碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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2012年 テレビは何を映してきたか (10月編)

2012年12月27日 | テレビは何を映してきたか 2010年~13年

「日刊ゲンダイ」に連載している番組時評「TV見るべきものは!!」で
振り返る2012年のテレビ。その10月編です。


2012年 テレビは何を映してきたか (10月編)

「水玉の女王草間彌生の全力疾走」 NHK

先週28日のNHKスペシャル「水玉の女王草間彌生の全力疾走」。今年83歳になる前衛芸術家を追った、人物ドキュメンタリーの力作だった。

ちなみに、昨年夏のBSプレミアム「世界が私を待っている~前衛芸術家草間彌生の疾走」は、ギャラクシー賞テレビ部門の「選奨」に輝いている。今回の番組はその後の1年半に密着。軸となるのは草間が挑む100枚の新作である。

アーティストが創作する現場を撮ることはかなり難しい。ましてや草間は精神病院を“自宅”とし、車いすでアトリエに向かう状態だ。精神的にも肉体的にも不安は多い。彼女がカメラという“非日常”の存在を拒否しても不思議ではないのだ。

しかし番組はほぼ完全に密着する。「私って、どうしてこう天才なんだろう」とつぶやきながら絵筆を握る草間が微笑ましい。また創作と並行して草間が積極的に関わる「ビジネス」の部分にまでカメラを向けていた。取材対象者と取材する側との信頼関係がなければできないことだ。しかも番組は“天才”草間に媚びてはいない。敬愛しながらも冷静に距離を保って撮っている。この距離感が実に見事だ。

かつて活動拠点のアメリカから志半ばで帰国した草間。今回ヴィトンとのコラボでニューヨークを訪れるシーンは“女王の凱旋”のようだった。疾走はまだ続きそうだ。

(2012.10.02)


「純と愛」 NHK

NHK朝ドラ「純と愛」がいいスタートダッシュを見せている。その原動力は遊川和彦の脚本だ。

念願のホテルに就職したヒロイン・純(夏菜)が、規則を超えて宿泊客の要望に応じたことで上司から叱責される。最初は我慢していたが、言い返さずにはいられない。「お客さんを笑顔にできなかったらホテルの負けじゃないですか!」「セクションだの経費削減だの、お客さんには関係ないっちゅーの!」。

青臭いと言われても純は真剣だ。しかし指導係の先輩に同意を求めると「犬は飼い主を選べない」とピシャリ。さらに「自分はいつも正しいと思っている人間は成長をやめたのと同じです」と一喝される。そんなセリフの応酬から目が離せない。

遊川和彦のドラマは、いつも人間の表と裏を見せてくれる。一見ごくフツーの家庭がもつ「裏の顔」を、徹底的に描いてみせたのが「家政婦のミタ」だった。ともすれば「建前」や「きれいごと」が並びがちな朝ドラ枠で、“本音ドラマ”を展開すること自体がチャレンジだ。

懸念材料はもう一人の主人公・愛(風間俊介)の存在だろう。愛と書いて「いとし」と読ませる青年だ。彼がもつ「顔を見れば、その人の本性が見える」という“特殊能力”を、視聴者がどう納得するか。いずれにせよ、久しぶりにスリリングな朝ドラである。

(2012.10.09)


「ゴーイングマイホーム」 フジテレビ
 

先週、連ドラ「ゴーイングマイホーム」(フジテレビ系、火曜夜10時)が始まった。脚本・演出を映画「誰も知らない」などの是枝裕和監督が務めているが、驚くべきホームドラマである。

登場するのは阿部寛と山口智子の夫婦をはじめ、ごく普通の人物ばかり。しかもそこで展開されるのは日々の仕事であり、子供の教育であり、親の世話だ。殺人事件も派手な恋愛も、泣かせる難病も出てこない。それなのに彼らの日常から目が離せない。それは、ドラマなのにドキュメンタリーのようなリアル感があり、先が読めないからだ。

また、是枝演出による阿部や山口の演技の自然なこと。会話も実在の夫婦のようだ。そこにはドラマらしい大仰な言葉、ドラマで聞いたことのある言葉はない。たとえばCM用の料理を手掛けるフードスタイリストである山口智子が笑顔で言う。「美味しそうと、美味しいは別なんだよ」。

聞けば、初回視聴率13%にフジテレビは不満を漏らしたとか。とんでもないことだ。何しろ普段視聴者が目にする“お手軽”ドラマとは別物なのである。違和感を持ってもおかしくない。むしろ13%取ったことで、今どきの視聴者のレベルの高さを喜ぶべきだろう。

たとえ次回の視聴率が下がっても、この秋「大人が見るべき1本」として、口コミでじわじわと支持が広がるはずだ。

(2012.10.16)


「ダブルフェイス」 TBS・WOWOW
 

ヤクザ組織に潜り込み、幹部となっている刑事(西島秀俊)。優秀な警察官でもあるヤクザの潜入員(香川照之)。そんな男たちの暗闘を描いたのがTBSとWOWOWの共同制作ドラマ「ダブルフェイス」だ。そのTBS版「潜入捜査編」が、15日に放送された。

冒頭は、急な雨から逃れてビルの軒先で一休みする2人の男だ。互いの素性も知らないままの、一瞬の遭遇と別れ。その表情と佇まいが、これから始まる物語を予感させる、実にいいシーンだ。

このTBS版は大きな麻薬取引を軸に展開されるが、本当の身分を隠した2人の動きがスリリングで目が離せない。特にヤクザと警察官の境界が見えなくなった西島の苦悩が濃厚に表現されている。もちろん香川も負けてはいない。あくまでも冷静に警察を裏切り続ける男を、役に溶け込んだかのように演じている。

2人の男優を支えるのは羽原大介(映画「フラガール」)の脚本と「海猿」の羽住英一郎監督だ。組織の中の個人にこだわることで、原作映画「インファナル・アフェア」とも、そのリメイク「ディパーテッド」とも異なる独自のドラマとなった。

香川が中心の「偽装警察編」は27日にWOWOWで放送予定。未加入者の「そんなあ~」という反応も狙い通りだろう。2つの局による“ダブルフェイス”な試み、まずは成功と言える。

(2012.10.23)


「アイアンシェフ」 フジテレビ

フジテレビが鳴り物入りで“復活”させた「料理の鉄人」、いや「アイアンシェフ」。26日にその1回目が放送された。フジは記者会見で、単なるリメイクや逆輸入ではなく「凱旋(がいせん)帰国」と豪語していたが、そうは見えなかった。

確かに変わった点はある。かつての鹿賀丈史に代わって勝負を仕切るのは玉木宏だ。当然、鉄人たちも審査員も当時とは違う。しかし「キッチンコロシアム」という舞台が象徴するように、基本的な中身は同じだ。一定条件の中で料理人を競わせ、それを過剰ともいえる演出でショーアップすることに尽きる。

成功した過去の番組が語られる時、最高視聴率など「よかったこと」のみにスポットが当たる。一方、その番組が衰退し淘汰されていった理由に触れることはない。はっきり言って、「料理の鉄人」も中期以降はあまり感心しなかった。その最大の理由は審査員にある。途中から芸能人が目立ち、当の料理人はもちろん視聴者も「あんたに言われたくないよ」とツッコミを入れたくなったのだ。

今回もその感が強い。秋元康や林真理子などに混じって、明らかに映画の宣伝のために出てきた周防正行・草刈民代夫妻や伊藤英明が審査しているのは一体何なのか。岸朝子や平野雅章などが、専門家としての名前を賭してジャッジしていた姿が懐かしい。

(2012.10.30)



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