諏訪湖 2020
夏空は
たやすく曇ってしまうから
くすぐりまくって
起こすおとうと
飯田有子 『林檎貫通式』
週刊テレビ評
「私の家政夫ナギサさん」
性別超えた「母性」の奥深さ
多部未華子主演のTBS系連続ドラマ「私の家政夫ナギサさん」(火曜午後10時、18日で第7話)は、油断ならないドラマだ。いわゆる「お仕事ドラマ」でも「恋愛ドラマ」でもない。何しろ家政夫である「おじさん」がもう一人の主人公なのだ。しかも根底に置かれたテーマは「母性」である。
相原メイ(多部)が幼稚園児の頃、将来の夢は「お母さんになること」だった。しかし、それを母親(草刈民代)にひどくしかられた。
「そんな夢、やめなさい。お母さんはね、その辺の男たちよりずっとできた。でも女の子だから、お母さんにしかなっちゃダメって言われたの。メイはばかな男より、もっと上を目指しなさい。お母さんになりたいなんて、くだらないこと二度と言わないで」と。
大人になったメイは、製薬会社のMR(医薬情報担当者)に。母親の期待に応えようと、「仕事がデキる女性」を目指して頑張ってきた。現在もプロジェクトのリーダーとして部下を率い、責任ある仕事をしている。
ただし、いつも疲れ切って帰宅しているから一人暮らしのマンションは散らかり放題で、食生活もいいかげんだ。そんなメイを心配した妹の唯(趣里)が、優秀な「家政夫」の鴫野(しぎの)ナギサ(大森南朋)を送り込んできた。
当初は自分の部屋に「おじさん」が出入りすることに抵抗したメイだったが、整った室内とおいしい食事、ナギサの誠実な人柄にも癒やされていく。まるで家に「お母さんがいるみたい」と思うのだ。
メイは恋愛したくないわけでも、結婚したくないわけでも、子供を持ちたくないわけでもない。一方で、今の生活は充実しているし、無理もしたくない。いや、できれば仕事を含む「現在の自分」をキープしたいと思っている。
この辺り、多部がアラサー女子の本音とリアルを等身大で演じて見事だ。しっかり者のようでいて、少し抜けたところもある、愛すべき「普通の女性」がそこにいる。
また、ナギサという人物も興味深い。メイが「なぜ家政夫などしているの?」と失礼な質問をすると、「小さい頃、お母さんになりたかったのです」と驚きの答え。それは例えではなく、本当の話だった。ハードなイメージの大森だからこそ、その繊細な演技が光る。
メイの母親が「くだらない」と言っていた「お母さん」。ナギサにとって家政夫は夢の実現かもしれないのだ。背後には男性の中の「母性」という、これまた複雑なテーマが潜んでいる。
「大切な人」を守りたい。ずっと笑顔でいてほしい。それは性別を超えた「究極の母性」なのか。このドラマ、まだまだ奥が深そうだ。
(毎日新聞 2020.08.15)
刊行が始まっている『現代マンガ選集』(ちくま文庫)は、筑摩書房が創業80周年記念出版として取り組む、全8巻の文庫オリジナルです。手に取りやすい「文庫」での刊行というところも嬉しい。
5月に出た第1弾『表現の冒険』の編者で、総監修も務めているのは、学習院大の中条省平教授。今回の企画は、60年代以降における日本の「現代マンガ」の流れを、新たに「発見」する試みだと宣言しており、その心意気に拍手!です。
この本には、石ノ森章太郎「ジュン」、つげ義春「ねじ式」、赤塚不二夫「天才バカボン」、みなもと太郎「ホモホモ7」、真崎・守「はみだし野郎の伝説」、上村一夫「おんな昆虫記」、高野文子「病気になったトモコさん」など、マンガ表現の定型を打ち破り、未知の領域を切り開いた名作18編が収められています。
また、6月配本の第2弾『破壊せよ、と笑いは言った』では、「ギャグマンガ」が、巨大な「ジャンル」へと成長していく軌跡をたどることが出来ます。編者は、編集者・マンガ研究家・詩人の斎藤宣彦さん。
収録されているのは、つのだじろう「ブラック団」、東海林さだお「新漫画文学全集」、秋竜山「Oh☆ジャリーズ」、谷岡ヤスジ「ヤスジのメッタメタガキ道講座」、赤瀬川原平「櫻画報」、山上たつひこ「喜劇新思想体系」、いしいひさいち「バイトくん」といった具合で、こちらもかなり強力です。
この巻のタイトル「破壊せよ、と笑いは言った」は、中上健次『破壊せよ、とアイラ―は言った』(1979年)から来ていると思います。ジャズ・サックス奏者のアルバート・アイラ―、そして中上健次。「永遠の前衛」と呼びたくなる2人に対するリスペクトと、笑いを武器に奮戦する漫画家たちへのリスペクトが重なっているようで、感慨があります。
筑摩書房は、ほぼ半世紀前の1969年から71年にかけて、『現代漫画』というシリーズを出したことがありました。
編者は「鶴見俊輔・佐藤忠男・北杜夫」という布陣で、第1期と第2期、合わせて全27冊にもなる壮大なもの。文学全集と同じように漫画家一人に一冊をあてた、筑摩書房らしい堅牢な造りの本でした。果たして当時、採算が合ったのかどうか・・。
いずれにせよ、マンガを「文化」として大切にする風土を、50年以上も前から持っていたことが素晴らしい。
現在も「ちくま文庫」では、石ノ森章太郎『佐武と市捕物控』シリーズ、赤塚不二夫『おそ松くんベスト・セレクション』、水木しげる『劇画 ヒットラー』、滝田ゆう『滝田ゆう落語劇場』、そして杉浦日向子『百日紅(さるすべり)』など、数多くの名作マンガを読むことが出来ます。
読んだことがない人には「発見」が、以前読んだことのある人には「再発見」がある、そんな作品たちです。
今後も刊行が続く『現代マンガ選集』と並行して、これらの名作を読んでみるのも、「新しい生活様式」と呼ばれる難儀な日常を生きる、ひとつの支えとなるかもしれません。
警察学校を舞台にしたドラマ「未満警察 ミッドナイトランナー」が、後半に入って面白くなってきた。2週連続で描かれた、「スコップ男」事件で勢いがついたのだ。
9年前、撲殺した被害者を地中に埋め、凶器のスコップを墓標のように立てておく連続殺人鬼「スコップ男」が現れた。逮捕されたのは2人目の被害者の夫、天満(佐戸井けん太)だ。ところが同じ手口の事件が新たに発生する。天満は真犯人ではなかったのか。それとも模倣犯の仕業か。
一方、警察学校にやってきた男とその姉(長谷川京子)が立てこもり事件を起こす。2人は天満の子供たちで、父親の「冤罪」を晴らそうとする捨て身の行動だった。
人質となったのは本間快(中島健人)と一ノ瀬次郎(平野紫耀)、そして及川蘭子(吉瀬美智子)だ。警視正の国枝(木下ほうか)が強硬策に出ることを知った3人は、片野坂(伊勢谷友介)と連携して姉弟を救う手だてを探っていく。「表に見えているものだけが真実じゃない」という片野坂の言葉が効いている。
頭脳の本間と体力の一ノ瀬。いいコンビだが、警察学校の生徒だ。正式な捜査や逮捕はできない。だが、その「不自由さ」と、逆に警察官未満だからこその「自由さ」を組み合わせて独自の物語を生みだしている。同じバディー物「MIU404」(TBS系)と比べながら見るのも一興だ。
(日刊ゲンダイ「テレビ 見るべきものは!!」2020.08.12)
今年のお盆は
「家で読書」も悪くない!?
(読書案内 その2)
いつものような「帰省」がままならない、今年のお盆。ならば、「家で読書」も悪くないのでは? ということで、前回に続いて、最近の「新刊」の中から選んだオススメ本です。
<小説>
泉 麻人 『夏の迷い子』
中央公論新社 1760円
表題作の主人公は、施設で暮す認知症の母と一緒に古い写真を眺める63歳の息子。ふと子供時代に起きた、お祭りの夜の出来事が甦ってきます。「テレビ男」は、嘱託として会社に残りながら、図書館で新聞の縮刷版を楽しむ男の話です。彼のお目当ては、昔のテレビ欄。ある日、奇妙なタイトルの番組を思い出します。懐かしさとほろ苦さ。全7作の短編小説のモチーフとなっているのは、著者ならではの「昭和の記憶」です。
安藤祐介『夢は捨てたと言わないで』
中央公論新社 1760円
それはスーパー「エブリ」社長の突飛な発想でした。バイトで働く無名の芸人たちを準社員に登用し、「お笑い実業団」として支援しようというのです。店内催事場でのライブやマネージメントを担当するのは栄治。不本意な仕事ながら、お客も従業員も彼らを応援するようになる。やがて売れない歴15年のコンビがテレビのお笑いグランプリに挑戦。笑いと涙の芸人物語は思わぬ展開を見せていきます。
アガサ・クリスティー、田中一江:訳『雲をつかむ死 新訳版』
ハヤカワ文庫 1210円
事件はパリ発ロンドン行きの飛行機の中で起きました。死亡した女性の首には、蜂に刺されたような謎の傷。乗客の一人だった名探偵ポアロが、この密室殺人に挑みます。ミステリの女王のデビュー100周年と、生誕150周年を記念しての「新訳」シリーズです。当然ですが、旧訳と同じ文章はありません。たとえば、「本物の貴族」は「生まれつきの貴族」に、「空中楼閣」は「砂の城」となり、名作に分かりやすさが加わりました。
<エッセイ>
亀和田武『夢でもいいから』
光文社 1980円
7年前の『夢でまた逢えたら』に続く、待望の回想エッセイ集です。著者は記憶のタイムマシンで過去と現在を自由に行き来します。インタビューした時に尾崎豊が見せた、イメージとは異なる気弱な微笑。ワイドショーの司会者としてスタジオで対決した、オウム真理教の上祐史浩。リアルタイムの現場と生身の人間ほど面白いものはない。本書はエッセイでありながら、秀逸な同時代史となっています。
<伝記>
山田邦紀 『今ひとたびの高見順~最後の文士とその時代』
現代書館 2860円
高見順は昭和を代表する作家の一人ですが、本書は単なる評伝ではありません。著者が企図したのは「高見順を通して見た昭和史」だからです。プロレタリア文学から出発した高見の作家活動は、社会の動きと深くからみ合っています。著者は、森繁久彌や山崎豊子の文章、さらに歌手・淡谷のり子の証言なども交え、「昭和」という時代を複層的に描いていきます。まさに「いやな感じ」の今、高見とその作品が光芒を放つ。
<本>
岩波新書編集部:編『岩波新書解説総目録1938―2019』
岩波新書 1100円
岩波新書の創刊は昭和13年(1938)11月。寺田寅彦『天災と国防』をはじめとする9冊が店頭に並びました。岩波茂雄は、刊行の辞に「挙国一致国民総動員の現状に少からぬ不安を抱く」と記しています。それから80余年。本書は約3400点の内容を総覧できる、初めての総目録です。生き方に結びつく知識を得るために、また世界を認識するための足場として、この「知のアーカイブ」を活用していきたい。
坪内祐三『本の雑誌の坪内祐三』
本の雑誌社 2970円
今年の1月13日未明、坪内祐三さんが亡くなりました。急性心不全。61歳8カ月でした。『ストリートワイズ』『古くさいぞ私は』などの著作で知られますが、雑誌を読むのも、雑誌に書くのも好きだった坪内さん。本書には「スタッフライター」を自称した『本の雑誌』の記事が収められています。執筆した特集はもちろん、対談や座談会がすこぶる面白い。また23年分の「私のベスト3」も、極上のブックガイドと言えるでしょう。
<人生相談>
鷲田清一『二枚腰のすすめ~鷲田清一の人生案内』
世界思想社 1870円
新聞の「人生相談」6年半の分が収まっています。著者は、相談に「答える」のではなく、「乗る」ことを選ぶ。たとえば三角関係の悩みに対して「たぶんあなたはライバルに負けます」と言い切ります。そして「でも私はあなたを肯定します」と続けるのです。また、自分勝手な夫への不満を訴える妻には、あえて「家族解散」を提案。読む側も結論だけでなく、「ねばり強い腰」を持つための思考プロセスを共有できるのです。
<テレビ>
ペリー荻野『テレビの荒野を歩いた人たち』
新潮社 1760円
コラムニストで時代劇研究家の著者が、「テレビの開拓者たち」の体験談をまとめた一冊です。たとえば、『渡る世間は鬼ばかり』などで知られるプロデューサーの石井ふく子さんは、惚れ込んだ小説をドラマ化したくて、原作者である山本周五郎の家に通いつめました。時代が変わっても「やっぱり家族のドラマにこだわりたい」と言います。他に脚本家の橋田壽賀子さん、作曲家の小林亜星さんなど、総勢12人の貴重な証言が並んでいます。
<社会>
貴志謙介『1964 東京ブラックホール』
NHK出版 1870円
「東京オリンピック」が開催された1964年。今でも何かと語られることが多い年ですが、それは本当に「明るい年」だったのか。NHKスペシャル『東京ブラックホール2 破壊と創造の1964年』の制作に携わった著者が、時代の深層を掘り起こしていく。自民党の一党支配。新幹線や五輪道路の汚職。非正規労働者の搾取。そして地方という「犠牲のシステム」。2020年の“自画像”がそこにあります。
熊代 亨 『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』
イースト・プレス 1980円
著者は精神科医にしてブロガーで著述家。過去と現在の社会を比較しながら、「消えた生きづらさ」と「新たな生きづらさ」について語ったのが本書です。清潔で美しく、安全で快適な街。際限のない健康志向。自由選択になった人間関係。等しく求められるコミュニケーション能力。進歩したはずの私たちは、昭和の人々よりも幸福になれたのか。令和時代特有の社会病理が明らかになっていきます。
田原総一朗『戦後日本政治の総括』
岩波書店 2090円
どんな失政にも疑惑にも無責任でいられる。現在の政治と政治家の劣化にあきれる人は多いと思います。では、なぜこうなってしまったのか。本書は86歳のジャーナリストが総括する体験的戦後政治史です。直接取材してきた田中角栄、中曽根康弘、小泉純一郎など歴代首相たちの功罪。その後の自民党政権の凋落。そして安倍晋三という悪夢。通底するアメリカの対日戦略、特に日米地位協定問題に注目です。
今年は「帰省」の代わりに、
「家で読書」も悪くない!?
新型コロナウイルスの影響で、今年のお盆はいつものような「帰省」が難しそうです。ならば、帰省の代わりに、「家で読書」はどうでしょう。本は、いつでも待ってくれています。近刊の中から、オススメ本を選んでみました。
<小説>
堂場舜一『空の声』
文藝春秋 1870円
NHKにはスポーツ中継で名を遺したアナウンサーたちがいます。たとえば、ベルリン・オリンピックの女子200メートル平泳ぎ、「前畑がんばれ」の河西三省。そして昭和14年1月、69連勝中の双葉山に土がついた取り組みで、「双葉山敗れる!」を連呼した和田信賢を挙げなくてはなりません。本書はヘルシンキ・オリンピック中継の帰途、40歳で客死した和田の伝記小説。言葉による「説明」ではなく、「描写」に命を懸けた男の肖像です。
吉田篤弘『流星シネマ』
角川春樹事務所 1760円
崖下の町、鯨塚にあるタウン紙「流星新聞」の編集室。アメリカ人の経営者と日本人の僕が働く仕事場です。しかし、大きな出来事や事件が起きるわけではありません。中学時代に読書部の部長だったミユキさん。古びたピアノを弾きに来るバジ君。ちょっと風変わりな人々との静かな日常の中に、大切な友人だったアキヤマ君との思い出が封印されている。やがて、小さな記憶のかけらは深い意味を持ち始めます。
咲沢くれは『五年後に』
双葉社 1650円
新進作家の第一作品集で、表題作は第40回小説推理新人賞の受賞作です。主人公の華は中学教師。同僚の男性教師が女子生徒から告白された際、「五年後に言うてくれたら嬉しいのに」と答えたという。それは、やはり中学教師だった亡き夫が、21歳の華に投げた言葉だ。しかもその時の夫には別の女性がいました。収められた他の三作も含め、その推理小説らしからぬ作風に著者の個性が滲んでます。
今野 敏『任侠シネマ』
中央公論新社 1650円
代貸の日村をはじめ「阿岐本(あきもと)組」の心優しきヤクザが活躍する、任侠シリーズ。これまでも傾きかけた病院や学校、さらに銭湯などを救済・再建してきました。最新作の案件は映画館です。存続の危機にある「千住シネマ」を救おうとするファンの会。その活動を妨害する者たち。調べるうちに思わぬ黒幕の存在も見えてきます。映画と映画館への愛を足場にした、阿岐本組ならではの「頭を使う」喧嘩が始まる。
桜木紫乃『家族じまい』
集英社 1760円
いつまで、そしてどこまでが家族なのか。そんなことを考えさせる長編小説です。舞台は北海道。48歳の智代は美容室でパートをしながら還暦間近の夫、啓介と暮している。突然、妹の乃理から母親が認知症になったと知らせが入った。智代の中で父へのわだかまりが甦る。夫との関係に悩んでいた乃理が選んだのは、新たな家での二世帯同居だ。しかし両親を背負ったことで、心の崩壊が加速していきます。
<エッセイ>
村上春樹『村上T~僕の愛したTシャツたち』
マガジンハウス 1980円
夏は、ほとんどTシャツにショートパンツで過ごす、という著者。本書には「個人的に気に入っている古いTシャツ」の写真と短いエッセイが収められています。ハワイ・カウアイ島「スシ・ブルーズ」はサーフィン関係。濃いグリーンの「ワイルド・ターキー」は、著者が「かなり好き」だと言うウイスキー関係。他にビールやレコードなどを描いたTシャツが並び、いわば「村上春樹の好きなモノ図鑑」としても楽しめます。
<映画>
宇都宮直子『三國連太郎、彷徨う魂へ』
文藝春秋 1760円
俳優・三國連太郎が亡くなったのは、7年前の4月です。90歳でした。代表作『飢餓海峡』から『釣りバカ日誌』シリーズまで、世代によって思い浮かべる作品は異なるでしょう。しかし三國の魂は常に変わりません。「納得できる芝居をしたい」、それに尽きます。役者である自分自身を「何より、誰より、強烈に愛していた」三國。優れた聞き手を得たことで、虚も実も含む役者人生の深層が見えてきます。
松岡ひでたか『小津安二郎の俳句』
河出書房新社 2640円
著者は僧侶にして俳句研究家。小津の日記に残された句を鑑賞しつつ、監督そして私人としての軌跡をたどっていく。句の初登場は昭和8年。岡田嘉子主演『東京の女』などが公開された年です。「一人身の心安さよ年の暮」の句を、著者は「凡作の域を出ない」と手厳しい。一方、翌年の「藤咲くや屋根に石おく飛騨の宿」は、「この句はすぐれている」と高評価。小津の句作は、その晩年近くまで続けられました。
<音楽>
村井康司『ページをめくるとジャズが聞こえる』
シンコーミュージック・エンタテイメント 2200円
本が好きで、同時にジャズも好きな人には至福の一冊。著者は学生時代にビッグバンドを経験したジャズ評論家です。本書では、まず小説やエッセイに登場するジャズが語られる。冒頭が村上春樹『風の歌を聴け』だ。続いてフィッツジェラルド、ケルアック、佐藤泰志などの作品が並びます。さらに同業のジャズ評論家やジャズ・ミュージシャンの著作についても論評していく。曲の総数は、なんと462曲です。
片岡義男 『彼らを書く』
光文社 2200円
書名の「彼ら」とは、ザ・ビートルズ、ボブ・ディラン、エルヴィス・プレスリーの3組。著者は何枚ものDVDを眺めながら、彼らについて語っていきます。『エド・サリヴァン・ショー』にも溶け込むビートルズは、元々「中道的な雰囲気を持っていた」。またディランは歌にメッセージはないと言うのですが、観客は「受けとめている。ディランの歌の歌詞、つまり詩を」。そして、エルヴィスが演じた精彩を放つ役柄とは?
<美術>
コロナ・ブックス編集部:編『フジモトマサルの仕事』
平凡社 1980円
漫画家でイラストレーターだった、フジモトマサル。本書では、その画業と才能を一望することができます。絵の主なモチーフはん、熊や狐や猫などの動物だ。しかも彼らは二足歩行で散歩し、本を読み、ピアノを弾くなど極めて人間的な生活を送っている。明らかに異界だが、どこかリアルで、泣きたくなるような懐かしさがあります。2015年の秋に、46歳で亡くなったフジモト。作家たちの寄稿文に、その素顔を探す。
安井裕雄『図説 モネ「睡蓮」の世界』
創元社 3740円
印象派の巨匠モネが描き続けた「睡蓮」とその関連作、全308点を見ることができます。水面に呼応して振動する睡蓮の葉。水鏡に反映する青空と白い雲と赤い睡蓮。中でもオランジェリー美術館「睡蓮」の部屋に展示された作品群には圧倒されます。フランス近代美術を専門とする学芸員である著者は、モネがなぜ「睡蓮」に後半生を投じたのかを探っていく。鍵となるのは「水」。モネを魅了した自然の神秘とは?
<評伝>
オリヴィエ・ゲズ:編、神田順子ほか:訳『独裁者が変えた世界史』上・下
原書房 各2420円
研究者やジャーナリストが分担して描き出す、20世紀の独裁者たちの肖像です。政治警察をフル稼働させ、専制的な「同族集団」ロジックを展開したスターリン。ヒトラーの力の秘密は、国民の心が発するつぶやきに対して「無意識にアクセスするなみはずれた能力」だ。「もとをただせば、彼ら何者でもなかった。もしくは小者であった」と編者は言う。確かに、「小者の暴君」ほど怖いものはありません。
保阪正康『吉田茂~戦後日本の設計者』
朝日新聞出版 1980円
「昭和時代に歴史上語られるべき首相」として、著者は3人の名を挙げる。東條英機、吉田茂、田中角栄。彼らが昭和の重要な「時代相」を象徴的に示しているからです。戦後の難しい時期、この国の舵取りを担った吉田には「軍事主導の昭和前期の歴史を否定し、明治維新期を継承する」という信念があったと著者は言う。現在にも繋がる「功罪」を含め、独自の視点で異能の宰相に迫った本格評伝です。
『アンサング・シンデレラ』で気になる、
スポンサーとドラマの「密な関係」
石原さとみ主演『アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋』(フジテレビ系、木曜夜10時)は、注目すべきドラマです。
ただし、医療ドラマとしては珍しい、「薬剤師」を主人公とした作品だからではありません。番組の提供スポンサーと挿入されるCMが、ドラマの内容とあまりに近い。その「密な関係」に違和感を覚えるためです。
「薬剤師ドラマ」のスポンサー
この番組の主なスポンサーは9社。その中に「アイングループ」、「日本調剤」、「クオール薬局グループ」、そして「武田テバ」が入っています。つまりスポンサー企業の約半分を、大手調剤薬局と医薬品メーカーが占めているのです。
ちなみに、「アイン」、「日本調剤」、「クオール」の3社は、売上高で第1位から第3位の調剤薬局。つまり「業界トップ3」にあたります。
たとえば、日曜劇場『半沢直樹』(TBS系)のスポンサーは、「花王」、「サントリー」、「日本生命」、「SUBARU」の4社です。
半沢直樹(堺雅人)の父親・慎之介(笑福亭鶴瓶)は、小さな町工場を営んでいました。しかし突然、理不尽な理由で銀行に融資を打ち切られ、担保にしていた土地を差し押さえられてしまう。実行したのは若き日の大和田(香川照之)でした。結局、父親は無念の自殺を遂げます。
これがもしも、「三菱UFJ銀行」、「三井住友銀行」、「みずほ銀行」という銀行業界のトップ3がスポンサーに名を連ねていたら、どうでしょう。ドラマとはいえ、こうした銀行の暗部に触れるエピソードを描けたとは思えません。
さらに7年前の前作では、銀行マンである半沢直樹に「銀行はカネ貸し」とまで言わせていました。これもスゴイ。
大手銀行がスポンサーにならないドラマ、いや、スポンサーになれないドラマだからこそ、『半沢直樹』は傑作なのです。
また別の例を挙げるなら、篠原涼子さんが「スーパー派遣」を演じる『ハケンの品格』(日本テレビ系)のスポンサーに、「リクルート」や、「パーソル」や、「パソナ」などの人材派遣会社は入っていません。そうしないのは、いわば「テレビの常識」でもありました。
一方、『アンサング・シンデレラ』では、ヒロインの葵みどり(石原)をはじめ登場する薬剤師たちが、仕事上の大きな失敗や間違いをすることはないはずです。何しろ、薬剤師が財産ともいえる調剤会社の「トップ3」がスポンサーなのですから。薬剤師のイメージを低下させるような描写は禁物なわけです。
それどころか、ヒロインは、リアリティの範囲とはいえ、医師の領域に不自然なほど踏み込むかのような「活躍」で、患者を救っています。このドラマでは、ヒロインが言うように「薬剤師は患者さんを守る最後の砦(とりで)」だからです。
それは立派なのですが、「間違っているのは常に薬剤師以外」というドラマに、スポンサーはともかく、見る側はどこまで共感できるのか。
流れるCMの「内容」は・・・
今回、大口スポンサーである「クオール」は、60秒という長さで「ドラマ仕立て」のCMを流しています。しかも『アンサング・シンデレラ』の主要人物の一人である新人薬剤師の相原くるみ(西野七瀬)と、先輩薬剤師にあたる工藤虹子(金澤美穂)が、衣装も役名もそのままでCMに登場するのです。
ナレーションが「クオール薬局は地域の医療機関と密に連携して、患者様のことを一番に考えている薬局です」と自画自賛。それを受ける形で、相原が「お薬と患者さん、それをつなぐのが薬剤師」とつぶやく。すかさず工藤は「クオール薬局は患者さんをしっかり見守り、寄り添っているね」と応じます。
この後、薬局が町中(まちなか)や駅地下など、便利な場所にあることを伝えるナレーションが続き、工藤が「患者さんのために、地域と密着している薬局」とアピールのダメ押し。
そして相原は「(クオール薬局は)患者さんのために、身近で便利な薬局なんだ」と納得顔で決めのセリフを口にするのです。一応、画面の隅に「これはCMです」と小さな文字は出ますが、ドラマとの地続きによる「効果」を狙ったことは明らかです。
また「日本調剤」のCMでは、病気の子供を抱える母親が、薬局と薬剤師への感謝の気持ちを綴(つづ)った、という設定のメッセージカードが映し出され、読まれます。
「病院帰りに、笑顔で迎えてくれるあの人に、いつも支えてもらっている。この子のこともわかってくれていて、いつでも相談できる安心。そんな薬剤師がいることが、家族を支えてくれている」
ドラマの第2話で、薬を飲みたがらない子供の母親に向って、ヒロイン(石原)が語りかけていた、「なんでも相談して下さい。そのために薬剤師がいますから」というセリフと見事に重なっています。「日本調剤」も満足でしょう。
スポンサーとドラマの関係
昨年、テレビ広告費はインターネットに抜かれてしまいました。最近はスポンサーの確保に苦心する番組も少なくありません。
そんな中で、薬剤師のドラマが作りたいから、調剤会社を巻き込んだのか。それとも調剤会社をスポンサーにしたくて、薬剤師のドラマを企画したのか。「貧(ひん)すれば鈍(どん)する」でないことを祈ります。
いずれにせよ、今後も薬剤師のヒロインによる、医師の領域に不自然なほど踏み込むかのような「活躍」が続くはずで、現状ではこの「薬剤師ドラマ」全体が、まるで調剤会社の「60分CM」か「プロモーションビデオ」のように思えてきます。
もちろん、ドラマで描かれているのは「病院薬剤師」と「病院の薬剤部」であり、「薬局薬剤師」と「町中の薬局」ではありません。フジテレビも「放送基準には抵触していない」と言うでしょうし、実際そうかもしれません。とはいえ、ここまで露骨にスポンサーと「密な関係」のドラマは前代未聞です。
どこか「縁の下の力持ち」「陰の功労者(アンサングヒーロー)」的な存在だった薬剤師にスポットを当てた、新機軸の医療ドラマであること。また石原さとみさん、西野七瀬さん、田中圭さんなどの出演者たちが(やや空回り的ですが)奮闘していること。それらも認めた上で、今後の「スポンサーとドラマの関係」を考える一つのケーススタディとして、注視していきたいと思います。
国民的ドラマ『半沢直樹』
快進撃を支える3つの「見どころ」
7月後半、ついにスタートした日曜劇場『半沢直樹』(TBS系)。4月に始まるはずでしたが、新型コロナウイルスの影響で大幅にずれ込みました。しかも第1シーズンの放送が2013年ですから、なんと7年ぶりの続編です。
ただし今回の第2シーズン、設定としては7年前と「地続き」であり、13年という「空白」を前提に続編を始めた『ハケンの品格』(日本テレビ系)とは異なっています。いわば、見る側も半沢と一緒に7年前に戻る感じでしょうか。
前作の最後では、大きな成果をあげたはずの半沢直樹(堺雅人)が、「東京中央銀行」から子会社へと左遷されてしまいました。人事は非情なり。今回は、その「東京セントラル証券」が舞台です。
物語の発端、大手IT企業「電脳雑伎集団」が、ライバルである「東京スパイラル」の買収を企みます。最初に相談を持ちかけたのは、銀行ではなく半沢のいる証券会社でした。
ところが途中で、東京中央銀行の一派が、この案件を横取りしようと仕掛けてきます。買収のアドバイザー契約は巨大な利益をもたらし、同時に半沢をつぶすこともできるからです。新シリーズの「第1の見どころ」が、親会社である東京中央銀行との確執、いや壮絶なバトルでしょう。
反撃のために半沢が組んだのは、証券会社の生え抜き社員である森山雅弘(賀来賢人)でした。森山は、銀行からやって来る天下りや落ちこぼれを、「楽をして禄(ろく)を食(は)む」連中として敵視しています。
今回の原作である、池井戸潤さんの小説『ロスジェネの逆襲』と『銀翼のイカロス』では、森山が嫌っていたのは「ロスジェネ世代」と呼ばれる先輩たちでした。しかし、ドラマでは「親会社から来た連中」に的を絞ることで、対立構造をわかりやすくしています。
最初は、半沢のことも「元銀行」の一人に過ぎないと思っていた森山ですが、信頼するに足る上司であると分かってきます。半沢もまた森山の能力を評価し、一緒に戦うことにしたのです。
この森山や浜村瞳(今田美桜)といった若手社員の存在が「第2の見どころ」です。前作にも登場した渡真利忍(及川光博)のような同期の仲間だけでなく、世代や立場を超えた「共闘」がドラマの山場を作っていくのです。
中でも、森山を演じる賀来賢人さんは、一昨年秋のドラマ「今日から俺は!!」(日本テレビ系、現在「劇場版」を公開中)で演じた、「金髪のツッパリ高校生」とはまるで別人。役者としての振れ幅の大きさに驚かされます。
森山が、かつての友人で、スパイラルの社長となった瀬名洋介(尾上松也)と対峙する重要な場面でも、賀来さんは的確な演技を見せていました。
加えて、お馴染(なじ)みの大和田常務、じゃなくて大和田取締役(香川照之)はもちろん、証券営業部の伊佐山部長(市川猿之助)、三笠副頭取(古田新太)、そして金融庁の黒崎検査官(片岡愛之助)など、濃い味付けのキャラクターと異能俳優たちの一体感が、第1シーズン以上にすさまじい。これが「第3の見どころ」です。
また物語の中で明かされる企業買収の仕組み、特に銀行や証券会社の動きが分かりやすく絵解きされ、誰もが興味深く見ることができる。「組織対組織」「組織対個人」の暗闘を背景に、企業の中にいる人間の生態が巧みに描かれていきます。
そして何より、「正しいことを正しいと言えること」「世の中の常識と組織の常識を一致させること」を愚直に目指す、半沢直樹という男の姿が清々(すがすが)しい。それこそが、現在のような「コロナ閉塞(へいそく)社会」における、国民的ドラマ『半沢直樹』最大の魅力かもしれません。
テレビもすでに、
主役でなくなったことを認めればいいのだ。
主役のメディアでなくても役割はある。
いや、主役でないからこそ、
その役割の重要性が
クローズアップされるはずだ。
今野 敏『アンカー』
テレ東「女子グルメバーガー部」
食べっぷりが神々しくて既成概念が崩壊
深夜ドラマに「万人向け」は似合わない。その点、ドラマ25は「面白いと思える人が見ておくれ」の潔さが気持ちいい。
これまで、古くて汚い宿だけの「日本ボロ宿紀行」、サウナだけの「サ道」、地方食堂だけの「絶メシロード」など一点突破全面展開を続けてきた。そして今度はハンバーガーである。
「女子グルメバーガー部」には毎回、材料から調理法まで、それぞれのこだわりを持つ「実在の店」が実名で登場する。その店を12人の「架空の女子」が訪れる。女子大生(大原優乃)と妹(宮崎優)。妹がバイトしている会社の受付嬢(松本妃代)と幼なじみ(北村優衣)などだ。
池袋の「キャラメルベーコンチーズバーガー」、歌舞伎町の「てりやきフォアグラバーガー」、そして恵比寿の店名を冠した「ブラッカウズバーガー」。どれも実にうまそうだが、高層ビルのようなハンバーガーに挑む女子たちこそが見ものだ。誰の目も気にせず、思いっきり大口を開けて味わっている姿は、「かぶりつき芸」とでも呼びたくなる。いっそ神々しい。
ハンバーガーは焼いた肉を丸パンではさむだけの料理だが、このドラマを見ると既成概念が崩れる。大切にするのは素材の個性、全体のバランス、美しい仕上げ。そして作る人と食べる人の両方が幸せになること。なんとグルメバーガー作りはドラマ作りと同じなのだ。
(日刊ゲンダイ「テレビ 見るべきものは!!」2020.08.05)