碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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岡田恵和脚本「ファイトソング」 不器用な生き方へのエール

2022年03月27日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

岡田恵和脚本「ファイトソング」

不器用な生き方へのエール

 

冬ドラマが続々とエンディングを迎えている。今期は「ミステリと言う勿れ」(フジテレビ系)が大いに話題となったが、隠れた佳作も存在した。たとえば「ファイトソング」(TBS系)だ。

注目ポイントは2つあった。まず、岡田恵和によるオリジナル脚本であること。もうひとつは、ヒロインが民放ドラマ初主演の清原果耶だったことだ。

児童養護施設で育った花枝(清原)は、空手の有力選手だったが挫折。しかも聴神経腫瘍で数カ月後の失聴を宣告されてしまう。そんな花枝が出会ったのが、自分の大好きな楽曲を手掛けたミュージシャン、芦田(間宮祥太朗)だ。

当時、どん底状態だった芦田はマネジャーから「恋愛でもして人の気持ちを知りなさい」と言われ、花枝に交際を申し込む。耳が不自由になる前の「思い出づくり」を決意する花枝。互いに期間限定の「恋愛もどき」のはずだった。

脚本の岡田は物語を大仰なエピソードで飾らず、2人のキャラクターと日常をじっくりと見せていく。その積み重ねが見る側の共感を呼びこんでいった。

また同じ施設で育った慎吾(菊池風磨)が花枝を好きで、その慎吾をやはり施設仲間の凛(藤原さくら)が好きだったりするのだ。

自分の恋ごころにブレーキをかける2人の姿がいじらしい。それがドラマ全体に漂う、もどかしさと切なさを倍加させていた。そして何より、登場人物たちに共通の不器用な生き方を見つめる、岡田の眼差しが温かい。

最終回、岡田が仕掛けたのは、互いに自分の思いを語る約8分間の長丁場だ。すでに音が聴こえなくなった花枝のために、芦田は音声を文字化していく。

「恋って、しなきゃいけないものではなくて。でも、やっぱり、人が人を好きになるのは素敵なことだと思う/自分が好きな人が、自分を好きになってくれるなんて、それはもう奇跡みたいなもので/俺は待ってる、花枝が俺を必要だと思ってくれるまで/今までで今日が一番好きです」

この静かで熱い言葉を受けて、花枝も本音を伝える。恋をすることで相手に甘え、弱くなっていく自分が怖いというのだ。さらに芦田が創り出す音楽を、自分は聴くことができない悲しさも。

もともと“ピュア度”の高い清原だが、今回のような「生きづらさを抱えたヒロイン」は最適解。病を背負ったこと、人を好きになったことで成長していく一人の女性を丹念に演じていた。

それはまた女優・清原果耶の成長のプロセスでもあり、見る側として立ち会えたことは小さな幸運だ。

(毎日新聞「週刊テレビ評」2022.03.26)