朝ドラ『おちょやん』
美しい終幕と、「実録路線」の難しさ
朝ドラ『おちょやん』
美しい終幕と、「実録路線」の難しさ
松たか子「大豆田とわ子と三人の元夫」は
続きが見たくなる大人のドラマだ
今期、最も“クセになる”ドラマである。「大豆田とわ子と三人の元夫」(関西テレビ制作、フジテレビ系)のことだ。
大きな物語が展開されるわけではない。大豆田という珍しい名字を持つ、とわ子(松たか子)。彼女の元夫で、平凡な名字の田中(松田龍平)、佐藤(角田晃広)、中村(岡田将生)。この4人の「日常」と「微妙な関係」が淡々と描かれていく。
ただし、ぼんやりと見ているわけにはいかない。なぜなら、一つのセリフも聞き漏らすことができないからだ。というか、これほど「セリフ命」なドラマも珍しい。
たとえば、皮肉ばかり口にする中村に対して、佐藤が言う。「人から嫌われることが怖くなくなったら、怖い人になりますよ」。
また、とわ子が親友の綿来かごめ(市川実日子、好演)に、元夫との関係が「面倒くさい」と愚痴る。すると、かごめがこう答えた。「面倒くさいって気持ちは好きと嫌いの間にあって、どっちかっていうと好きに近い」と。ドラマ全体が、まるでアフォリズム(警句)を集めた一冊の本みたいだ。
脚本は坂元裕二。2017年の「カルテット」(TBS系)同様、舞台劇のような言葉の応酬はスリリングで、行間を読む面白さがある。
そして、セリフが持つニュアンスを絶妙な間と表情で伝える俳優陣も見事。万人ウケはしなくても、続きが見たくなる大人のドラマだ。
(日刊ゲンダイ「テレビ 見るべきものは!!」2021.05.12)
既成概念打破、大泉さんが発信
凸版印刷「TOPPA!!! TOPPAN立ち上がり」編
20年前、北海道の大学に単身赴任し、初めて「水曜どうでしょう」(北海道テレビ)を見た。そして大泉洋さんの面白さに圧倒された。
とはいえ、当時の芸風は大暴走の無手勝流。やがて「ノーサイド・ゲーム」で日曜劇場の主役となり、NHK「紅白歌合戦」の司会を務める国民的俳優になるとは思いもしなかった。
凸版印刷の新作CMもじわじわとおかしい。成田凌さんの前に現れた大泉さんが、「凸版のこと、印刷の会社だと思っていません?」と訊く。名前からして印刷会社だと答える成田さんを、大泉さんが諭す。「突破する会社ですよ!」
確かに現在の凸版印刷は、情報コミュニケーションからエレクトロニクスまでを扱う先端技術企業だ。印刷会社の既成概念を自ら壊してきた軌跡は、いくつもの壁を越えながら進化してきた大泉さんと通じるものがある。
突破する企業、突破する俳優。転がる石に苔はつかない。
(日経MJ「CM裏表」2021.05.10)
数々の傑作ドラマで昭和の日本人を活写した向田邦子。航空機事故で世を去って40年、元テレビマンの評論家が、脚本や随筆、小説から名言・名せりふをよりすぐった。男と女、家族、仕事、人生。人をはっとさせる鋭い洞察と、きれいごとだけでは生きていけない庶民への愛惜が、時代を超えて心に響く。【新潮文庫 605円】
(北海道新聞 2021.05.09)
ようやく授業開始?
『ドラゴン桜』への「違和感」と「期待感」
次の「朝ドラ」ヒロイン、
清原果耶の実力がわかる『透明なゆりかご』
新千歳空港 2021
やがては
思い知る時が来た。
書くとは、
分析する事でも
判断する事でもない、
言わば、
言葉という球を
正確に打とうと
バットを振る事だ、と。
小林秀雄
「スランプ」 (『人生について』)
週刊新潮に、以下の書評を寄稿しました。
イメージを覆す、小林秀雄と政治
中野剛志『小林秀雄の政治学』
文春新書 1045円
小林秀雄は政治を嫌った。だから政治について言及していない。そんなイメージを持つ人は多いのではないか。
中野剛志『小林秀雄の政治学』は、この既成概念を大きく覆す意欲作だ。小林は政治や社会について多くを語っているだけでなく、そうは見えない作品にも政治は深く刻まれていた。
たとえば、「モオツアルト」は小林の政治学として解釈できると言う。最も書きたかったのは「自由」の問題だからだ。ただし国家など集団が示す「リバティー」ではない。個人の精神の中の「フリーダム」だ。
それは自己を実現しようとする姿勢であり、モオツアルトはもちろん、ドストエフスキーも体現していた。戦後、国家はリバティーを保証したが、フリーダムについては疑わしい。小林には戦前からそれが見えていた。「モオツアルト」は自由論でもあったのだ。
また本書の中で重視されているのが、「Xへの手紙」だ。小林は政治が扱う集団の価値と個人の価値を対比させ、政治が「人間を軽蔑する物質的暴力」と化すことを指摘する。
発表されたのは昭和7年。昭和恐慌・世界恐慌を背景に血盟団事件も起きている。政治が市民の目を厳しい現実から逸らすのに利用したのが、社会を支配する平板な言葉である思想、つまり「イデオロギー」だった。
現在、社会は困難な状況にある。危機と格闘する個人の「自由(フリーダム)」を軸とした小林の政治学の中に、明日へのヒントが隠れているかもしれない。
(週刊新潮 2021.04.29 号)
「ギャラクシー賞」は、放送界における大きな賞のひとつです。
テレビ、ラジオ、CM、報道活動の4つの部門があり、さらに特別賞、個人賞などが設けられています。
4月30日、主催する放送批評懇談会が、第58回「ギャラクシー賞」の「入賞」作品と「奨励賞」作品を発表しました。
対象となっているのは2020年度、つまり20年4月~21年3月の1年間に放送されたものです。
放送批評懇談会では毎月の選考を行っており、何本かの「月間賞」を決めています。
この月間賞全体の中から「入賞」作品を選び、それ以外が「奨励賞」となります。
そして、「入賞」作品の中から、さらに選ばれたものが各部門の「大賞」というわけです。
大賞は、6月2日に行われる贈賞式で発表されます。
ギャラクシー賞では、テレビ番組もラジオ番組も、ジャンルで分けていません。
テレビ部門には、報道番組、ドキュメンタリー、バラエティ、ドラマなどが混在しています。
今回、テレビ部門の「奨励賞」は67本。そのうちドラマは13本です。
また「入賞」は14本で、ドラマは5本でした。
奨励賞13本に、入賞5本を加えた計18本が、ギャラクシー賞が選んだ「2020年度を代表するドラマ」ということになります。
まずは、「奨励賞」です。
・ドラマ&ドキュメント「不要不急の銀河」
(NHK)
・国際共同制作 特集ドラマ「太陽の子」
(NHK)
・光秀のスマホ
(NHK)
・土曜ドラマ「ノースライト」
(NHK)
・岸辺露伴は動かない
(NHK)
・宮城発地域ドラマ「ペペロンチーノ」
(NHK)
・よるドラ「ここは今から倫理です。」
(NHK)
・火曜ドラマ「私の家政夫ナギサさん」
(TBS)
・知らないのは主役だけ
(関西テレビ)
・ドラマスペシャル「スイッチ」
(テレビ朝日)
・土曜ナイトドラマ「妖怪シェアハウス」
(テレビ朝日)
・木ドラ25「30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい」
(テレビ東京)
・ドラマ25「直ちゃんは小学三年生」
(テレビ東京)
まず、ざっと見渡して、約半分を占めている、NHKの7本が際立ちます。
「太陽の子」のような大作から、「ペペロンチーノ」のような地域発のものまで多彩です。
次に深夜ドラマの健闘。タイムシフトを含め、ドラマの視聴スタイルも変わってきました。
かなり深い時間帯の放送であっても、面白ければ、何らかの方法で必ず見てもらえる時代です。
次が、「入賞」作品となった5本のドラマです。
・金曜ドラマ「MIU404」
(TBS)
・金曜ドラマ「俺の家の話」
(TBS)
・世界は3で出来ている
(フジテレビ)
・オトナの土ドラ「その女、ジルバ」
(東海テレビ)
・浜の朝日の嘘つきどもと
(福島中央テレビ)
TBS、それも金曜ドラマ枠の作品が2本あります。
「MIU404」は、それまでの刑事ドラマとは一線を画していました。
「俺の家の話」もまた、新機軸のホームドラマでした。
どちらも新たな創造に挑み、その成果をしっかり示してくれた作品だったと言えるでしょう。
現在、TBSが持つドラマ制作力の高さが見えるようです。
「世界は3で出来ている」は、林遣都さんが一卵性三つ子役、つまり一人三役を演じたソーシャルディスタンスドラマ。
実験的・野心的でありながら、完成度の高い作品でした。
また東海テレビ「その女、ジルバ」は、原作漫画の世界を超えて、ドラマならではの味わいに到達しています。
特に主演の池脇千鶴さんの演技は見ものでした。
そして、福島中央テレビが制作した「浜の朝日の嘘つきどもと」に登場するのは、売れない映画監督(竹原ピストル)。南相馬市の古い映画館「朝日座」のモギリ嬢(高畑充希)。
川島が、お金持ちの未亡人(吉行和子)から「映画を作って」と頼まれて……という物語でした。「朝日座」は実在の映画館です。
ちなみに、福島中央テレビは日本テレビの系列局ですが、「浜の朝日の嘘つきどもと」を関東で放送したのは、テレビ神奈川、千葉テレビ、TOKYO MXでした。
札幌テレビや福岡放送も放送しましたが、日本テレビは流していません。残念なことです。
お気づきかもしれませんが、奨励賞にも入賞にも、話題と視聴率では断トツだった、TBS「半沢直樹」がありません。
いや、それ以上に注目したいのは、日本テレビのドラマが1本もないことです。
たとえばですが、「ハケンの品格」も「35歳の少女」も見当たりません。
賞というものは、「選ぶ」理由だけでなく、「選ばない」ことにも理由があります。「評価しない理由」と言ってもいい。
このあたり、選ぶ側のドラマに対する「見方」や「考え方」を反映しているようで、「選ばれなかった作品」と「選ばれなかった理由」には、とても興味深いものがあります。
前述のように、「入賞」作品は、ドラマ以外のジャンルも合わせて14本あります。
「大賞」に選ばれるのは、その中の1本ですから、5本のドラマがどうなるか、それは分かりません。
コロナ禍に揺れ続けた2020年度の1年間。
見る側が普段のドラマ以上に、さまざまなものを受け取ったのが、この5作品だったのではないでしょうか。