ピーテル・ブリューゲルの版画はBunkamuraの展覧会などで何度か観たことはあったが、今回の多数の原画展示を観ると、緻密で柔らかなニュアンスに富む筆致とともに、やはり「版画は原画には及ばない」という事実を再認識させてくれる。
ちなみに、下↓写真は《野ウサギ狩りのある風景》の版画と原画素描であるが、ブリューゲル自身の手でエッチングした唯一の版画でもある。原画と版画は反転している。
左↑版画《野ウサギ狩りのある風景》(1560年)ピーテル・ブリューゲルによるエッチング・エングレーヴィング
右↑素描 ピーテル・ブリューゲル《野ウサギ狩りのある風景》(1560年)フリッツ・ルフトコレクション(ペン、褐色インキ、黒チョーク)
この二つの《野ウサギ狩りのある風景》を見比べ、ブリューゲルもエッチングを一生懸命頑張ったんだなぁという感想を持ってしまった💦。原画素描は繊細な描線で描かれ、狩人のいる前景から、中景の城郭のある岩山から裾野に広がる林野、後景の川の流れる平野部へと、清明な空間の広がりを感じさせる。しかし、版画の方は陰影を表現するために前景と中景色を彫り込んだせいか、なにやら空間が押し込まれ、せせこましくなったようにみえる💦。多分、頑張ったのだろうけど、それが良かったのか...?と、版画作品だけを見ていたのとは違った感想を持ってしまうのが、自分でもなんだか可笑しい
で、《聖アントニウスの誘惑》もオリジナル素描を観たのは今回が初めてだった。
ピーテル・ブリューゲル(父)《聖アントニウスの誘惑》(1556年)オックスフォード・アシュモリアン博物館(ペンとブラシ、茶褐色と灰茶色インキ)
エロニムス・ボスの影響が見て取れる作品であるが、その細部を良く観ると、丹念な繊細かつ緻密な描き込みが素晴らしい。奇妙な人型や魚型の造形、後景に見える建物、異形だが愛嬌のある妖怪たち。ボスのソリッドな造形とは一味違うユーモアを塗した造形である。異形な者たちも樹木も、繊細なハッチング(細かい点々も凄い!)による陰影感のある描写で、観る者の目を楽しませてくれる。版画では絶対に再生できないブリューゲルの世界なのである。
ちなみに参考までだが、《聖アントニウスの誘惑》エングレービング作品は↓である。
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Pieter_Bruegel_(Temptation_of_St_Antony).jpg