碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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「半沢直樹」国民的ドラマへと成長

2020年08月01日 | 「北海道新聞」連載の放送時評

 

 

<碓井広義の放送時評>

「半沢直樹」

国民的ドラマへと成長

 

7月後半、ついに日曜劇場「半沢直樹」(TBS-HBC)がスタートした。4月に始まるはずが、新型コロナウイルスの影響で大幅にずれ込んだのだ。前作の放送が2013年。なんと7年ぶりの続編である。

前作の最後では、大きな成果をあげたはずの銀行マン・半沢直樹(堺雅人)が子会社へと左遷されてしまった。今回の舞台はその東京セントラル証券だ。大手IT企業・電脳雑伎集団が、ライバルである東京スパイラルの買収をたくらむ。最初に相談を持ちかけたのは、銀行ではなく半沢のいる証券会社だった。

ところが、途中で親会社の一派がこの案件を横取りしようと仕掛けてくる。買収のアドバイザー契約は巨大な利益をもたらし、同時に半沢をつぶすこともできるからだ。新作の見どころの一つが、親会社である東京中央銀行との確執、いや壮絶な戦いだろう。

半沢が組んだのは、証券会社の生え抜き社員である森山雅弘(賀来賢人)だ。森山は、銀行からやって来る天下りや落ちこぼれを、「楽をして禄(ろく)を食(は)む」連中として敵視している。最初は半沢もその一人と思っていたが、信頼するに足る上司だとわかってきた。半沢も森山の能力を評価し、一緒に反撃に出る。

この森山や浜村瞳(今田美桜)といった若手社員の存在が第二の見どころだ。前作にも登場した渡真利忍(及川光博)のような同期の仲間だけでなく、世代や立場を超えた共闘がドラマのヤマ場を作っていく。

中でも森山を演じる賀来は、一昨年秋のドラマ「今日から俺は!!」(日本テレビ-STV)で演じた「金髪のツッパリ高校生」とはまるで別人。役者としての振れ幅の大きさに驚かされる。かつての友人で、スパイラルの社長となった瀬名洋介(尾上松也)と対峙(たいじ)する重要な場面でも的確な演技を見せていた。

おなじみの大和田取締役(香川照之)はもちろん、証券営業部の伊佐山部長(市川猿之助)、三笠副頭取(古田新太)など、濃い味付けのキャラクターと俳優の一体感がすさまじい。これが第三の見どころだ。

また、物語の中で明かされる企業買収の仕組み、特に銀行や証券会社の動きが興味深い。「組織対組織」「組織対個人」の暗闘を背景に、企業の中にいる人間の生態が巧みに描かれていく。そして何より、「正しいことを正しいと言えること」「世の中の常識と組織の常識を一致させること」を愚直に目指す、半沢直樹という男の姿がすがすがしい。それが国民的ドラマ「半沢直樹」最大の魅力だ。

(北海道新聞 2020.08.01)

 


【書評した本】 竹中功『吉本興業史』

2020年08月01日 | 書評した本たち

 

 

「伝説の広報」が明かす

”お笑い商社”の紆余曲折

 

竹中功『吉本興業史』 

角川新書 990円

 

以前、旅番組の制作に携わっていた。出演した桂文枝(当時は三枝)師匠に、旅先で訊ねたことがある。所属芸人が「休みたい」と頼んだら、「ええよ」と言いつつホワイトボードのスケジュールをその場で全部消されたという話。「あれは本当ですか」と。師匠は「あり得ると思わせるのが吉本らしさですわ」と笑いながら答えてくれた。

竹中功『吉本興業史』で最も興味深いのは、組織を動かしているのが論理やシステムではなく、「人」であることだ。「吉本が好きな芸人」がこの会社に残り、会社は彼らの成長を「愛情をもって見守る」。そんな関係性が基本となっている。雇用関係というより、完全に「ファミリー」だ。

とはいえ、子どもの中から親不孝者や世間に迷惑をかける不良が出てくることはある。しかも昨年の「闇営業問題」などは、本人だけでなく、吉本興業という家庭が抱える特殊な”遺伝子”に起因しているかもしれないのだ。本書に記された、創業以来の紆余曲折の歴史がそう思わせる。

著者は5年前まで運営側にいた。「伝説の広報」と呼ばれた切れ者だが、吉本興業を指して一種の「生命体」だと言う。無機的存在ではなく、それ自体が命を持った生き物。環境や外界に適応し、時には自分に合うように周囲を変えながら生き続けていく。そのエネルギーの源は「笑いという商売」への執念だ。本書には、「私家版」の社史だからこそ書けた、異形の企業の過去と現在がある。

(週刊新潮 2020.07.23号)