ニクオンも終わって、昨日の夜みんなで荷物を片付けてくれたので、そのお陰でこの2日間で出来なかった事を確認して、かぐやがいる間にやれる事を・・と言う事で、昨日、仕上げた作品を忘れて帰ってしまった方への発送とか、新規の中学生の準備、DIYの副資材の注文、テントのオモリの返品やら
・・・これで半日終了。その足でかぐやを羽田へ。そうね、それがいつも送って行く道中で、オリンピック会場になる場所を通るんだけれど、日に日に出来上がっているのね・・・それを見ると、いつも思うのは、意味は違うんだけれど、徳を積むなんて言葉があったりして・・・。
大まかなら、良い行いを礼を受けずに天に貯金みたいな考え方みたいな話なんだけれど、大事なのはそれによってどうなるのか?って教えだったりするのね。そんな行為は人に見せる行為では無いし、話す事でも無さそうなのね。そもそもこんな話は葬儀の時のお坊さんのお説法で聞いた話なんだけれどね。
じゃこんな考え方が、頂点にあったとするでしょ?・・・ここまでは習った話だからさ・・・でもここからは、だったらさ・・・って話。だからインチキ臭い話なのね・・・それを受けての俺の考えだからね。じゃ、このオリンピック会場・・・・みんなこの暑い最中、せっせと作っているのね。
これを無償で作っているなら、徳を積む感じになるけれど、賃金が発生しているのだから、仕事って徳を積むにはならないのね。ただ、完成した建物は人の為になるものなのね・・・ほらぁ・・・天に貯金って最高なポイントは付かないかも知れないけれど、テストだって丸じゃない三角あるでしょ?
何か貯金してんじゃないのぉ・・・って考え方なのね。それがね、徳を積むって、人知れず・・・って行為だし、これです・・・って話じゃない、フワァァとしたもんだと思うのね。けれど、人それぞれ、何と無くこんな感じ?ってものがあったりして、それをはっきり説明するとボランティアみたいな・・
そんな言葉になったりするんだろうけれど、恐らくそれです・・・って言葉のもんじゃないと思うんだけれどね。おっと、話を戻して、オリンピック会場の話ね。それがどうしたって事なんだけれど、誰もが見たら大きさに圧倒するし、ビルならのっぽやら四角かったり、見慣れていても、見せる建物だから
見応えもあるし、メイキングだし、何も無かった所に・・・なのね。興味があろうが無かろうが、平地に恐竜が現れた感じになる。後は感受性の問題だけ・・・それをどう感じるか?ってね。まぁ、普通に生きていたら見逃すし、何の必要性も感じなくても良い事だったりするしね。
ただ、必要な人には必要なのかもね・・・って。それでね、徳は積んで無いんだけれど、何かを積んでいる感じがすんのね・・・人の為にもなるのだから・・・しかも、もしかしたら取り壊すかも知れないものを・・・これがね、大阪万博の太陽の塔なら壊されない。けれど、壊したものは沢山ある。
勿論、残って活躍する施設もあったりする。さっきの眼に見えない徳を積むのと、目に見えて、無償じゃなくて、人の為にもなって、徳は積んでいないんだけれど、何かを積んでいたとしたら?・・・これを賃金だけの為にやっていたとしても・・・ね。心持ち1つだったりすると思うのね。
例えば、目に見えるこの恐竜みたいな建物のように、見えるものは積んでいるのが判る。積んだものが大きいか?小さいか?誰の眼にも。けれど、徳は漠然としていて、積んだ事も積んでいる行為も、何が積む事なのか?判らないで、ボヤッとしたまま、説明つかずのまま漠然。
けれど、毎日、時は過ぎて行く・・・気が付く事も無く。それを気が付く事の無いまま過ごして行くのなら、大事な人を亡くした時に、お坊さんの説法を40分聞く事になるんだろうし、それすら聞く耳を持たずに悲しむのも良いだろうし、答えは無いのだけれど、そんな事が五感に触れてしまうと、
観るもの全てに感情ってものが沸くもので・・・・だから、歳を取ると今まで見えなかったものや、感じなかったものが、感受性ってものが揺らされて、思わぬ涙だったり、たわいも無いものが刺激的に見えたりするものだったりしてね・・・。恐らくこんな事からだと思うのね。
それで、もしそうなら、徳を積む的発想なら、例えば労作展だとしたら、何日積む?って話なのね。ほら簡単でしょ?要するにオリンピック会場は世界の人に見せるのね・・・そりゃ生半可って訳には行かないでしょ?じゃ、労作展は?何日積めば報われるのかな?・・・ただそれだけ。
提出しないって事は無いのだから、1日で完成なら1日積んだだけだし、10日なら10日積んだだけ。そして、何処からかオリンピック会場に見えたりするのね・・・誰の眼にも。ただそれだけ。そして、全てそう考えれば、自分の持ち時間を何に何時間積んだか?って話なのね。
それを何かを目指している人達は、寝る事以外の時間のほぼ全てに注いでいるだけの事。しかも、必ず報われるかどうか?答えの無いままにね。だから、一般的では無いだけなのね。そして、そっち側に行きたいのね、俺は。だから、報われる結果が何か?じゃなくて、残り時間を全部つぎ込みたい。
ただそれだけ。ってこう聞くと、ドン引きぃぃになるでしょ?けれど、単純に子供のいるお母さんって、お母さんの時間を何時間使うのかな?って考えれば、別にそんなにビックリする事でも無くて・・・要するに家族のいない俺は、それも全部つぎ込めるのね・・・。
ただ言い方を変えると、それしかやる事が無い・・・とも言える訳ね。だから心持ち。けれど、必死な時間は必死で忘れる。けれど、ひとたびやり切った後だったりすると、こんな時間帯は、ポッカリ・・・になりやすい。何とかロスってみたいにね。ここが隙を突かれる時間帯なのね。
目に見えない・・・けれど、1つやり切った。一緒にやったかぐやが帰る。これが夜なら、言い訳をして、今日はこのまま帰ろうかな・・・って言うのも言えるが、アトリエに戻って3時頃。流石にそれでは、単なるサボりにも思える。戻ってやらなきゃ・・・って気持ちと、何かなぁ・・・って気持ち
が複雑な感じになったりするのね。だから、やらなきゃ・・・って口にして・・・けれどね、そこで何かを考えなきゃいけない事なんて、手を出すと、答えが出たりすれば良いけれど、結局何も出ずなんて事になれば、何してたんだろう・・・って追い込まれる事になる。
そこで、失敗は絶対に無く、必ず結果が出て前に進める事をしたい訳で・・・。それがデイ・サービスの下地ね。戻ったらそれをしよう・・・って決めとかないと、何しようかな・・・になると、慌てて余計な事をしたりして、へこみたくないからね・・・。
これもまた小さく徳風味を積む話でね・・・きっと俺はモザイクを積んでいるんだろうね・・・モザイクに関わる事なら、何でも積むってね。こうしていれば、何ポイントか?積んだ事になるだろうから・・・。目に見えない事を積むのは、平常心みたいな、毎日の繰り返しみたいな普通の時にね。
こんな日にやる事じゃないと思うのね・・・そんなこんなで戻って下地を作って、ん・・・気分転換も無く、かぐやが自宅に着いて連絡があって・・・気分転換にいつもより早めに帰ろうかな?・・・・って言うと、そうすれば・・・って言われたんで、そこから1時間粘ってから早目の帰宅。
そんな切り替えしか思い浮かばなかったのね・・・。
・・・これで半日終了。その足でかぐやを羽田へ。そうね、それがいつも送って行く道中で、オリンピック会場になる場所を通るんだけれど、日に日に出来上がっているのね・・・それを見ると、いつも思うのは、意味は違うんだけれど、徳を積むなんて言葉があったりして・・・。
大まかなら、良い行いを礼を受けずに天に貯金みたいな考え方みたいな話なんだけれど、大事なのはそれによってどうなるのか?って教えだったりするのね。そんな行為は人に見せる行為では無いし、話す事でも無さそうなのね。そもそもこんな話は葬儀の時のお坊さんのお説法で聞いた話なんだけれどね。
じゃこんな考え方が、頂点にあったとするでしょ?・・・ここまでは習った話だからさ・・・でもここからは、だったらさ・・・って話。だからインチキ臭い話なのね・・・それを受けての俺の考えだからね。じゃ、このオリンピック会場・・・・みんなこの暑い最中、せっせと作っているのね。
これを無償で作っているなら、徳を積む感じになるけれど、賃金が発生しているのだから、仕事って徳を積むにはならないのね。ただ、完成した建物は人の為になるものなのね・・・ほらぁ・・・天に貯金って最高なポイントは付かないかも知れないけれど、テストだって丸じゃない三角あるでしょ?
何か貯金してんじゃないのぉ・・・って考え方なのね。それがね、徳を積むって、人知れず・・・って行為だし、これです・・・って話じゃない、フワァァとしたもんだと思うのね。けれど、人それぞれ、何と無くこんな感じ?ってものがあったりして、それをはっきり説明するとボランティアみたいな・・
そんな言葉になったりするんだろうけれど、恐らくそれです・・・って言葉のもんじゃないと思うんだけれどね。おっと、話を戻して、オリンピック会場の話ね。それがどうしたって事なんだけれど、誰もが見たら大きさに圧倒するし、ビルならのっぽやら四角かったり、見慣れていても、見せる建物だから
見応えもあるし、メイキングだし、何も無かった所に・・・なのね。興味があろうが無かろうが、平地に恐竜が現れた感じになる。後は感受性の問題だけ・・・それをどう感じるか?ってね。まぁ、普通に生きていたら見逃すし、何の必要性も感じなくても良い事だったりするしね。
ただ、必要な人には必要なのかもね・・・って。それでね、徳は積んで無いんだけれど、何かを積んでいる感じがすんのね・・・人の為にもなるのだから・・・しかも、もしかしたら取り壊すかも知れないものを・・・これがね、大阪万博の太陽の塔なら壊されない。けれど、壊したものは沢山ある。
勿論、残って活躍する施設もあったりする。さっきの眼に見えない徳を積むのと、目に見えて、無償じゃなくて、人の為にもなって、徳は積んでいないんだけれど、何かを積んでいたとしたら?・・・これを賃金だけの為にやっていたとしても・・・ね。心持ち1つだったりすると思うのね。
例えば、目に見えるこの恐竜みたいな建物のように、見えるものは積んでいるのが判る。積んだものが大きいか?小さいか?誰の眼にも。けれど、徳は漠然としていて、積んだ事も積んでいる行為も、何が積む事なのか?判らないで、ボヤッとしたまま、説明つかずのまま漠然。
けれど、毎日、時は過ぎて行く・・・気が付く事も無く。それを気が付く事の無いまま過ごして行くのなら、大事な人を亡くした時に、お坊さんの説法を40分聞く事になるんだろうし、それすら聞く耳を持たずに悲しむのも良いだろうし、答えは無いのだけれど、そんな事が五感に触れてしまうと、
観るもの全てに感情ってものが沸くもので・・・・だから、歳を取ると今まで見えなかったものや、感じなかったものが、感受性ってものが揺らされて、思わぬ涙だったり、たわいも無いものが刺激的に見えたりするものだったりしてね・・・。恐らくこんな事からだと思うのね。
それで、もしそうなら、徳を積む的発想なら、例えば労作展だとしたら、何日積む?って話なのね。ほら簡単でしょ?要するにオリンピック会場は世界の人に見せるのね・・・そりゃ生半可って訳には行かないでしょ?じゃ、労作展は?何日積めば報われるのかな?・・・ただそれだけ。
提出しないって事は無いのだから、1日で完成なら1日積んだだけだし、10日なら10日積んだだけ。そして、何処からかオリンピック会場に見えたりするのね・・・誰の眼にも。ただそれだけ。そして、全てそう考えれば、自分の持ち時間を何に何時間積んだか?って話なのね。
それを何かを目指している人達は、寝る事以外の時間のほぼ全てに注いでいるだけの事。しかも、必ず報われるかどうか?答えの無いままにね。だから、一般的では無いだけなのね。そして、そっち側に行きたいのね、俺は。だから、報われる結果が何か?じゃなくて、残り時間を全部つぎ込みたい。
ただそれだけ。ってこう聞くと、ドン引きぃぃになるでしょ?けれど、単純に子供のいるお母さんって、お母さんの時間を何時間使うのかな?って考えれば、別にそんなにビックリする事でも無くて・・・要するに家族のいない俺は、それも全部つぎ込めるのね・・・。
ただ言い方を変えると、それしかやる事が無い・・・とも言える訳ね。だから心持ち。けれど、必死な時間は必死で忘れる。けれど、ひとたびやり切った後だったりすると、こんな時間帯は、ポッカリ・・・になりやすい。何とかロスってみたいにね。ここが隙を突かれる時間帯なのね。
目に見えない・・・けれど、1つやり切った。一緒にやったかぐやが帰る。これが夜なら、言い訳をして、今日はこのまま帰ろうかな・・・って言うのも言えるが、アトリエに戻って3時頃。流石にそれでは、単なるサボりにも思える。戻ってやらなきゃ・・・って気持ちと、何かなぁ・・・って気持ち
が複雑な感じになったりするのね。だから、やらなきゃ・・・って口にして・・・けれどね、そこで何かを考えなきゃいけない事なんて、手を出すと、答えが出たりすれば良いけれど、結局何も出ずなんて事になれば、何してたんだろう・・・って追い込まれる事になる。
そこで、失敗は絶対に無く、必ず結果が出て前に進める事をしたい訳で・・・。それがデイ・サービスの下地ね。戻ったらそれをしよう・・・って決めとかないと、何しようかな・・・になると、慌てて余計な事をしたりして、へこみたくないからね・・・。
これもまた小さく徳風味を積む話でね・・・きっと俺はモザイクを積んでいるんだろうね・・・モザイクに関わる事なら、何でも積むってね。こうしていれば、何ポイントか?積んだ事になるだろうから・・・。目に見えない事を積むのは、平常心みたいな、毎日の繰り返しみたいな普通の時にね。
こんな日にやる事じゃないと思うのね・・・そんなこんなで戻って下地を作って、ん・・・気分転換も無く、かぐやが自宅に着いて連絡があって・・・気分転換にいつもより早めに帰ろうかな?・・・・って言うと、そうすれば・・・って言われたんで、そこから1時間粘ってから早目の帰宅。
そんな切り替えしか思い浮かばなかったのね・・・。