碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

「私の家政夫ナギサさん」 性別超えた「母性」の奥深さ

2020年08月16日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

週刊テレビ評

「私の家政夫ナギサさん」 

性別超えた「母性」の奥深さ

 

多部未華子主演のTBS系連続ドラマ「私の家政夫ナギサさん」(火曜午後10時、18日で第7話)は、油断ならないドラマだ。いわゆる「お仕事ドラマ」でも「恋愛ドラマ」でもない。何しろ家政夫である「おじさん」がもう一人の主人公なのだ。しかも根底に置かれたテーマは「母性」である。

相原メイ(多部)が幼稚園児の頃、将来の夢は「お母さんになること」だった。しかし、それを母親(草刈民代)にひどくしかられた。

「そんな夢、やめなさい。お母さんはね、その辺の男たちよりずっとできた。でも女の子だから、お母さんにしかなっちゃダメって言われたの。メイはばかな男より、もっと上を目指しなさい。お母さんになりたいなんて、くだらないこと二度と言わないで」と。

大人になったメイは、製薬会社のMR(医薬情報担当者)に。母親の期待に応えようと、「仕事がデキる女性」を目指して頑張ってきた。現在もプロジェクトのリーダーとして部下を率い、責任ある仕事をしている。

ただし、いつも疲れ切って帰宅しているから一人暮らしのマンションは散らかり放題で、食生活もいいかげんだ。そんなメイを心配した妹の唯(趣里)が、優秀な「家政夫」の鴫野(しぎの)ナギサ(大森南朋)を送り込んできた。

当初は自分の部屋に「おじさん」が出入りすることに抵抗したメイだったが、整った室内とおいしい食事、ナギサの誠実な人柄にも癒やされていく。まるで家に「お母さんがいるみたい」と思うのだ。

メイは恋愛したくないわけでも、結婚したくないわけでも、子供を持ちたくないわけでもない。一方で、今の生活は充実しているし、無理もしたくない。いや、できれば仕事を含む「現在の自分」をキープしたいと思っている。

この辺り、多部がアラサー女子の本音とリアルを等身大で演じて見事だ。しっかり者のようでいて、少し抜けたところもある、愛すべき「普通の女性」がそこにいる。

また、ナギサという人物も興味深い。メイが「なぜ家政夫などしているの?」と失礼な質問をすると、「小さい頃、お母さんになりたかったのです」と驚きの答え。それは例えではなく、本当の話だった。ハードなイメージの大森だからこそ、その繊細な演技が光る。

メイの母親が「くだらない」と言っていた「お母さん」。ナギサにとって家政夫は夢の実現かもしれないのだ。背後には男性の中の「母性」という、これまた複雑なテーマが潜んでいる。

「大切な人」を守りたい。ずっと笑顔でいてほしい。それは性別を超えた「究極の母性」なのか。このドラマ、まだまだ奥が深そうだ。

(毎日新聞 2020.08.15)


文庫オリジナル『現代マンガ選集』全8巻の刊行!

2020年08月16日 | 本・新聞・雑誌・活字

 

文庫オリジナル

『現代マンガ選集』全8巻の刊行!

 

刊行が始まっている『現代マンガ選集』(ちくま文庫)は、筑摩書房が創業80周年記念出版として取り組む、全8巻の文庫オリジナルです。手に取りやすい「文庫」での刊行というところも嬉しい。

5月に出た第1弾『表現の冒険』の編者で、総監修も務めているのは、学習院大の中条省平教授。今回の企画は、60年代以降における日本の「現代マンガ」の流れを、新たに「発見」する試みだと宣言しており、その心意気に拍手!です。

この本には、石ノ森章太郎「ジュン」、つげ義春「ねじ式」、赤塚不二夫「天才バカボン」、みなもと太郎「ホモホモ7」、真崎・守「はみだし野郎の伝説」、上村一夫「おんな昆虫記」、高野文子「病気になったトモコさん」など、マンガ表現の定型を打ち破り、未知の領域を切り開いた名作18編が収められています。

また、6月配本の第2弾『破壊せよ、と笑いは言った』では、「ギャグマンガ」が、巨大な「ジャンル」へと成長していく軌跡をたどることが出来ます。編者は、編集者・マンガ研究家・詩人の斎藤宣彦さん。

収録されているのは、つのだじろう「ブラック団」、東海林さだお「新漫画文学全集」、秋竜山「Oh☆ジャリーズ」、谷岡ヤスジ「ヤスジのメッタメタガキ道講座」、赤瀬川原平「櫻画報」、山上たつひこ「喜劇新思想体系」、いしいひさいち「バイトくん」といった具合で、こちらもかなり強力です。

この巻のタイトル「破壊せよ、と笑いは言った」は、中上健次『破壊せよ、とアイラ―は言った』(1979年)から来ていると思います。ジャズ・サックス奏者のアルバート・アイラ―、そして中上健次。「永遠の前衛」と呼びたくなる2人に対するリスペクトと、笑いを武器に奮戦する漫画家たちへのリスペクトが重なっているようで、感慨があります。

筑摩書房は、ほぼ半世紀前の1969年から71年にかけて、『現代漫画』というシリーズを出したことがありました。

編者は「鶴見俊輔・佐藤忠男・北杜夫」という布陣で、第1期と第2期、合わせて全27冊にもなる壮大なもの。文学全集と同じように漫画家一人に一冊をあてた、筑摩書房らしい堅牢な造りの本でした。果たして当時、採算が合ったのかどうか・・。

いずれにせよ、マンガを「文化」として大切にする風土を、50年以上も前から持っていたことが素晴らしい。

現在も「ちくま文庫」では、石ノ森章太郎『佐武と市捕物控』シリーズ、赤塚不二夫『おそ松くんベスト・セレクション』、水木しげる『劇画 ヒットラー』、滝田ゆう『滝田ゆう落語劇場』、そして杉浦日向子『百日紅(さるすべり)』など、数多くの名作マンガを読むことが出来ます。

読んだことがない人には「発見」が、以前読んだことのある人には「再発見」がある、そんな作品たちです。

今後も刊行が続く『現代マンガ選集』と並行して、これらの名作を読んでみるのも、「新しい生活様式」と呼ばれる難儀な日常を生きる、ひとつの支えとなるかもしれません。