碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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【新刊書評2024】 青柳雄介『袴田事件』

2024年09月26日 | 書評した本たち

 

 

「改竄」「偽装」「偽証」……

”世紀の冤罪”渾身の取材記録

 

青柳雄介

『袴田事件~神になるしかなかった男の58年

文春新書 1210円

 

ビートルズが来日したのは1966年6月29日のことだ。翌日から3日間、今や伝説と化した日本武道館での公演が行われた。

彼らの羽田到着から約22時間後の30日未明、静岡県清水市(現・静岡市清水区)で味噌製造会社の専務宅が全焼した。焼け跡から見つかったのは専務、その妻、次女、長男の遺体だ。刃物でのめった刺しという惨殺だった。

警察は当初から従業員で元プロボクサーの袴田巌を犯人と決めつけて捜査を進め、8月18日に逮捕する。連日厳しい取調べが行われ、袴田は勾留期間満了の直前に自白した。

だが、公判では否認に転じる。80年に死刑判決が確定した後も冤罪の可能性が指摘され続けた。2014年に静岡地裁が再審開始を決定し、袴田の48年におよぶ幽閉が終わった。

雑誌記者を経てフリーのジャーナリストとなった著者は06年から事件の取材を続けてきた。特に15年からの2年間は、釈放された袴田が住む浜松に居を移しての密着取材にも挑んでいる。いわばライフワークだ。

本書では袴田本人はもちろん、長年弟を支えてきた姉・ひで子の軌跡と心情も丹念に追っていく。また46時間におよぶ当時の取調べ録音テープを精査。捏造が強く疑われる重要証拠「五点の衣類」の信憑性も再検証する。

さらに、袴田に対する死刑の判決文を書いた熊本典道元裁判官を始めとする司法関係者や、袴田の獄中仲間などから貴重な証言を得ることで、前代未聞の冤罪が生まれた深層に光を当てている。

浮かび上がってくるのは、証拠を「改竄(かいざん)」することで袴田の犯人らしさを「偽装」し、それに基づいて公判廷で「偽証」が行われるという構造だ。著者はこれを「不正による三位一体の不利な条件」と呼ぶ。

袴田の釈放後、検察の抗告で再審開始の決定は取り消されるが、20年に最高裁が再審開始を支持。24年5月に審理が終了した。そして今月26日、判決の言い渡しが行われる。

(週刊新潮 2024.09.26号)

 


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