「週刊新潮」に寄稿した書評です。
坪内祐三
『日記から~50人、50の「その時」』
本の雑誌社 1980円
著者の急逝から4年半。約20年前の新聞連載「日記から」が書籍化された。たとえば夏目漱石が明治42年の日記に残した、小説の執筆を「一向始める気色なし」の一文。そこから漱石の内面を探っていく。また昭和34年、当時の皇太子明仁親王と正田美智子の御成婚パレードを、テレビ中継で見たことを書いたのは三島由紀夫だ。日記好きだった著者が、50人の日記を素材に腕を振るった評論エッセイ。
谷川俊太郎
『からだに従う ベストエッセイ集』
集英社文庫 792円
著者が詩集『二十億年の孤独』でデビューしたのは1952年。70年以上も第一線の詩人であり、同時に名エッセイストでもある。本書は20代から70代にかけての45編を厳選した、文庫オリジナル。25歳で書いた「失恋とは恋を失うことではない」から、70歳の「私の死生観」まで、共通するのは自由とユーモアの精神だ。また散文でありながら長編詩としても読める。言葉の豊かさを実感する一冊だ。
濵田研吾
『俳優たちのテレビドラマ創世記』
国書刊行会 2860円
1959年のフジテレビ開局時からドラマ制作に携わったのが嶋田親一だ。本書には50~70年代のドラマの現場と俳優たちのエピソードが並ぶ。「女優として図太いところを持っていた」池内淳子。「テレビドラマだと芝居がオーバーになる」美空ひばり。スタジオという限られた空間で密度の濃い作品を生み出してきた嶋田は、自称「職人肌のドラマ屋」だ。その証言は貴重なドラマ秘史である。
鷲巣 力
『林達夫のドラマトゥルギー~演技する反語的精神』
平凡社 4180円
林達夫は戦前から戦後にかけて活動した知識人。没後40年の今年、孤高の編集者・歴史家・思想家だった林の全体像に迫るのが本書だ。その生い立ちや精神形成はもちろん、『歴史の暮方』などの執筆、ベルクソン『笑い』の翻訳、『世界大百科事典』の編集といった取り組みの背景を解明していく。中でも「方法としての反語」という視点が興味深い。林が自ら背負った「役柄」とは何だったのか。
(週刊新潮 2024.08.01号)