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「週刊新潮」の書評ページのために書いてきた文章で振り返る、この1年に読んだ本たちです。
2012年 こんな本を読んできた(8月編)
永瀬隼介 『カミカゼ』
幻冬舎 1575円
物語は昭和20年5月、鹿児島の海軍航空基地から始まる。250㌔爆弾を抱えた零戦30機が目指すのは、最後の決戦場である沖縄。その搭乗員のひとりが陣内武一だ。敵側の猛烈な砲火をかいくぐり、巨大空母エンタープライズに突入する武一。そこですべてが終わるはずだった。
一方、平成24年の東京に暮らすのはフリーターの田嶋慎太だ。アルバイトの合間に参加したホームレスへの炊き出しボランティア。そこで魅力的な小泉綾と知り合い、今は彼女が心酔する政治学者の地下活動を手伝っている。そんな慎太をトラブルから救ってくれた奇妙な男こそ、67年前に死んだはずの武一だった。
武一と慎太。出会うはずのない2人が出会ったことで、事態は思わぬ展開を見せる。資質も性格も考え方も全く異なる珍コンビが、謎の政治学者が仕掛ける国家的破壊工作に立ち向かうことになるのだ。
戦時中から現代へのタイムスリップを描いた作品は珍しくない。だが、戦争末期の特攻兵たちの心情をここまで精緻に書き込んだものは少ない。その極限状態での生への渇望と諦観が胸に迫る。時空を超えた真っ直ぐな精神が見た現代の日本、そして日本人の姿も印象的な快作だ。
(2012.06.30発行)
森田 実 『「橋下徹」ニヒリズムの研究』
東洋経済新報社 1575円
今年80歳になる政治評論の長老が分析する「橋下政治」の実相がここにある。まず著者が考える民主主義社会の基礎は3つだ。「法」「道徳」「常識」である。
その上で、橋下政治の特色を挙げていく。①新自由主義、競争原理主義、②「戦後政治の総決算」路線支持、③独裁的英雄待望論者、④官僚嫌い、そして⑤創造より破壊が好き。
これらはテレビや新聞などマスコミの姿勢と合致している。「橋下徹」は崩れ始めた新自由主義勢力を再興する最後の切り札なのだ。だからこそマスコミは橋下と橋下イズムの用心棒を務めるのだと著者は言う。
「争気過剰」な政治家を好むマスコミにとって、かつての小沢一郎に代わる素材が橋下だ。マスコミが騒ぐことで、普通の知事であり、普通の市長だったはずの橋下は、国政を動かすほどの存在になってしまった。
その一方で、マスコミは反橋下派の論客や批判者を登場させないという形で締め出している。橋下とマスコミとの一体化現象を、著者は「応援団」「マスコミ党の党首」だと看破する。橋下政治だけでなく、この国のマスコミに対しても強い警鐘を鳴らしているのだ。マスコミに守られた「大阪のサルコジ」橋下徹は、この国のリーダーたり得るか。
(2012.07.12発行)
鈴木 耕 『原発から見えたこの国のかたち』
リベルタ出版 2100円
原発問題の異色評論集だ。研究者でもジャーナリストでもない、「普通の市民」による反骨の記録である。新聞記事を精査しながら、政治家、企業、学者、マスコミの罪をじわりと突いていく。等身大の不安、憤り、絶望、それでも諦めない姿勢が共感を呼ぶ。
(2012.07.11発行)
北上次郎・大森望 『読むのが怖い!Z~日本一わがままなブックガイド』
ロッキング・オン 1890円
「本読み」の名人と達人が、互いのおススメ本をめぐって真っ向勝負。2008年からの4年分、貴志祐介「新世界より」からラーソン「ミレニアム」シリーズまでの話題作、問題作169冊が俎上に載る。2人の独断と偏見を楽しんだら、未読本を求めて、即書店へ。
(2012.07.16発行)
常盤新平 『たまかな暮し』
白水社 2100円
雑誌「四季の味」に連載中の連作短編集だ。父の啓吾、息子の悠三、そして息子の妻・やよい。3人の穏やかな生活が描かれる。「たまか」とは、つつましいこと。蕗味噌。わさび大根。粕汁。季節を感じながら、折々の食を味わうことの幸せを教えてくれる。
(2012.06.25発行)
三浦 展 『妻と別れたい夫たち』
集英社新書 756円
男はどんな時に離婚したいと思うのか。実際に離婚するのはどんな時か。そして、どんな人が離婚したいと思い、実行に移すのか。本書はベストセラー『下流社会』の著者による、「ひとりになりたい男たち」の社会分析である。
首都圏に暮らす40~60代の男性2000人以上を調査した結果、明らかな傾向が見えてくる。夫婦の学歴、職業、年収から居住地域まで興味深いデータが並ぶ。その上で著者は「男性原理主義社会」の見直しを主張する。それはもっと安心して働き、生きられる社会への第一歩でもある。
(2012.07.18発行)
楡 周平 『修羅の宴』
講談社 1890円
本誌コラム「考えない葦」で鋭い社会批評を展開している著者の最新企業小説。舞台はバブル期の商社と銀行である。
いずみ銀行の役員だった滝本哲夫が送り込まれたのは、三百億の累積赤字を抱えた系列の浪速物産だ。高卒の滝本が生き残るためには浪速の社長として君臨し続けるしかない。必死で赤字を解消し会社を立て直す。しかし今度は親会社のいずみから新たな社長が送り込まれる危険が生じる。滝本は繊維専門商社である浪速が新規事業を開拓する必要性を痛感する。
そこで選んだ道がファイナンス事業だ。順調な伸びを見せる“金貸し業”だったが、いずみの思惑で今の地位を追われる可能性は高まるばかりだ。滝本はいずみの影響力を排除し、自分が浪速の大株主になることを決意する。時代はまさにバブル期。不動産への投資。企業の乗っ取り。金が金を生む構造をフル活用して滝本は突き進む。しかし破滅へのカウントダウンは静かに始まっていた。
モチーフとなっているのはイトマン事件だ。膨大な不動産投資や絵画取引、ゴルフ場開発などの詳細がリアルに描かれていく。ある時代の熱狂と人間の欲望が生みだす極限のドラマから最後まで目が離せない。
(2012.07.18発行)
読売新聞昭和時代プロジェクト 『昭和時代 三十年代』
中央公論新社 1995円
昭和が平成に変わって20数年。ひとつの時代を丸ごと、客観的に検証するタイミングとしては悪くない。昨年4月から読売新聞が連載を開始した「昭和時代」。本書はその30年代篇をまとめたものだ。
終戦から10年を経たとはいえ、さまざまな所に見え隠れする「戦争の傷跡」。東映時代劇の中村錦之助や巨人の長嶋茂雄など「大衆のヒーロー」の登場。戦時中は東條内閣の閣僚でありながら、昭和30年の保守合同で誕生した自民党の総裁となった「岸信介」。昭和34年の皇太子ご成婚は、民間から迎えた初めてのお妃を指して「美しい革命」とも評された。
そして怒涛のような「60年安保闘争」がある。空前の大衆運動を目にしながら、当時の岸首相は「野球場や映画館は満員だ」とうそぶいた。半世紀後の現在、官邸周辺の反原発デモを「大きな音だね」としか認識しない現役首相を連想させる。
また注目すべきは、この時期に進められた「エネルギー転換」である。電力の主流が水力から火力へと移行していくのはもちろん、原子力発電が始まるのだ。原爆投下から10年で、社長室に原子力発電課を設置する東京電力。候補地として茨城県とともに絞り込まれたのが福島県沿岸部だった。
(2012.07.10発行)
上原 隆 『こんな日もあるさ~23のコラム・ノンフィクション』
文藝春秋 1680円
『友がみな我よりえらく見える日は』以来、実在する市井の人たちに材を取ったコラム・ノンフィクションを書き続けてきた著者の最新刊だ。公園で恋人から別れを告げられる女性。希望退職に追い込まれたサラリーマン。読む者は、誰かの人生に少しだけ励まされる。
(2012.07.25発行)
米田彰男 『寅さんとイエス』
筑摩書房 1785円
映画『男はつらいよ』の車寅次郎と、あのイエス・キリストを比較する。神父にして聖書学者の著者による大胆な論考だ。聖書と映画の台詞からの巧みな引用と新たな解釈で、両者の生き方やユーモアが重なって見えてくる。キーワードは「聖なる無用性」。
(2012.07.15発行)
ジュンク堂書店新宿店 『書店員が本当に売りたかった本』
飛鳥新社 1365円
今年3月に閉店したジュンク堂書店新宿店。最後の催しは「自分たちが売りたい本を売ろう」だった。その際に使われた“手描きPOP”の写真が一冊に。ラブレターのような、また応援歌のような短いメッセージから、本への熱い思いが伝わってくる。
(2012.07.24発行)
赤坂真理 『東京プリズン』
河出書房新社 1890円
著者にとって9年ぶりとなる長編小説のテーマは、天皇の戦争責任と戦後問題。2年にわたり「文藝」に連載されてきた本作が、今年度上期における問題作の一つであることは間違いない。
ここには2人の「私」が存在する。1980年のアメリカに留学している15歳の「私」から、2009年の日本で45歳となっている「私」に電話がかかってくるのだ。奇妙だが、あるリアリティを伴った“過去の自分”との会話。電話口で彼女の母親を演じるうちに、かつての戦勝国で、敗戦国から来た少女として体験したいくつもの出来事が「私」の中で甦ってくる。また母親が抱えていた心の闇も少しずつわかってくる。
物語の後半に置かれた、留学中の主人公が参加する授業の内容が秀逸だ。それは「東京裁判」を再現したディベートであり、彼女が「天皇の戦争責任」を追及する立場で議論が進むという複雑な構造となっている。そこで語られるのは、戦後の日本人が棚上げにしてきた国家論であり、戦争論であり、天皇論だ。
この小説の主人公の名はマリ・アカサカ。少女時代にアメリカへ留学していた著者が感じ、その後も考え続けてきた「戦後社会」への違和感を、見事に文学作品として昇華させている。
(2012.07.24発行)
大江健三郎 『定義集』
朝日新聞出版 1680円
朝日新聞で2006年から今年にかけて連載された評論風エッセイ。タイトルにある通り、これまで親しみ、力を与えられた言葉を再認識する試みでもある。
たとえば、「滑稽」をめぐって登場するのは中野重治の短編「おどる男」だ。中野自身と思われる小説家が電車の中で体験する、市民生活の滑稽と残酷。また「閉塞」では加藤周一が語られる。加藤が、啄木によるその時代の閉塞への批判を、強く評価する文章を書いていたことを紹介し、現代の若者たちの状況と重ねていくのだ。
このエッセイが書かれた12年の間には、1970年に出版された『沖縄ノート』をめぐる名誉棄損問題も起きている。しかし著者は法廷を有利にするための説明を行ったりはしない。その代わり、高校生や高校教師となる人に対して、彼らが手にする教科書の記述に注意することを促す。そこには、<「集団自決」においこまれたり>とか、<追いつめられて「集団自決」した人>などと書かれているからだ。こうした“若い人たち”に語りかける姿勢は、本書の中で一貫している。
また連載中には東日本大震災と原発事故も起きた。77歳の“行動する作家”は反原発のデモに参加し、核社会への批判を続けている。
(2012.07.30発行)
森 博嗣 『常識にとらわれない100の講義』
大和書房 1365円
作家であり工学部教授でもある著者による“生きるヒント”だ。「勝利のほとんどは勝ち逃げである」「未来の大部分は決まっている」「新しいものを作るには削ることだ」等々、痛快な独断と偏見が連打される。すべてを自分の頭で考える時代の「新たな常識」集だ。
(2012.07.30発行)
福田和也・坪内祐三 『不謹慎~酒気帯び時評50選』
扶桑社 1680円
「週刊SPA!」連載の世相放談。2010年から今年6月までの中から選ばれた50本が並ぶ。特に震災翌日に行われた公開対談の採録は貴重。福田の「問題は政治より経済」という発言が光る。巻末のコメント付きリスト「対談10年で語られた本100」も嬉しい。
(2012.07.30発行)
芹沢俊介 『宿業の思想を超えて~吉本隆明の親鸞』
批評社 1785円
さまざまな紙誌に書いた吉本隆明への追悼文と、吉本と親鸞をめぐる文章で構成されている。「吉本隆明を現代の親鸞とみなしたい」と言う著者が考えるキーワードは悪。悪は「行為」ではなく「意図」だとする吉本の解釈には、人間世界に対する新たな視点がある。
(2012.07.25発行)
小沢昭一 『ラジオのこころ』 文春新書
TBSラジオの「小沢昭一の小沢昭一的こころ」が始まってから約40年。著者の飾らない人柄そのままにユーモアとペーソス、そして蘊蓄に溢れた語り口は今も変わらない。本書に収められたのは著者が選んだ珠玉の10篇だ。
冒頭の「平成の名物」で俎上に乗るのはTPPとAKB。アルファベット3文字の初上陸はGHQだという指摘が可笑しい。続いてDDT、PTAへと話は広がる。他の「むかし婦人会、いま女子会」、「人生のはじまり、おっぱいについて考える」も含め、行間から声が聞こえる読むラジオだ。
(2012.08.20発行)