の休日作戦で東京に行ってきた。イタリア旅行の疲れも残っていたのに、また疲労を重ねてしまい、なんだ身体中がきしんでいるような気がする

さて、今回観た展覧会は...

◆三の丸尚蔵館「皇室のみやび-受け継ぐ美」展 

 https://pr-shozokan.nich.go.jp/miyabi/

 

◆上野の森美術館「モネ-連作の情景」展

 https://www.monet2023.jp/

 

◆国立新美術館「イヴ・サンローラン展-時を超えるスタイル」

 https://ysl2023.jp/ 

 

◆国立西洋美術館「キュビズム展-美の革命」

 https://cubisme.exhn.jp/

 

◆国立西洋美術館「もうひとつの19世紀-ブーグロー、ミレイとアカデミーの画家たち」展

 https://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2023painters.html

 

◆SOMPO美術館「ゴッホと静物画-伝統から革新へ」展

 https://gogh2023.exhn.jp/

 

できたら、今回観た展覧会のサクッと感想を書きたいところだが、北イタリア旅行記もあるし、イタリアで観た展覧会の感想も書きたいし...悩ましいところだ

ちなみに、下↓の展覧会は「北イタリア旅行」の範疇で扱う予定である💦

 

さて、今回、東京駅ついでに、久々の丸善で見つけたのは...

フィリップ・ル・ボンが私を手招いていた(笑)

ジョゼフ・カルメット『ブルゴーニュ公国の大公たち』が文庫本化したなんて知らなかったのだ!!今まで図書館から借りて読んでいたので、この機会に購入できて良かったぁ~


秋の北イタリア旅行(9)(ヴェネツィア⑦アカデミア美術館-常設展Ⅲ)

2023-12-11 01:55:01 | 海外旅行

今回のヴェネツィア訪問の目的はアカデミア美術館「Tiziano 1508. 」展を観ることだったが、この展覧会は最初期のティツィアーノに焦点を当てたものである。展覧会を観る前に、ティツィアーノの眠るサンタ・マリア・グロリオーサ・デイ・フラーリ聖堂、そしてこの老齢となったティツィアーノ最後の作品の一つである《ピエタ》を観てしまうと、順番的に良かったのかなぁ?という疑問も湧いてしまった

で、《ピエタ》は最後の方の展示室にティントレット作品と並んで展示されていた。

ティツィアーノ《ピエタ》(1575-1576年)

https://www.gallerieaccademia.it/pieta

キリストにすがる男(ニコデモ?アリマタヤのヨセフ?)はティツィアーノ自身と思われる。

キリストの手を握るティツィアーノの必死の思いが画面からもうビシバシ伝わってきて、思わず絵の前のソファに座り込んでしまった。だって、右下の奉納絵はティツィアーノと息子オラツィオのペストからの息災祈願であり、しかしながら、この《ピエタ》を完成させる前にティツィアーノは亡くなり、オラツィオも翌年にはペストで亡くなる。絵を加筆完成させたのはパルマ・イル・ヴェッキオジョヴァネである。

この《ピエタ》は以前にも何度か観ていたが、当時はまだ若くて、老齢のティツィアーノのすがる思い(救いを求める思い)や、その必死さに気づけていなかった。今回、すっかり年寄になった私には、自分の墓碑として描いた画家の気持ちがよ~くわかるし、ティツィアーノの最後の傑作だとも了解できたのだった。

《ピエタ》展示室の奥を曲がるとロレンツォ・ロット《若い紳士の肖像》が展示されていた。

ロレンツォ・ロット《若い紳士の肖像(”Giovane malato”) 》(1530年頃)

https://www.gallerieaccademia.it/ritratto-di-giovane-gentiluomo

アカデミア美術館にはロット作品が少ない。やはり、ヴェネツィア本島では非主流派であったことの現れだろうか?

画面には修復によるものかロットらしい青白い光が満ち...この痩せた若者の青白さを一層際立たせているように見える。通称”Giovane malato”はメランコリックな青年の風貌からきているようだ。

以前にも書いたが、塩野七生『小説 イタリア・ルネサンス4  再び、ヴェネツィア』の表紙がこの作品であり、主人公のマルコ・ダンドロがロレンツォ・ロットに肖像画を描かせている。きっと塩野七生さんはロット好きで、この作品もお好きなのだろうと推察されるのだ

※ご参考:https://blog.goo.ne.jp/kal1123/e/e9db04ec8cbd9759a0cf153f13dadb59

奥の展示室にはティントレットやヴェロネーゼ、サヴォルドやモローニ、ヴァッサーノ一族、テッラ・フェルマの画家たち作品も並び、全てを観終えることで、ようやく1階(地上階)に降りることになった。

「Tiziano 1508. Agli esordi di una luminosa carriera (ティツィアーノ 1508年-輝かしいキャリアの始まりに)」展は1階(地上階)で開催されていた。


秋の北イタリア旅行(8)(ヴェネツィア⑥アカデミア美術館-常設展Ⅱ)

2023-12-04 12:02:18 | 海外旅行

アカデミア美術館はヴェネツィア派絵画の殿堂であるが、数々のヴェネツィア派絵画とともに、マンテーニャやピエロ・デッラ・フランチェスカやコスメ・トゥーラ作品なども展示されている。そんな画家たち作品に混じってイタリアに縁の深いメムリンク作品も展示されていたりする。

ハンス・メムリンク《若い男の肖像》(1480年頃)

https://www.gallerieaccademia.it/ritratto-di-giovane-uomo

で、今回一番驚いたのは、なんと!ボス部屋(展示室)があったのだ!!

ボス作品は、以前、ドゥカーレ宮殿で観ていたが(近年プラドの「ボス展」で再会もしたが)、まさかアカデミア美術館に移されていたなんて知らなかったのだ!!

でも、展示室は狭く、グループご一行様が入ると混みあってしまう。彼らが去るまで外に一時避難して、また鑑賞するという、他と較べてもちょっと不便なほどこじんまりした展示室だった。それに、作品ガラス面に照明が反射するし、人は映り込むしで、写真も撮り難くかったのだよ

ヒエロニムス・ボス《隠遁聖者の三連祭壇画》(1493年頃)

https://www.gallerieaccademia.it/trittico-degli-eremiti

祭壇画を構成する3点の板絵のうち、中央に聖ヒエロニムス、左側に聖アントニウス、右側に聖アエギディウスを描いている。やはり妖怪たちが面白くも可愛い

ヒエロニムス・ボス《隠遁聖者の三連祭壇画》(左側パネル下部分)(1495-1505年頃)

さて、下↓は《聖ウィルゲフォルティスの三連祭壇画》である。

ヒエロニムス・ボス《聖ウィルゲフォルティスの三連祭壇画》(1497年頃)

https://www.gallerieaccademia.it/trittico-di-santa-liberata

処刑に立ち会う人物たち、特に中央右側のいかにも悪人そうな帽子にピンク・スカートのおじさんの衣装描写に、ボスらしい色調とデザインのお洒落感があって目が楽しんでしまう。初期ネーデルラント・フランドル絵画はデテールを愛でる楽しみに満ちているのだよね。

下↓のボケ写真は《来世の幻視の多翼祭壇画》である(汗)。ガラス反射もあるが、今回、デジカメの調子も悪くて、時々Iphoneカメラを使ったくらいだった

ヒエロニムス・ボス《来世の幻視の多翼祭壇画》(1505-1515年頃)

https://www.gallerieaccademia.it/quattro-visioni-dellaldila

ヒエロニムス・ボス《祝福された者の天国への上昇》(最右翼)(1505-1515年頃)

これらのボス作品は枢機卿を務めたドメニコ・グリマーニ(Domenico Grimani, 1461-1523年)のコレクションによるもので、グリマーニは当時最も有名なコレクターの一人だった。ジョルジョーネ、ティツィアーノ作品の他にも、メムリンク4作品、パティニール3作品、ボス3作品、ラファエッロ《サウロの回心》カルトーネ、デューラ版画、レオナルド、ミケランジェロ、ラファエッロ素描も含まれていたようで、なんだかグリマーニ枢機卿の趣味の良さが伺える

でもね、このボス部屋に何故かジョルジョーネ《老女》も展示されていたのだ!!元々ヴェンドラミン・コレクションだったし、どうしてボスと一緒なのかがよくわからない(謎)。昔は《テンペスタ(嵐)》と並んで暗~いジョルジョーネ部屋(展示室)に展示されていたんだけどね。ちなみに、今回《テンペスタ(嵐)》は下階(1階)の「Tiziano 1508.」展の会場に展示されていた

ジョルジョーネ《老女》(1506-1508年頃)

https://www.gallerieaccademia.it/la-vecchia

哀しいことに、もうすっかり年寄の私には《老女》がなんだか他人ごとではなく、しみじみと見入ってしまったのだった


秋の北イタリア旅行(7)(ヴェネツィア⑤アカデミア美術館-常設展(Ⅰ))

2023-12-02 23:22:26 | 海外旅行

フラーリ聖堂を観たら普通はサン・ロッコも訪ねるところだが、フラーリ内をじっくり観ていたら、サン・ロッコの方はもう閉館時間となっていた。まぁ、前回も訪れているし、ティントレットは私的に追いかけたくなる画家でもないということで、ヴェネツィアの半日教会巡りを終えた

とうことで、翌朝はいいよアカデミア美術館(Gallerie dell'Accademia)を訪れたのだった。既に展覧会込みの日時指定オンライン・チケットをGetしていたが、勢いで早めに着いてしまい、どうしようと思ったら、全然問題なく入場OKだった。上階(2階)への階段を示されたので、常設展示からの鑑賞となった。(後から失敗だったなぁと思ったのだけどね

ちなみに、日本語イヤホンガイドを借りることにしたが、いやぁ、機種も変わり(小さなタブレットに変わっていた!)、解説内容も前回よりもずいぶん進化していて驚いた。しかし、使っているうちに不具合発生!機械を替えてもらったが、そこのところは、やはり?かも

久々のアカデミアは、なんだか展示空間や展示順が以前と少々異なっているように思われたが、まずは、ヴェネツィアのゴシック絵画から始まり、次は、横の展示室のティツィアーノだった。

アカデミア美術館は旧サンタ・マリア・デッラ・カリタ同心会館の建物を利用しているが、ティツィアーノ《聖母の神殿奉献》はそのカリタ同心会にあったもので、修復を経て当時と同じ場所(展示室)に展示されているのだ。

ティツィアーノ《聖母の神殿奉献》(1534-1538年)

マリアを見つめる父ヨアキムと母アンナ。アンナが麗しく描かれている。

カリタ同心会の会員たち。ティツィアーノの人物描写の上手さが際立つ。

しかし、アカデミアでの私的お目当てはやはりベッリーニ《サン・ジョッベ祭壇画》である。初めて観た時に一目ぼれしたのだった

ジョヴァンニ・ベッリーニ《サン・ジョッベ祭壇画》(1487年頃)

教会の祭壇画設置空間と同化するような遠近法が導入されているように見える。聖母の玉座の頭部を覆うビザンツ風金色モザイクの煌めきも聖なる空間を神々しく構成しているように思われる。何よりも聖母の透明な美しさと、聖人たちの群像構成、楽奏天使たちの自然さと、私には全てが美しい調和に満ちているように思えるのだ。

「1485年のペストの発生に触発されたこの聖会話の絵画は、ベッリーニにとって初めて絵画の周囲の教会建築に合わせ、その場で創案されたという点で独自のものであり、当時最大の聖会話の絵画の1つであった。」(Wikiediaより)

ちなみに、日本語のWikipediaが充実の内容で(英版の翻訳?)、私もとても勉強になったので引用します!

「この祭壇画は、ベッリーニによってヴェネツィアに最初に導入され、アントネッロ・ダ・メッシーナの影響を強く受けた技法である単一祭壇画(多翼でない祭壇画)の一例である。」(Wikiediaより)

要するに、「Polittico」から「Pala」へ、ということなのよね。移り変わる時代の要請ということなのかなぁ?

「ベッリーニの聖母子画の中で、玉座の隣に聖人の全身像を描いているものは非常に少ない。『サン・ジョッベ祭壇画』は、『フラーリ三連祭壇画』、『プリウリ祭壇画』、そして『サン・ザッカーリア祭壇画』とともにこの特質を共有している。」(Wikipediaより)

ふふ、幸運なことに4点全部実見している(^^)v。ちなみに《プリウリ祭壇画》はデュッセルドルフのクンストパレストに、他の3点の祭壇画はヴェネツィアにある。