山梨県立美術館「
夜の画家たち-蝋燭の光とテネブリスム-」展を観た。併せて平泉千枝氏 (ふくやま美術館学芸員)による記念講演会 「ラ・トゥールとテネブリスムの画家たち」も聴講した。
山梨県立美術館 展覧会場入口
展覧会はジョルジュ・ド・ラ・トゥール《煙草を吸う男》をオープニングに配し、17世紀バロックのテネブリスム(暗闇主義)が海を渡り、日本の絵画に与えた影響とその展開の諸相を解き明かしてゆく。国内から幅広く集めた作品を通した丹念な解説には勉強すること多々であった。
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《煙草を吸う男》(1646年)東京富士美術館
やはりラ・トゥール作品は何度観ても惹き込まれる。光と影による質感表現だけでなく、炎が照らす暗闇の深さまで表現してしまうのだから。
実はこの展覧会を観ながら、もしかして2012~13年にかけてのトゥールーズ&モンペリエ「Corps et Ombres」展とロザンゼルス「Bodies and Shadows」展を継承し、日本的展開を試みた展覧会と言えるのではないかと思ってしまった。と言うのも、オーギュスタン美術館ではレンブラントがさり気に展示され、ファーブル美術館とカウンティ美術館ではそれぞれの展示最終章はラ・トゥールであったのだ。
オーギュスタン美術館(トゥールーズ)「Corps et Ombres」展 会場入口
カウンティ美術館(ロサンゼルス)「Bodies and Shadows」展 ラ・トゥール作品が並ぶ
さて、今回の展覧会構成は下記の通りである。(
山梨県立美術館公式サイト参照)
序 章:テネブリスムの歴史
第1章:江戸絵画と明暗表現の出会い
第2章:近代 闇と炎に魅せられた画家たち
第3章:近代の街を描き出す版画家たち
第4章:明治期~昭和 夜の闇と光 表現への昇華
第5章:近代画家たちとバロックの闇
カラヴァッジョ偏愛の私でも「蝋燭の光」と言えばラ・トゥールやホントホルストを想起する。ユトレヒト派カラヴァッジェスキのホントホルストがレンブラントに与えた影響もあろうし、もちろんエルスハイマーのレンブラントへの影響も見逃せない。(エルスハイマー銅版画作品は前期のみ。観られず残念)
展示されていたレンブラントの銅版画《足のきかない男を癒すペテロとヨハネ》(1659)には画家の光への繊細で鋭敏な感覚が彫り込まれている。一方ルーベンス原画の銅版画《聖ラウレンティスの殉教》(1621)はカラヴァッジョ的明暗が多用されているように見えた。
ルーベンス原画《聖ラウレンティスの殉教》(1621年)町田市国際版画美術館
ちなみに、マウリッツ・ハイス美術館のルーベンス《老女と蝋燭を持った少年》(1616-17年)はホントホルストと同様にカラヴァッジョの影響を強く感じさせる作品だ。できればこれを借出して頂きたかったなぁ。>企画者さま
ルーベンス《老女と蝋燭を持った少年》(1616-17年) マウリッツ・ハイス美術館
ユトレヒト派やレンブラントの活躍したオランダは、鎖国中の江戸時代、世界へ開かれた唯一の窓だった。どうやらこのオランダからテネブリスムが日本に流入したようだ。
亜欧堂田善(銅版画)《二洲橋夏の図》(1804-18年)
遠近法的奥行や花火の明るさや影、煙の表現など面白い。何よりも作品の端飾りがテーブルセンターを意識したようで、細い糸を模した線描が凝っている。なんだか和洋折衷のようでもあるけど、このような銅版画作品が江戸時代に流通していたなんて、日本人の新しもの好きって昔も今も変わらないなぁ、と楽しくなる(^^ゞ
幕末から明治にかけては開国に伴う欧州絵画作品も日本に多数入ってくるし、欧州に留学する画家も現れる。明治期に海外から購入された作品の中にはテレブリスム的作品を多く描いたゴッドフリート・スハルケン(Godfried Schalcken,1643 –1706 )の作品があったようだ。それを観た山本芳翠が触発され描いたのが《灯りをもつ乙女》(1892年頃)である。今回のメイン作品であり、企画者がラ・トゥール作品と並べたくなる気持ちが良くわかる。
山本芳翠《蝋燭をもつ乙女》(1892年頃)岐阜県美術館・寄託
解説に拠れば、この《灯りをもつ乙女》は偶然にもスハルケンの《蝋燭を持つ少女》に似た作品となったとのこと。観ていなくても研究により似たような作風や画題に行き着くこともあるのかもしれない。
ゴッドフリート・スハルケン《蝋燭をもつ少女》(1670-75年)パラティーナ絵画館(フィレンツェ)
そう言えば、以前Bunkamuraで「
トレチャコフ美術館所蔵・レーピン展」にレンブラント作品を模写した作品が展示されていた。非常に良くできた模写だったのだが、筆触を観ながら、これはむしろティツィアーノの筆触に似ている!と思ってしまった。私的にレンブラントの原点のティツィアーノがレーピンにより炙り出されたのではないかと考えてしまったのだ。もしかして、山本のスハルケン研究もスハルケンの源泉にあるテネブリスムの歴史を炙り出したと言えるかもしれない。(あ、ド素人のたわごとなのでお許しあれ)
と言うことで、明治から昭和にかけては小林清親も含めて次回に続く。なんと日本にもカラヴァッジェスキ作品(?)があったのだ!