人と人とがつながっていくことの大切さをプラスの部分とマイナス部分の中で感じることが多いこの頃です。
まずは、プラスの部分から。今日、このブログを書いているときに、こんなことがありました。
仕事を辞めて、就職先を探している教えたAくんがいました。先週、相談にのりました。ところが今日、Aくんの同級生のBくんから、電話がかかってきました。
「先生、ぼくの会社に入れたから。」
ずっと気にかけてくれていたようです。
電話を切った後で、すぐにAくんに電話をしました。
「新しいところで頑張るから。」
声もとても張り切っていました。高校からは、進路がちがっています。でも時が経っても人を大切にしていくBくんにすごさを感じました。
「いつかは、今度は、Bくんが人を助けるようになるといいね。」
と話しました。うれしいニュースでした。
担当している技術の授業で、できた人が未完成の人の作品を助け合って、今、本立ての製作をしています。もうちょっとで全員完成です。ふだんは、金槌やのこなどを使う機会がないだけに生徒も悪戦苦闘しています。
でもできあがって生徒と握手したときの笑顔は何ともいえません。こちらも笑顔がでます。作業をする中で、ふだんの生活とは違った友だちの良さも発見できているようです。
とはいってもつながりの中で、マイナス部分もあります。
子どもたちの中で、全国的な傾向として、自分の思うようにならなかったら、『無視』をする、メールなどで攻撃をする・・・数年前の時代とはまた違ってきています。規範意識の欠如も見られます。成人式の時に、沖縄の若者たちがクローズアップされます。報道にあおられている部分もあるかもしれませんが、成人式という節目の時に、あのような形で人や社会とつながっていこうとする姿は、本当に寂しく感じます。行動を修正しにくくなっている構造がどこかに潜んでいます。もっともっと具体的に言いたいことはありますが、またいつかの文章で。
子どもたちの良さをのばすためには、今の社会の課題を解決していくためには、これから、自分の家も含めて家庭の役割というものが一層大切になっています。
その原因は、なんだろう?
モバイルをはじめとする情報手段の変化、核家族化、家庭の変化、地域の崩壊、急速な教育改革の中での学校側の問題・・・etc・・・いろんな要因が絡み合っているんだろうと思います。
社会全体が体温を感じさせられるものであること、人と人とがつながりあえる心遣いができること・・・それが生きていく原動力になるのではないかと思います。
まずは、プラスの部分から。今日、このブログを書いているときに、こんなことがありました。
仕事を辞めて、就職先を探している教えたAくんがいました。先週、相談にのりました。ところが今日、Aくんの同級生のBくんから、電話がかかってきました。
「先生、ぼくの会社に入れたから。」
ずっと気にかけてくれていたようです。
電話を切った後で、すぐにAくんに電話をしました。
「新しいところで頑張るから。」
声もとても張り切っていました。高校からは、進路がちがっています。でも時が経っても人を大切にしていくBくんにすごさを感じました。
「いつかは、今度は、Bくんが人を助けるようになるといいね。」
と話しました。うれしいニュースでした。
担当している技術の授業で、できた人が未完成の人の作品を助け合って、今、本立ての製作をしています。もうちょっとで全員完成です。ふだんは、金槌やのこなどを使う機会がないだけに生徒も悪戦苦闘しています。
でもできあがって生徒と握手したときの笑顔は何ともいえません。こちらも笑顔がでます。作業をする中で、ふだんの生活とは違った友だちの良さも発見できているようです。
とはいってもつながりの中で、マイナス部分もあります。
子どもたちの中で、全国的な傾向として、自分の思うようにならなかったら、『無視』をする、メールなどで攻撃をする・・・数年前の時代とはまた違ってきています。規範意識の欠如も見られます。成人式の時に、沖縄の若者たちがクローズアップされます。報道にあおられている部分もあるかもしれませんが、成人式という節目の時に、あのような形で人や社会とつながっていこうとする姿は、本当に寂しく感じます。行動を修正しにくくなっている構造がどこかに潜んでいます。もっともっと具体的に言いたいことはありますが、またいつかの文章で。
子どもたちの良さをのばすためには、今の社会の課題を解決していくためには、これから、自分の家も含めて家庭の役割というものが一層大切になっています。
その原因は、なんだろう?
モバイルをはじめとする情報手段の変化、核家族化、家庭の変化、地域の崩壊、急速な教育改革の中での学校側の問題・・・etc・・・いろんな要因が絡み合っているんだろうと思います。
社会全体が体温を感じさせられるものであること、人と人とがつながりあえる心遣いができること・・・それが生きていく原動力になるのではないかと思います。