katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

リピ-タ-さん教室・・・実は・・・・

2012-08-29 01:09:38 | モザイク教室
その前のパラリンピックの記事・・・実はこの大城選手の奥さんがリピ-タ-さん。
自転車のトラックレ-スで9月1.2日、日本時間で5時頃らしい。



この○の中に今、お腹にいる子供さんの手足を入れようとして作っている作品。
もうそれだけでも、心温まる作品で俺には作れない重みがある・・・・。

それがね、午後からのお教室にやって来た時に丁度、外の池で金魚を観ていたのね。
そこでご挨拶をした時に、えっ?ってついつい観ちゃったんだけれど、お腹が大きく

なってたのね・・・・本当にビックリする位・・・そりゃみんなのように子供を産んだり
携わる事がある環境なら珍しい事では無いだろうけれど・・・・。

この仕事の10数年でも、さくらと臨月さん位でしょ?しかもさくらに至っては気が付かず
・・・・だからこうして月に1回、日に日に変わる・・・そんな状況が不思議でならない

そもそも自分の妹すら観た事無いからね・・・・2人の妹で5人子供がいるのに・・・・

何だろうね・・・女の人って凄いね・・・ん・・・何て表現して良いのか判らないけど、
何だか凄い・・・子供が生まれた後の変化はさくらで観ているから、経験値はあるけど、

その過程よ・・・その・・・ん・・・・何か男なんて安っぽく感じる・・・・
女神なんて表現を言った人は凄いね・・・そう神で良いね・・・本当に・・・・。

そうなると、もう椅子1つでも気になって仕方が無い・・・・何しろさくらの時は、
全く気が付かなかった大失態がある・・・そんな事もあるから気になって気になって・・

この椅子じゃ危ないのかな?扇風機の風って?やっぱエアコン?そんな中、膝の上にあった
ハンカチが落ちて・・・すかさず取ろうとして、奥さんと頭がゴッチンって・・・・

何の為の気遣いなのか?むしろ大失敗になってしまった・・・・。
そんな中、かぐやと以前から相談してて・・・・もしOKが出たのなら、みんなに報告して

応援しよう・・・まずは知って貰う事。それが一番大事な事は俺達が一番良く判っている
何故なら毎日がこうした地味な活動の繰り返し。

まずはこうした事をしています・・・それが広まって応援に繋がって行く訳で・・・
その上に結果となる訳で。何しろ応援とは・・・知らなかったを作らない事。

パフォ-マ-、演者、選手・・・としては観て頂きたい・・・と思うし、結果は欲しいし
けれどそれには観たいと思うパフォ-マンスで魅了すべきなんだけれど、

何でも宣伝と言う事は必要で、メディアに露出する事は近道ではあるだろうけれど、
当然、取り上げられるエピソ-ドや飛び抜けた何か?が問われたりする。

その逆にある今時のネット・・・・何々をやって見た・・・なんてあれ。
それも1つの宣伝広告費無しでの宣伝活動。知って貰うと言う点では同じ。

けれどお金が掛かったような宣伝とは全く違うし・・・・けれどね、何もしないよりは
少しでも増えれば・・・クチコミって言うのは地味だけれど威力が無い訳では無いのね。

それがね、観られているって言うのと、観られていないとでは全く違うものでね、
常に観られる状況になると、プレ-に限らず見栄えとしても人を変える力を持っていて、

その緊張感に負けてしまう事もあるし、その緊張感を力に変えてしまう強い精神力で
自分の持っている力以上を出す事もある。

ただね、今本人は全く知らない事で・・・もっと言えば奥さんにみんな観てるよぉぉぉ
って、エ-ルを送っているようなもので・・・・何か不思議な気持ちでもある。

だって大城選手に会った事は無いけれど、奥さんとは何度も話した事があって、
その人が期待と不安を背負って身重の体でロンドンなんでしょ?・・・・

本当は奥さん頑張れ・・・が俺の立場なんだけれど・・・きっと大城選手を応援した
方がスマ-トだろうから・・・・ただ特に支援しているのでも無いし・・・・

何か出来るとしたら・・・と考えると、大城選手のプレ-を観た・・・と言う人を
増やす事くらいしか出来ないだろう・・・・これがかぐやと相談した結論。

何しろ何か少しでも役に立てれば・・・その程度にしかならないかも・・・けど・・・
そんな話です。

さてそんな中で、もう1人の人形作家さん。


口出ししづらい作品になっているでしょ?何しろこの作品を文字にすると神々しいとか
格式とか、何だろうね・・・教会とか、ステンドガラスとか、ゴスロリとか・・・

白黒とか、イメ-ジするものを挙げて見たんだけれど、伝わるかなぁ?・・・・
もうワ-ルドが完全にあって、その図面通りに作っているんだろうね・・・・・

ただその図面は下絵としてでは無くて、頭の中に・・・だから、教える方としては
何がそのイメ-ジと違うのか?よりそれに近いのか?なんだけれど、それを理解するのに

時間が掛かる。それをどうなの?と質問すれば手が止まるだろうし、そこで考えたのは
一方的に俺が感じたイメ-ジを小話のようにずっと永遠に語り続ける・・・・

単に聞くだけならこの2人なら進める事に大きな影響は与えない。
そこでえぇぇぇって言う声が聞こえたら、あぁここは違うのかな?とか、ここはどうやら

そうみたいだな・・・と判断基準の参考にする。そして微妙な判断の時には、相方の
1人に聞いて見る・・・どう思う?ってね。お互いに同じように・・・・。

まっこの説明ではイメ-ジが沸かないって人もいるだろうから、そのやり取りの一節は、
例えば、とある洋館みたいな場所のドアを開くと、黒ずくめの執事が立っていて・・・

その後にこの模様が見える訳・・・そこにチャ-ミングな青い目の子供がゴスロリ調な
黒と白のフレア-スカ-トみたいなヒラヒラしているカッコで何かお人形でも持って

立っているのね・・・・これをファンタジ-として広げるのなら、何か訳があって
この洋館にいる設定。例えば何らかの魔法に掛かってしまっていて、そのきっかけ待ち

・・・・キ-ワ-ドは持っている人形・・・それが何かを生み出すアイテムとなったりする
・・・とか、ホラ-タッチなら、その執事さんに今の後にいた女の子・・・って聞くと、

そんな人はいません・・・えっ?だって・・・今・・・・あれは一体誰だったんだろう?
そうそれは昔、ここの洋館で・・・・ってこんな話を永遠にいい加減飽きるまでする。

そんな中で、この先は後はバックです・・・と言うのね。んでどんな?って質問に、
宇宙のような・・・貰ったぁぁ・・・それ。そんな良いワ-ドは広げるには持って来い。

では宇宙ね。宇宙を指を指してみ・・・あっちって感じになるでしょ?けどあっちって
言うには、こっちってのが比較対照に無いと、あっちはよりあっちにはならない。

そこでこっちが欲しくなる。幸いこっちって言うのは、1cmタイルで作られている。
では1cmタイルの特徴を掘り下げる。んで特徴は?・・・・と2人に質問する。

色々なタイルやガラスタイルなんかも一緒に置いて、こいつらとの違いは・・・?と。
答えは1cmタイルは照りや艶。これが売り。勿論、テラコのように例外はあるが、

それは売りの逆って言うだけだから、特に逆も真なりと考えれば別段特異な例でも無い。
それはそうと、まとめると艶照りの1cmタイルがこっち・・・って表現と相反する、

何かがあっち・・・となれば可能性が広がるのだから・・・・○:○=○:○の数学的
考えで解けば・・・・何らかの答えは導かれる・・・・

しかも宇宙・・・掴み所が無く、果てしなくて、夜のようで、星がいっぱいあって・・・
となるのだけれど、昨日のみどりとは違って、必要アイテムと思われる星はいらない・・

と言う。つまり宇宙に星はいらないけれど、宇宙のような・・・・って何とも難しい話。
そこで、・・・のような・・・つまりかなり抽象的な話になるのだから、簡単にして

風味って話・・・つまり宇宙風味にすれば良いのね・・・ならば・・・さっき掘り下げた
話の壮大な所を掘り下げると・・・・どうやらガラスタイルなのかな・・・・?となる。

透き通る・・・艶照りで前に出る1cmタイルでは無く、透き通るような・・・後に下がって光を当てても当てなくてもいつも安定した色・・・1cmタイルとは反対にいる・・・

可能性としては理想に近いはず・・・こうしたやり取りの中で理想を見つける・・・
それが個人レッスン・・・つまり自分を語る練習をして、伝える、伝わる練習をして、

それを表現する為に道具や素材に慣れる・・・その繰り返しでオリジナルは生まれる・・
そうして更に、何々のように・・・と自分なりの比喩が人にも共感された時に、

オリジナルは完成となる。その比喩はまず身近な人が判るように・・・練習をする。
その意味を2つ持つ事が出来ると、古文のように伝えたい人と、そうで無い人には

違う意味にも取れるように、光と影のような作り方となる。それがいつも言うホラ-も
ファンタジ-も紙一重で2つの違った意味を最後の最後だけ変えるとはっきり1つだけと

なり、非常に判り易くなる。それが古文では、単なる観たままの歌にも聞こえるのだけれど、きちんとした季語、比喩、文字規制の中で本来伝えたい事は愛するものへの

メッセ-ジとなる。生意気を言わせて貰えば、恐らく日本人のわびさびなんてものの1つの
考え方にも繋がるものなのかも知れない。

結構です、失礼します、・・・どちらの意味でも取れるのだけれど、前後のシュチエ-ションで読み取る配慮が必要で、受け取る側にも愛情が無いと成立しずらい。

相手の気持ちへの配慮なんてものが無いと、自分の都合のみで受け取れば、全く逆の
意味となるのだから、日本国に日本人のみの場合にならそれも通用しそうだが、

今の時代ではイエス、ノ-ははっきり伝える事が今風なのであろう・・・。
ただそれでも日本人よりも日本人にも思えるラモスさんのような人もいらっしゃるから

例外はいつの世もあるだろうから、1つの考えとでもして置けば、考え方のバリエ-ション
とでもご判断されればそれはそれで・・・と言う事であって、それがオリジナルを作る

・・・・って生徒さんの場合、必須事項なのかも知れない・・・とでも書いて置こう。
こう言った考え方を使って表現すると、作品の格式はどんどんと上がるもので、

その考え方、比喩、例え、季語、・・・音楽なら音色、文字数、何々節のように
個性ってのは出すもので、出来ればそうした考え方の上に成り立つとしっかりとした

世界観って言う自分なりの形にたどり着くと思われるのね。いずれにせよ、2人共に
方や図面ありき、方やその都度、都度と足して行く作り方は違えど、

最後は自分の大切なもの・・・・へ向かっているので結局たどり着く場所は一緒で、
いかに思い入れを入れるか?なのね・・・・それが上手く行けばその格式は単なる似てる

単なる上手い、では無くて、観た人の心を揺さぶる事が出来て、もしかすると笑顔に
したり、悲しくなったり、切なくなったり、そして元気になったり、

もしプレゼントだったとしたら、大事な宝物になったりする事だろう・・・・
自分のものでも心に残る1品になる事は間違いない・・・まだ途中だけれど、

完成までたどり着いたのなら・・・・きっとそうなると思われる。
そしてもし成立した場合・・・もしかするとそれが芸術だったりする・・・のかな?

何しろ術使いにならないとね・・・・

さてそんな中、またちょっとだけ・・・・・




同じ作品で2つの意味を持つ・・・・どちらにも取れる・・・・これは難しいんだけどね
勿論、これにもガッチリ入れてある・・・・それはきっといつか伝わる時は来る・・・

けど、出来れば表面だけ伝われば今はそれで良い気もする・・・何故なら辛いとか
厳しい事って言うのは、事が悪くなった時にしか伝わらないのが常だから・・・。

老婆心なんてもんは、今すぐ必要な人は少なく、それを成立させるには信頼感が特に必要で、もっと言えばお坊さんの説法は人が亡くならないと聞かない、聞けないもので・・・

今の俺の話が必要なのは、自分の理想の作品にしたい生徒さんくらいだろうから・・・・
ね。ただいつかきっと出来れば、その内にお坊さんの説法じゃない伝え方って言う手法も

手に入れたいもんなのね・・・・。それが先生をやって行くアイテムの1つ・・・・
説得力にも繋がって行くんだろうから・・・・・。




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