碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

『立花隆の書棚』は、「本の本」として突出した一冊

2017年05月21日 | 本・新聞・雑誌・活字


本が、生活空間を脅かし続けています。なんとかしなくてはと思いつつ、本は今日も増えるばかりです。

しかも、「さあ、今日こそ少しでも片付けよう」と動き出した途端、困った本を見つけてしまいました。立花隆:著『立花隆の書棚』(中央公論新社)です。

「本についての本」というか、「本の本」として、突出した一冊と言えます。厚さは5センチ。小さなダンベル級の重さ。全ページの3分の1近くを占めるカラーグラビア、それも本棚ばかりの写真です。

膨大な本が置かれた自宅兼仕事場(通称ネコビル)をはじめ、所蔵する本が並ぶ“知の拠点”が一挙公開されています。ああ、こんなふうに、自分が持つすべての本の「背表紙」を見ることが出来たらシアワセだろうなあ、と泣けてきました(笑)。

読者は写真を見ながら内部を想像しつつ、この館の主の話に耳を傾けることになります。まず驚くのは、医学、宗教、宇宙、哲学、政治など関心領域の広さでしょう。各ジャンルのポイントとなる書名を挙げながらの解説がすこぶる興味深いのです。

しかしそれ以上に、時折り挿入される「本の未来」や「大人の学び」についての言葉が示唆に富んでいます。

「現実について、普段の生活とは違う時間の幅と角度で見る。そういう営為が常に必要なんです」。そして、それを促してくれるのが紙の本なのだと、この”知の巨人”はおっしゃるのです。

片付けるより、読むのが先だということになってしまいました。

「緊急取調室」 チームプレーの滋味が魅力

2017年05月21日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評



「緊急取調室」 
チームプレーの滋味が魅力

いきなり先月の話で恐縮だが、4月12日に放送された「天海祐希・石田ゆり子のスナックあけぼの橋」(フジテレビ系)が、いまだに忘れられない。天海がスナックのママで、石田がチイママという設定の単発バラエティーだ。2人が、客としてやって来た小栗旬、西島秀俊、田中哲司らから“ここだけの話”を引き出していた。

元々、お目当ては石田だった。「逃げ恥」はもちろん、最近のお酒のCMで見せる“ほどよいユルさ”もすてきだ。この番組でも、ネットに「ポンコツ」と書かれたことをネタに周囲を笑わせていた。

ところが、番組を見終わって印象に残っていたのは、石田ではなく天海だったのだ。ママという役どころを超えた客への気配りが見事で、それぞれとの関係を踏まえ、投げるボールの速さも角度も微調整している。事前に仕込んだ相手に関する情報も、カードの切り方が達者なのでわざとらしくない。結果的に小栗も西島も“素”かと思わせるほど自然に話していた。

さて、本題の「緊急取調室」(テレビ朝日系)である。刑事ドラマとしては一種の“変則技”だ。通常の刑事ドラマは犯人を追いかけ、逮捕するまでを見せる。それに対して、このドラマでは逮捕が始まりで、目の前にいる容疑者との勝負が描かれる。いかにして容疑者に犯行を認めさせるか(場合によっては真犯人ではないことを認めさせるか)という取調室での心理戦が見どころだ。

密室の中で向き合う容疑者と取調官。動きも少なく退屈しそうなのに、一気に見てしまう。それは事件の背後に隠された、金や欲や見えなど人間の業のようなものが徐々にあぶり出されていくからだ。脚本家・井上由美子の手腕である。

夫を憎む妻(酒井美紀)は、夫婦で犯した罪を隠蔽(いんぺい)するため、皮肉にも夫と協力し合う。また犯罪者の娘として生きてきた女性教師(矢田亜希子)は、長年抱えてきた社会への恨みを暴発させる。そんな容疑者たちに対し、天海をはじめ大杉漣、でんでん、小日向文世といったメンバーが、それぞれ得意の揺さぶりをかけるのだ。

たとえば昔ながらのあめとムチによる「北風と太陽」作戦。また突然「敵(取調官)が味方になる」ことで容疑者をかく乱したりもする。ただし、決してヒロイン1人が活躍するわけではない。あくまでもチームプレーの勝利だ。それがこのドラマに滋味を与えている。

天海は「スナック取調室」のママかもしれない。同僚の刑事たちは常連。容疑者はいちげんの客である。ママと常連たちが醸し出す空気に酔い、容疑者はつい素の自分(真相)を明かしてしまうのだ。

(毎日新聞 2017.05.19)