碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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AERA dot.で、半沢直樹の妻「花」について解説

2020年08月18日 | メディアでのコメント・論評

 

 

 半沢直樹の妻「花」の描かれ方に賛否 

あえて「献身的な専業主婦」を登場させるワケ

 

約7年ぶりの続編となるTBS日曜劇場「半沢直樹」の勢いが止まらない。8月9日に放送された第4話の平均視聴率は22・9%を記録し、初回から4週連続の22%超えとなった。

新シリーズはベストセラー作家・池井戸潤氏の「ロスジェネの逆襲」「銀翼のイカロス」が原作。前作同様、堺雅人(46)演じる半沢直樹が銀行などの企業の不正を次々と暴いていく展開は健在で、組織とサラリーマンの相克や上司と部下の人間関係が濃密に描かれていく。

半沢の上司を演じる市川猿之助(44)や香川照之(54)など俳優陣の“濃い”演技も見どころだが、物語がドロドロになり過ぎないのは、半沢の妻「花」が明るく夫と接するシーンが必ず挿入されることも大きいだろう。上戸彩(34)扮する半沢花は「思ったことをすぐに口にするタイプで、弁の立つ半沢が唯一かなわない相手。フラワーアレンジメントの仕事をしていたが、結婚を期に専業主婦となった」(公式HP)という設定。花は前シリーズから登場しているが、原作は広告代理店で働くキャリアウーマンだったので、ドラマ版とはだいぶ異なる。上戸彩が演じている花は、いわばドラマの“オリジナル版”なのだ。

制作サイドも、花は重要な位置づけと考えているようだ。TBS関係者はこう話す。

「シリーズ3作目となる『ロスジェネの逆襲』以降は、花は登場しません。しかし、ドラマではあえて花を続投させることにしたのは、物語の中に“華”を作りたいという思いもあったようです。堺さんが“花ちゃん”と呼んでいますが、これはもともと堺さんのアドリブから始まった呼び方で、上戸さんも『すごく和むし、かわいい感じね〜』と気に入っています。花は半沢のよりどころでもあり、唯一本音を言える相手。その点では、半沢にとっては緊張をほぐす“遊び”の部分になっています。上戸さん自身も、花と似た雰囲気の方なので、コロナの前には堺さんと子育ての話で盛り上がっていましたよ」

視聴者も花(上戸彩)に感情移入しながらドラマを見ている様子。SNSでは、

<こんな笑顔と力強い言葉で送り出してもらえる直樹はどんだけ幸せ者よ>
<見終わった後あんなに壮絶なシーンばかりなのにほぼ上戸彩とのシーンを一度は思い出してしまう>

などのコメントが並んでいる。花が支持される理由としては、演じる上戸のイメージとマッチしていることも大きい。上戸は私生活でも既婚者で、人気女優でありながら、家族を優先して芸能活動をしてきたという点でも似ている。

「上戸は第1子を出産してからは育児に専念するためしばらく仕事をセーブしていました。彼女は常に家庭優先で仕事をするというスタンスで、夫のHIROもそれを理解しています。今回、4歳と0歳の子どもを育てながら撮影に入るのは、かなり大変だったと思いますよ。今回のドラマ出演は、上戸としては異例の“早期復帰”となりましたが、やはり『半沢直樹』だったという理由が大きいと思います。大ヒットドラマであるのはもちろんですが、それほど出番が多いわけでもないので、育児にあまり影響がでない。上戸の母親とHIROが全面的にサポートしてくれているそうです」(女性週刊誌記者)

実際、上戸自身も花の役作りにはこだわりを持っているようで、女性誌のインタビューにこう答えている。

「私は前作からあえて自分以外の部分の台本を読まないようにしていて。直樹がどんな顔をして家にいようとそれは花にはわからないと思うので読む必要がないかなと。なるべく見なくていいものは見ない。自分の見ている直樹だけをみて自分のできることをやる。放送を見て経緯を知る感じでしたね」

役に集中するために、あえて他のビジネスパートの台本は読んでいないという。制作サイドも俳優も、花にはかなりの思い入れを持って、キャラクターを作り込んでいるようだ。

その一方、花の人物描写に違和感を覚える人がいないわけではない。激務の夫を支える専業主婦という設定ゆえ、ジェンダー的な観点から疑問を持つ視聴者の声はツイッターでも散見される。

<記念日にフレンチ行く約束をドタキャンされたり、お歳暮?の送り先をはぐらかされて教えてもらえなかったり、遅くまで仕事で飲み歩いて、手料理食べてもらえないなんて、女を泣かせる要素しかない>
<半沢直樹で妻像(内助の功的な)はまじでげんなりするというか、あの部分だけ時代劇的に昔は大変だったんだなあと思って見てる>

ドラマ自体には好意的だが、まるで「昭和妻」のような花の振る舞いには批判的な声も上がる。その上で、

<半沢直樹のような影響力のあるドラマを、子育てとの両立とか、テレワークという要素を入れて製作してもらえないかな>

というツイートもあった。たしかに、男女共同参画社会や働き方改革の文脈からみれば、半沢と花との関係性は“前時代的”に映る部分もある。制作側が花をこのような設定にしたのは、何か理由があるのだろうか。

元上智大教授でメディア文化評論家の碓井広義氏はこう分析する。

「ドラマでは半沢が剣道をするシーンが象徴的に描かれているように、半沢を“武士”になぞらえて行動させています。ひきょうな裏取引をせず、相手には正対して勝負を挑む、そこに正義があるという姿です。その意味で、花の役割は『武士の妻』なのです。理屈抜きで夫の味方となり、言うべき事は言っても最後は夫の行動を見守って支援をする。そこに視聴者は安心感を覚えるし、よりドラマに感情移入しやすくなる効果も狙っているのではないか。1回の放送で1シーンしか花を登場させないのも、花の印象を強く残すための戦略だと思います」

そして、この花の描かれ方には、ドラマが大ヒットしている要因も隠されていると話す。

「続編といえども、安易に視聴者にこびない姿勢には、多くの人が共感しているはずです。たとえば、花の設定にジェンダー的な批判があるのは、制作陣は織り込み済みだった気がします。7年前に比べれば時代も変わったし、それに合わせることもできたはずです。でも、もし花の自我を前面に押し出して直樹とバチバチやり合うようにさせたら、ドラマでは息をつく時間がなくなってしまう。花の設定は、物語に緩急をつけて、次のハラハラ、ドキドキにつなげるためには必然だったのです。花の人物像を貫いたのは、制作陣の“覚悟”の表れでしょう」

さまざまな意見が出るのもまた、国民的ドラマの宿命といえる。ともあれ、花と半沢の夫婦劇は、このドラマのもう一つの見どころとなりそうだ。【取材・文=AERAdot.編集部・作田裕史/宮本エミ】

(朝日新聞 AERA dot. 2020.08.16)