横浜・そごう美術館
2024.08.16
芸術が本当に鏡に映し出すのは、
観る者であって人生ではない。
オスカー・ワイルド:著、河合祥一郎:訳
『新訳 ドリアン・グレイの肖像』
理不尽な運命を語り伝える
梯(かけはし) 久美子
『戦争ミュージアム~記憶の回路をつなぐ』
岩波新書 1012円
今年の8月15日は79回目の終戦記念日だ。人の一生に相当する長い年月が過ぎたことになる。
今や70歳代までの日本人すべてが戦争を知らないのだ。梯久美子『戦争ミュージアム~記憶の回路をつなぐ』を手にする意味もそこにある。
著者によれば、戦争ミュージアムとは「戦争を伝える、平和のための資料館や美術館」である。戦争体験者の話を聞くことが困難な時代に、戦争の〈記憶〉を伝える大切なメディアだ。
山口県の「周南市回天記念館」では、人間魚雷「回天」の実物大模型が目を引く。体当たりが前提の特攻兵器には脱出装置がない。乗り込む若者たちを兵器として扱う暴挙だった。
また、広島県竹島市の沖合にある「大久野島毒ガス資料館」。驚くほど粗末な防毒服や既視感のある容器で大量の猛毒を扱っていたため、戦後も多くの従事者が後遺症に苦しんだ。
さらに京都府の「舞鶴引揚記念館」には、シベリア抑留をめぐる資料が収蔵されている。中でも二百首の和歌が記された「白樺日誌」が異彩を放つ。
白樺の木の皮に、空き缶で作ったペン先と煤(すす)を水に溶かしたインクで、抑留の日常や心情を詠み残したものだ。理不尽な運命を生きた人の肉声がそこにある。
他に「稚内市樺太記念館」、「戦没画学生慰霊美術館 無言館」、「対馬丸記念館」など、全部で14の施設が紹介されている。
現物を含む貴重な資料は歴史の「証言者」であり、現在と過去をつなぐ「仲介者」だ。
(週刊新潮 2024.08.08号)
見る側を和ませる
中島健人のコメディセンス
「しょせん他人事(ひとごと)ですから
~とある弁護士の本音の仕事~」
弁護士が活躍するリーガルドラマは数えきれないほど作られてきた。
今期の「しょせん他人事ですから~とある弁護士の本音の仕事~」(テレビ東京系)は、主人公の保田理(中島健人)が「ネットトラブル」専門の弁護士であることが新鮮だ。
最初の依頼人は人気の主婦ブロガー(志田未来)。人妻風俗勤務という事実無根の噂を広められて炎上した。
また兄妹2人組のアーティスト(野村周平・平祐奈)は、身に覚えのない「中学時代のいじめ動画」が拡散されて炎上。物心両面で大きな被害を受けた。
このドラマの見所は、ネットトラブルへの具体的な対処法がわかることだ。書き込みやサイトを消す「削除請求」や、書き込んだ者を特定する「情報開示請求」などの流れが物語の形で示される。
さらに問題となる書き込みをした側の顛末も描かれる。主婦ブロガーを中傷していたのは同じマンションに住む主婦(足立梨花)だった。
そしてアーティストの偽情報を広めたのは広告会社の部長(小出伸也)だ。どちらも「ちょっとつぶやいただけ」という認識だが、リツイートであっても責任を負う場合がある。
自分が扱う案件を「他人事」と言い切る保田は変わり者に見える。
だが、一歩引いた全体の俯瞰と、第三者としての冷静な対応は見事で、弁護士として優秀だ。演じる中島のコメディセンスが見る側を和ませてくれる。
(日刊ゲンダイ「TV見るべきものは!!」2024.08.13)
8月11日(日)午前6時15分~
UHB北海道文化放送
『談談のりさん+(プラス)』に
出演します。
テーマは、
「ニッポンの衰退」
放送後、
下記の番組サイトで
「ノーカット完全版」を配信。
談談のりさん+(プラス) | 番組情報 | UHB 北海道文化放送
「海のはじまり」の物語感
この夏、最も気になるドラマだ。「海のはじまり」(フジテレビ系)である。この作品でしか体験できない物語感がそこにあるからだ。
主人公は印刷会社でく月岡夏(目黒蓮)。大学時代、付き合っていた南雲水季(古川琴音)から一方的に別れを告げられた。それから7年。現在の夏には恋人の百瀬弥生(有村架純)がいる。
ある日、水季が亡くなったという知らせが届く。葬儀で出会ったのが水季の娘・海(泉谷星奈)だ。しかも水季の母親・朱音(大竹しのぶ)から、父親は自分だと聞いて衝撃を受ける。水季が妊娠した時、彼女は中絶を決めており、突然の別れはその直後のことだった。
海と接触する機会が増えるにつれ、夏の中でその存在が大きくなっていく。父として一緒に暮らしたい気持ちも膨らんできた。しかし、自分にそれが許されるのか。さらに弥生との関係もある。彼女を巻き込むことに強いためらいがある。脚本の生方美久は、その構成力とセリフの力で、登場人物たちの揺れる心情を丁寧に描いていく。
俳優陣も大健闘だ。自分より相手の気持ちを優先してしまう夏を繊細に演じる目黒。その表情から目が離せない泉谷。難役の水季を存在感のある女性にしている古川。
抱える葛藤を、抑えた演技で見せる有村。そして、「男は妊娠や出産をしなくても父親にはなれる」といった言葉に納得感を持たせる大竹。彼らの高い表現力がこのドラマを支えている。
生方の連ドラデビュー作は2022年の「silent」(同)だった。8年前に別れた恋人たちが再会する。だが、青年は両耳の聞こえが悪くなる病気を抱えていた。互いの思いをどう伝え合うのか。ハンディキャップ・ドラマの既成概念を覆す展開に驚かされた。
昨年の「いちばんすきな花」(同)では、男女間に友情は成立するかというテーマに挑んだ。4人の男女が織りなす友情と恋愛の物語は、「自己」と「他者」との新たな関係性を考えさせた。
そして今回の「海のはじまり」は、恋愛ドラマや家族ドラマといったジャンルを超えた、「生きること」の意味を問うヒューマン・ドラマとなっている。深化した物語世界に引き続き注目だ。
(しんぶん赤旗「波動」 2024.08.08)
「週刊新潮」に寄稿した書評です。
つげ義春『つげ義春が語るマンガと貧乏』
筑摩書房 2530円
「紅い花」「ねじ式」「無能の人」などで知られる漫画家、つげ義春。現在86歳だが、1987年から長い休筆状態にある。自身と作品について語っている本書は貴重だ。集録された言葉は90年代のものが多い。「世の中のことと関係なく生きてきた」と言い、出家遁世や隠遁への願望を否定しない。また、こだわっているテーマとして「疑似現実」を挙げている。無理を承知で新作が読みたくなってくる。
川口葉子『新・東京の喫茶店~琥珀色の日々、それから』
実業之日本社 1980円
著者が挙げる「良い喫茶店に必要なもの」は4点。心やすまる空間、おいしいコーヒー、控えめな店主、そして粋なお客さまだ。読書と憩いなら銀座ウエスト本店、東大前の喫茶ルオーなど。神田・神保町の店として、さぼうる、ラドリオ、出版社の1階にあるサロンクリスティなどを紹介。ジャズ喫茶では新宿のDUG、四谷のいーぐるといった老舗が光る。ドアの向こう側に待つ琥珀色の楽園だ。
檀 太郎『檀流・島暮らし』
中央公論新社 1980円
著者は長年、東京で映像プロデューサーとして活動してきた。作家の父・檀一雄が晩年を過ごした福岡市・能古島の家を建て替え、終の棲家としたのは2009年だ。2つの畑を耕し、サツマ芋、タマネギ、キャベツなどを育てる日々。冬には邪魔な木を頂戴し、薪ストーブで過ごす。「ものをいただいたらその日のうちに御礼の言葉と、なにがしかの品をお返ししつつ近況を報告する」のが島暮らしの秘訣だ。
鳥羽耕史『安部公房~消しゴムで書く~』
ミネルヴァ書房 4180円
近代文学が専門の著者によれば、安部公房には「作品の軌跡のみが自己の軌跡」という信念があった。作品と生活の分離だ。しかし、作品を丹念に読み込むことで、消し切れない生活の実相も見えてくる。驚くのは自作の書き換え、読み換え、組み換えの多さだ。一編の小説がラジオドラマや戯曲へと変容を重ね、作品世界は深化していく。その都度、作家は何を消し、何を再構築しようとしたのか。
(週刊新潮 2024.08.08号)
事を知り
世を知れれば、
願わず、
わしらず。
ただしづかなるを望(のぞみ)とし、
うれへ無きを楽しみとす。
*わしらず=あくせくと奔走しない
鴨長明 『方丈記』
小芝風花の笑顔と圧倒的な熱量
「GO HOME~警視庁身元不明人相談室~」
毎年、東京都内で亡くなり、身元が分からないご遺体は約100体あるという。対応しているのが警視庁本部に設けられた「身元不明相談室」だ。
小芝風花主演「GO HOME~警視庁身元不明人相談室~」(日本テレビ系)のモデルとなった実在の部署である。
三田桜(小芝)は、この相談室所属の捜査官。10歳上の同期である月本真(大島優子)とコンビを組み、身元不明の遺体を家族など関係者の元へ帰す仕事をしている。
これまでに白骨の人体模型にされていた行方不明のバスケット選手や、アパートで変死していた身元不明の老人などと向き合ってきた。
先週、登場したのはバイク事故で亡くなった大学生だ。彼には集団強盗事件に関与していた疑いがあった。
だが、その理由を探っていくと、命がけで友人を救おうとしていたことが明らかになる。
当事者が身元不明人となった背後に何があったのか。そして帰るべき場所はどこなのか。それがこのドラマのキモだ。
いわゆる刑事ドラマのような殺人や追跡や犯人逮捕といった派手な見せ場はない。また、桜の「亡くなった人」への強すぎる思いも、おせっかいと紙一重かもしれない。
しかし、市井の人たちを深い悩みや葛藤から救うヒューマンドラマとして、見る側を揺さぶるものがある。物語をけん引しているのは、小芝の笑顔と圧倒的な熱量だ。
(日刊ゲンダイ「TV見るべきものは!!」2024.08.06)