経営コンサルタントへの道

コンサルタントのためのコンサルタントが、半世紀にわたる経験に基づき、経営やコンサルティングに関し毎日複数のブログを発信

■【きょうの人】 1117 二宮 尊徳 歩きスマホの元祖 ■ 西有 穆山 曹洞宗の僧侶、総持寺貫首

2023-11-17 06:33:00 | 【話材】 きょうの人11月

 

  【きょうの人】 1117 二宮 尊徳 歩きスマホの元祖 ■ 西有 穆山 曹洞宗の僧侶、総持寺貫首

 

 独善的な判断で、気になる人を選んでご紹介しています。

 そこに歴史や思想、人物、生き方などを感じ取って、日々の生活やビジネスに活かしてくださると幸いです。

 

■  二宮 尊徳 歩きスマホの元祖

 にのみや たかのり (そんとく)
 天明7年7月23日(1787年9月4日)-安政3年10月20日(1856年11月17日)

 江戸時代後期の経世家、農政家、思想家です。自筆文書では、金治郎(きんじろう)と署名している例が多いのですが、一般には「金次郎」と表記されることが多いです。

 諱の「尊徳」は正確には「たかのり」と読みますが、「そんとく」という読みで定着しています。

 経世済民を目指して報徳思想を唱え、報徳仕法と呼ばれる農村復興政策を指導しました。

  四字熟語 経世済民
  http://www.glomaconj.com/joho/keieijoho.htm#17


相模国足柄上郡栢山村(現在の小田原市)に、百姓二宮利右衛門の長男として生まれました。

 尊徳は、まず生まれた堀之内村の中島弥三右衛門の娘・きの(キノ)を妻としますが、離縁、20歳も若い、貞淑温良ななみ(波子)と結婚しました。

 文化5年(1808年)、母の実家川久保家が貧窮するとこれを資金援助し、翌年には二宮総本家伊右衛門跡の再興を宣言し、基金を立ち上げるなど、成果を出しています。

 小田原藩で1,200石取の家老をしている服部十郎兵衛が、金治郎に服部家の家政の建て直しを依頼し、千両もの負債を償却し、頭角を現しました。

 文政4年(1821年)には、小田原藩主大久保家の分家であります宇津家の旗本知行所が荒廃していて、再興救済を藩主より命じられました。農民の抵抗で苦労しましたが、再建しました。

 晩年近く、天保4年(1833年)には、天保の大飢饉が関東を襲いましたが、金次郎の力を充分に発揮しました。


 二宮金次郎といえば、戦前には、どの学校にも銅像が建っていると言えるほど、一般的でした。背中に芝を背負い、本を読む姿は、子供達へのお手本でした。今日では、歩きスマホが非難を浴びていますが、当時は、むしろ誉められる行為だったのですね。

 

 西有 穆山 曹洞宗の僧侶、総持寺独住三世貫首

 にしあり ぼくざん
 俗名:笹本万吉
 文政4年10月23日(1821年11月17日)-明治43年(1910年)12月4日


 陸奥国(青森県)八戸出身の日本の曹洞宗の僧侶で、横浜市總持寺独住3世貫首でもあります。法名は瑾英(きんえい)、直心浄国禅師で、俗名は、笹本万吉です。

 天保3年(1832年)に地元の長竜寺で出家し、金栄と名乗っていました。天保10年(1839年)に、仙台に移転し、天保12年(1841年)に江戸に出て、吉祥寺旃檀林学寮に入りました。浅草本然寺の泰禅の後を継ぎ、牛込鳳林寺住職となり、小田原海蔵寺月潭全竜の下で修行しました。

 瑾英に改名し、1861年、諸嶽奕堂会下の龍海院で修行中に大悟を得て、奕堂より印可を受けました。

 宗参寺・鳳仙寺を経て、大教院に呼ばれて中講義・大講義、總持寺出張所監院、本山貫首代理になりました。法光寺・中央寺・可睡斎・伝心寺を経ています。

 明治33年(1900年)に、信者の寄付により、横浜に西有寺を創建、翌明治34年(1901年)に總持寺貫首に選ばれます。翌明治35年(1902年)に、曹洞宗管長となりました。明治38年(1905年)に横浜で引退し、明治43年(1910年)12月4日に遷化しました。

 著書に『直心浄国禅師語録』4冊、『正法眼蔵啓迪(けいてき)』3冊などがあります。

 

◆ 【きょうの人】 バックナンバー

 歴史上で活躍したり、仏教など宗教関係の人であったり、ジャンルはいろいろですが、彼等から、学ぶところが多々ありますので、それをご紹介します。

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◆ 【今日は何の日】は、毎日発信しています。

 一年365日、毎日が何かの日です。 季節を表す日もあります。 地方地方の伝統的な行事やお祭りなどもあります。 誰かの誕生日かも知れません。 歴史上の出来事もあります。

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/b980872ee9528cb93272bed4dbeb5281

◆ 【経営コンサルタントのひとり言】

 経営コンサルタントのプロや準備中の人だけではなく、経営者・管理職などにも読んでいただける二兎を追うコンテンツで毎日つぶやいています。 

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/a0db9e97e26ce845dec545bcc5fabd4e

【 注 】

 【きょうの人】は、【Wikipedia】・当該関連サイトを参照・引用して作成しています。


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◆【経営コンサルタントの独り言】 イロの世界を究めるには? b16

2023-11-16 17:03:00 | 【話材】 経営コンサルタントの独り言11

 

  【経営コンサルタントの独り言】 イロの世界を究めるには? b16

 

 

平素は、ご愛読をありがとうございます。

経営コンサルタントのプロや準備中の人だけではなく、経営者・管理職などにも読んでいただける二兎を追うブログで、毎日複数回つぶやいています。

 

■ イロの世界を究めるには? b16

 江戸っ子は、「し」と「ひ」の発音の区別ができず、「飛行機」を発音しようとしますと「シこうき」になってしまいます。

 それとは、少々異なりますが、私の知っている新潟の人ですが、「い」と「え」が逆になってしまうようです。

 例えば「石」は、「エし」とエに近い発音に聞こえます。

「絵師」は、「イし」とイに近いエとなってしまうようです。

 従って「色」は「エロ」に近くなってしまいます。

 11月16日は、「いい(11)いろ(16)」の語呂合せから、「いいいろ塗装の日」として制定されています。

 塗料というのは、ご存知のように、溶剤による分類には、油性と水溶性があります。

 用途別の分類の中には「防錆」塗料があります。

 金属がさびないような性質を持ったもので、これを塗ったり、メッキをしたりすることにより、腐食から金属を保護します。

 数年前に、高速道路のトンネルの天井版が、固定しているボルトがさびて落ちてしまうという大事故がありました。

 もし、ボルトがキチンとした防錆処理をしてあれば、この事故は防げたでしょう。

 あるベンチャー企業が、防錆性の高い塗料やメッキの材料を開発しました。

 それを自動車メーカーや橋梁メーカーに売り込みに行きましたが相手にされません。

 前者は、会社の決まりで、後者や入札要件で決まっているので、新たな材料を使うわけにはいかないと言うのです。

 とるにたりないような小さなベンチャー企業を、はなから相手にせず、貸す耳を持たないのです。

 大企業病、お役所仕事という、日本の経済にマイナス効果を与えていることを軽視している判断が厳然としているのは、寂しい次第です。

ドアノブ)

 

◆ ツイッターでのつぶやき 

konsarutanto

 

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■■杉浦日向子の江戸塾 - 江戸情緒に学ぶ 大酒飲み大会 22

2023-11-16 12:03:00 | 杉浦日向子の江戸塾

■■杉浦日向子の江戸塾 - 江戸情緒に学ぶ 大酒飲み大会 22

つながるピスケ

 江戸のエコや風俗習慣などから、現代人は、エコという観点に絞っても学ぶところが多いと思っています。杉浦日向子の江戸塾から学ぶところは多く、話のネタとなります。エッセイ風というと大げさになりますが、独断と偏見で紹介してみたいと思います。

 私がはじめて杉浦日向子女史を知ったのは、「お江戸でござる」というNHKの番組でした。お酒が好きで、飾らない人柄、江戸時代に生きていたかのような話しぶり、そこから江戸のことを知ると、われわれ現代人に反省の機会が増えるような気がします。

 毎月第一水曜日号でお届けします。また、「杉浦日向子の江戸塾」というカテゴリーを作りましたので、一層ブログのバックナンバーが見やすくなりました。

■ 大酒飲み大会 22

 

 江戸時代に「武蔵野」という大きな杯がありました。ススキを前景にした満月が描かれていました。この杯は一升以上もの酒が入るのです。満月にススキという図柄から「野見尽くせぬ」・・・・・「飲み尽くせぬ」というしゃれが込められているのです。

 相撲取りが優勝したときに飲む大杯を連想して、その大きさをイメージしてください。

 この大杯を使って、八升五合もの酒を飲んだという記録があります。ただし、真偽の程はわかりません。

 日本酒だけではなく、焼酎もあり、実は「アラキ」今日では「アラック」と呼ばれているウォツカもありました。ロシアから北前船が運んできたのです。

 北前船が運んだ昆布ですが、これはロシアでは海に生える雑草ですので、日本漁船が昆布を採るとそのお礼のようにしてウォツカが提供されてようです。当時は鎖国政策が採られていたので、ビジネスとしての代金は取れませんが、ウォツカが対価の一種であったといえます。すなわち、鎖国下での貿易が行われていたのです。

 この酒のみ大会には、武士も町人も、誰もが参加できます。スポンサーが付いた催しものなので参加費などとみみっちいことは言わず、飲み放題です。当然スポンサーはその話題作りのためにお金を出すのですから、結果が発表されるときにはスポンサーの屋号が入ります。

 ちなみに「北前船」は当ブログでも紹介したことがありますが、江戸時代の中期以降、明治時代初期にかけて日本海を廻ってのビジネスです。船主は、船を持った移動販売船といったところで、商品の仕入や船の運航など、全てのリスクを負っていました。すなわち、運輸業ではないということになるのです。

 商品は主に北海道や北東北から調達し、途中寄港しながら、下関を回って「大坂」(今日の「大阪」)まで運んで売りさばきました。

 帰りは、空船で変えるのではなく塩や酒など関西地方の物資を運んでビジネスをしたのです。

 

■ 杉浦日向子の江戸塾】バックナンバー

 (特)日本経営士協会は、経営に関する相談・診断・指導・調査・企画・教育訓練および管理について、経営者をコンサルティングし支援する経営士及びそれを目指す経営士補を育成、認定している我国で最も古く権威のある協会です。   日本経営士協会とは

 
  日本経営士協会は、経営に関する相談・診断・指導・調査・企画・教育訓練および管理について、経営者をコンサルティングし支援する者ないしはそれを目指す者を育成している我国で最も古く権威のある協会です。

 実力ともに経営コンサルタントとしてふさわしい人をコンサルタントとして認定し、コンサルタントとしての資格である「経営士」の称号を授与しています。  

 当協会が認定する経営士は、日本経営士協会の設立以来、産業社会における様々な分野で活躍され、多大な社会貢献を果たして来ました。

 そしてこの「経営士」の称号は、この功績によって社会より職業としての地位が認めれ、資格として高く評価されています。

 

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【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記 11月15日 3-06 現場百遍、ウラを取れ やり方を間違えていませんか?

2023-11-16 08:03:00 | 【小説風老いぼれコンサルタントの日記】

 

  【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記 11月15日 3-06 現場百遍、ウラを取れ やり方を間違えていませんか?

 

 平素は、私どものブログをご愛読くださりありがとうございます。

 この度、下記のように新カテゴリー「【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記」を連載しています。

 日記ですので、原則的には毎日更新、毎日複数本発信すべきなのでしょうが、表題のように「老いぼれ」ですので、気が向いたときに書くことをご容赦ください。

 紀貫之の『土佐日記』の冒頭を模して、「をとこもすなる日記といふものを をきなもしてみんとてするなり」と、日々、日暮パソコンにむかひて、つれづれにおもふところを記るさん。

【 注 】

 日記の発信は、1日遅れ、すなわち内容は前日のことです。

■【小説風 傘寿の日記】

 私自身の前日の出来事を小説日記風に記述しています。

 

 東京の府中市に出かけることがあり、仕事の後で府中の森公園に行ってきました。

 ここには、日本庭園があります。

 落差は大きくはないのですが、滝が3本落ち込んでいて、水音の奏でる雰囲気を味わってきました。

 

 コンサルタントを目指す人達の集まりで、【あたりまえ経営のすすめ】について、お話をしています。

 本日は、下記のようなテーマでお話しました。

 

◆ 06 現場百遍、ウラを取れ やり方を間違えていませんか?

 

 ある人から、「社内に嘘つきがいる」ので、どの様に対処したら良いのかという相談を受けました。

 私は、平素から「人間は失敗をしないと成長しません。失敗しながら成長しよう」ということを言っています。その対応法として「答を言わずに、考えさせ、失敗させ、そこから学ばせる」という支援法を採ってきました。

 

 その相談者は、自分は、嘘が嫌いで、全うに生きていくことを信条として、これまで生きてきたと自認するほど、間違えたことが許せない人です。

 ここでも答を言わずに、まず、下記のようにあおり運転の話から「ゆがんだ正義感」もあるということをお伝えしました。

 あおり運転をする人というのは、ある種の正義感を持って行っていることが多いようです。
 「なぜ、あのような下手な運転をするのか」、「そんなこともわからないのか・・・」
 そのような思いから「それをわからせてやろう」という気持ちとなり、基本がわからない運転者に、それをわからせるためにあおり運転をするのだという人が多いそうです。


 その上で、次のようなことをお話しました。

 私は、ウソにもいろいろあると思います。
 今回のケースの場合に限定しますと、下記のような三種に分類わけして考えてみたいと思います。

 ①真のウソなのか、②悪意なくして言っているのか、③ウソを聞いた側の誤解に基づいてウソのように聞こえるなか、いろいろなケースがあると思います。

 ①は、多くの場合に③であることが多いと思います。
 見る角度によっては、ウソではなく、それなりの合理性を持っていて、これは③に分類されるべきものです。

 ②は、本人に悪意がないだけに、本人が改める機会が少なく、信頼できる人が、気づきを与えるなどが必要になると思います。

 多くの場合は、③のケースが多いように思えます。
 嘘をつかれたと思っている人が、その大半のケースにおいて、思い込みの物差しで測って、その結果、誤解や誤認をし、その上で、「それはウソである」と判定していることが多いように思えます。

 私は、自分の会社のことを、時々「私を育ててくれたこの会社」という表現を使います。
 私自身が、この会社に所属したために、多くのことを経験できたり、学んだりすることができました。
 その感謝の気持ちを、このように表現しています。

 この言葉を部下や、私の講演などを聴講するビジネスパーソンの皆さんに伝えるのは、多くの人が私と同様に「この会社に出会えて良かった」と思って、その会社への愛社精神や先輩・同僚やその他の関係者に感謝の念をもてるようであって欲しいという思いがあるからです。

 ところが、「私を育ててくれたこの会社」を短縮して「私の会社」と聞き違える人が意外と多いということに気がつきました。
「私の会社」というのでは、たとえその会社の創業者であっても、その会社を私物化しているかのように解釈されてしまいます。

 聞き手の傾聴力に問題があるといえますが、むしろ、このような誤解はつきもので、それが伝聞となりますと、さらに違った形に変形したり、歪曲されたりして広がって行くのだと考えるべきです。
 そして、できる限り誤解されないように表現する努力をするようにしています。

 それでも上述のように誤解され、「悪事千里を走る」状態は続いてしまうのです。

 お互いの信頼関係ができていれば、「あの人が、会社を私物化するなんてあり得ない」と相手を評価してくれるでしょう。
 ところが、信頼関係が不十分ですと、その様な修正作用が働かず、「私物化している」と誤解されてしまいかねません。


 一方で、聞く側としては、漫然と聞くのではなく、傾聴をすることがポイントです。

 私は、「ウラを取れ」「現場百遍」と刑事ドラマに出て来るようなことをしばしば口にしますし、自分でも、その様に努力をしています。

 ところが、意外と、自分の仮説や考え、以前に入手した知識や情報の正当性に固執し、自分が入手して情報・データに対する自分の解釈を正当化し、それを裏付ける情報ばかりを集めがちなのです。いわゆる「正当化バイアス」が働いてしまい、それでウラを取ったつもりになってしまいがちです。

 「伝聞、私見、事実」を切り分けなさいという話をしばしば聞くと思います。管理職が、部下から報告を受けるときに気をつける事項でもあります。

 上述のウラを取るときに、複数の伝聞に耳を傾けたので、ウラを取ったつもりになってしまっていることが大半です。

 正しくない情報、不正確な情報をいくら集めても、それは「事実の裏付け」とはいえません。

 信頼できる情報源からの報告なのか、そうだとしますと、その情報源はどこかを明確にすることが必要です。単なる「伝聞」であっても、情報源が明確なのかどうかによって、情報・データの信憑性に差異が出てきます。

 「私見」なのか、伝聞なのか、事実なのかが不明瞭な報告もあります。自分の考えを入手した情報であるかのように語る部下もいます。一方で、自分の考えを持つことも必要ですので、「私見」は、「これは私の考えですが・・・」というような前置きをすることを習慣づけることが大切です。


 入手した情報・データの信頼性の問題ですが、たとえば「信頼できるあの先生が言っているのだから間違いない」という理由から、それが「事実」だと誤認してしまうようなことが多いと思いませんか。

 その先生がいうことに正当性があったとします。しかし、それを聞いた人が上述のように誤認・誤解してしまい、先生が言った内容が変形したり、意図的に歪曲されてしまったりすることもあるでしょう。

 情報やデータは、二次や三次情報・データは参考にはなっても最終的な、とりわけ重大な判断材料にしてはいけないと考えています。

 一次情報・データですら真実ではないことが多いですが、やはり、ウラを取るときには一次情報・データを中心に収集し、それらを総合的にみて、最終的には、それを鵜呑みにするのではなく、自分で判断すべきと考えます。

 その時に、自分の都合の良いように解釈してはならないのです。


 えらそうなことを長々と書いてきましたが、これは自戒のつもりでいます。おはずかしいことに、この年になっても、まだ、誤解されるようなことを、自分では気づかずに、多々行っているだろうと反省しています。

 世の中、生きていくのは大変ですね。<笑い>

 

 

■【今日は何の日】

  当ブログは、既述の通り首題月日の日記で、1日遅れで発信されています。

  この欄には、発信日の【今日は何の日】と【きょうの人】などをご紹介します。

 

■【経営コンサルタントの独り言】

 その日の出来事や自分がしたことをもとに、随筆風に記述してゆきます。経営コンサルティング経験からの見解は、上から目線的に見えるかも知れませんが、反面教師として読んでくださると幸いです。

 

■ 京都の街並みと着物姿 B15

 

 11月15日は、七五三です。

 子供の頃、七五三で学校を休める子供がうらやましく思ったことを思い出しました。

 授業がつまらなく思えた訳ではないのですが、なぜかそのように思えたのです。

 関西の方はご存知ですが、京都嵐山の渡月橋から嵐山の西方、山腹に五重塔が見えます。

 法輪寺というお寺さんです。

 嵐山や嵯峨野に行かれた方が多い割には、その塔を見るものの訪れたことがあるひとは意外と少ないのです。

 ここは、七五三でも知られているお寺さんです。

 七五三といいますと、私などは神社にお詣りするものと思っていましたので、少々奇異に感ずるところがありますが、風習ですので、受け入れることにしています。

 土地により風俗習慣は異なりますが、日本古来からの伝統的な衣装である和服は、戦後は次第に着る機会は少なくなってしまいました。

 ところが、最近の京都では、着物姿の人をしばしば見かけます。

 着物を着て、お店などで買い物しますと割引をしてもらえたり、入場・拝観料でも特典があったりするそうです。

 貸衣装屋さんも繁盛ですね。

 西洋人が、着物姿の人と一緒に写真撮影をする光景を見ることもあります。

 ところが、その女性が、韓国や中国などからの観光客であることが多いのです。

 着物姿でありながら、マナーがなっていなくて、西洋人から見たら、日本人は何とマナーが悪いのだろうかと誤解するのではないかと心配になります。

 毎年京都を訪れますが、この一~二年、日本人の着物姿を見る機会が急速に多くなってきました。

 マナーの悪のは、海外からの人だけではなく、着物姿の日本人も同様のようになったしまっているような気がします。

 

 

■【老いぼれコンサルタントのブログ】

 ブログで、このようなことをつぶやきました。タイトルだけのご案内です。詳細はリンク先にありますので、ご笑覧くださると嬉しいです。

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■バックナンバー
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■【きょうの人】 1116 藤堂高次 高虎の息子 家光や家綱までの時代の武将

2023-11-16 06:33:00 | 【話材】 きょうの人11月

 

  【きょうの人】 1116 藤堂高次 高虎の息子 家光や家綱までの時代の武将

 

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■ 藤堂高次 高虎の息子 家光や家綱までの時代の武将


 とうどうたかつぐ
 慶長6年閏11月11日(1602年1月4日)-延宝4年11月16日(1676年12月20日)


 藤堂高虎を父に持ち、幼名「大助」で、徳川家光や家綱までの時代の武将です。

 父、高虎には、なかなか実子ができなかったため、丹羽長秀の子を養嗣子・高吉として迎えていました。

 幸い、高虎が46歳のとき、ようやく実子である高次が生まれ、寛永7年(1630年)、高虎が病死すると、高次がその跡を継ぎました。

 寛永9年(1632年)の江戸城二の丸、寛永16年(1639年)の江戸城本丸消失後の復興、慶安5年(1652年)の日光の大猷院霊廟(だいゆういん、徳川家光の霊廟)などの数多くの石垣普請を行いました。

 ところが津藩はこれらの石垣普請の負担により財政が極度に悪化し、高次は年貢増収による財政再建を図って新田開発を積極的に奨励するなどの改革に努めました。

 しかしなおも江戸幕府の普請費用を積極的に負担したため、財政はさらに悪化の一途をたどっていきました。

 寛文9年(1669年)、隠居して家督を長男の高久に譲り、延宝4年11月16日(1676年12月20日)に死去しました。

 

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◆【経営コンサルタントの独り言】  京都の街並みと着物姿 B15

2023-11-15 17:03:00 | 【話材】 経営コンサルタントの独り言11

 

  【経営コンサルタントの独り言】  京都の街並みと着物姿 B15

 

 

平素は、ご愛読をありがとうございます。

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■ 京都の街並みと着物姿 B15

 

 11月15日は、七五三です。

 子供の頃、七五三で学校を休める子供がうらやましく思ったことを思い出しました。

 授業がつまらなく思えた訳ではないのですが、なぜかそのように思えたのです。

 関西の方はご存知ですが、京都嵐山の渡月橋から嵐山の西方、山腹に五重塔が見えます。

 法輪寺というお寺さんです。

 嵐山や嵯峨野に行かれた方が多い割には、その塔を見るものの訪れたことがあるひとは意外と少ないのです。

 ここは、七五三でも知られているお寺さんです。

 七五三といいますと、私などは神社にお詣りするものと思っていましたので、少々奇異に感ずるところがありますが、風習ですので、受け入れることにしています。

 土地により風俗習慣は異なりますが、日本古来からの伝統的な衣装である和服は、戦後は次第に着る機会は少なくなってしまいました。

 ところが、最近の京都では、着物姿の人をしばしば見かけます。

 着物を着て、お店などで買い物しますと割引をしてもらえたり、入場・拝観料でも特典があったりするそうです。

 貸衣装屋さんも繁盛ですね。

 西洋人が、着物姿の人と一緒に写真撮影をする光景を見ることもあります。

 ところが、その女性が、韓国や中国などからの観光客であることが多いのです。

 着物姿でありながら、マナーがなっていなくて、西洋人から見たら、日本人は何とマナーが悪いのだろうかと誤解するのではないかと心配になります。

 毎年京都を訪れますが、この一~二年、日本人の着物姿を見る機会が急速に多くなってきました。

 マナーの悪のは、海外からの人だけではなく、着物姿の日本人も同様のようになったしまっているような気がします。

 

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【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記 11月14日 北海道大学2 豊かな水の北大構内

2023-11-15 08:03:00 | 【小説風老いぼれコンサルタントの日記】

 

  【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記 11月14日 北海道大学2 豊かな水の北大構内

 

 平素は、私どものブログをご愛読くださりありがとうございます。

 この度、下記のように新カテゴリー「【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記」を連載しています。

 日記ですので、原則的には毎日更新、毎日複数本発信すべきなのでしょうが、表題のように「老いぼれ」ですので、気が向いたときに書くことをご容赦ください。

 紀貫之の『土佐日記』の冒頭を模して、「をとこもすなる日記といふものを をきなもしてみんとてするなり」と、日々、日暮パソコンにむかひて、つれづれにおもふところを記るさん。

【 注 】

 日記の発信は、1日遅れ、すなわち内容は前日のことです。

■【小説風 傘寿の日記】

  私自身の前日の出来事を小説日記風に記述しています。

 先般も早朝ウォーキング途中で立ち寄る小さな公園の話を書きましたが、喫煙のためにここに来る人がいます。

 同じ場所で、ほぼ、同じような時間に来ます。

 時間をずらすようにして、公園で体操を始めますが、たまたま今朝は、その人がいつもより早く目が覚めたのか、体操途中にきました。

 私とは距離を離して座ってくださるので、配慮はしてくれているようです。

 それでも、体操しているところに臭いが漂ってきましたので、公園の隅に移動しました。

 しかし、風向きが悪いのか、臭いがそちらまで襲ってきたので、断念して公園をさりました。

 少なくても、公園内に人がいる時くらいは遠慮してほしいと願っています。

 

 ちょっと空き時間ができましたので、写真集を開いてみました。庭園めぐりの旅を始めてからはまだ日が浅いですが、それ以前に撮りためた名所旧跡・寺社仏閣の写真は、全国各地の漫遊結果です。

 

「インスタ映え」という言葉が市井を走っていますが、何も飾らない、ひとり旅の旅先で感じて、見て、カシャリとした写真を、動画としてお届けしています

 季節外れで申しわけありません。

映像で見る カシャリ!ひとり旅】 北海道大学2 豊かな水の北大構内 HKUN-0117-9C30

 

「インスタ映え」という言葉が市井を走っていますが、何も飾らない、ひとり旅の旅先で感じて、見て、カシャリとした写真を、動画としてお届けしています。

 庭園のような中央ローン、そこを流れるサクシュコトニ川、クラーク像などの見どころ

    https://youtu.be/Ps2UyzMF7RQ

 


北海道 札幌市 北海道大学
 

 北海道大学は、札幌駅から徒歩7分ほどのところにあります。  前身である札幌農学校時代の明治の建物が、帝国大学・国立大学時代も含め、今も学生たちの学び舎として利用されています。  市民にも広く開放されているこの大学は、まるで公園のような雰囲気もあり、ゆっくり散策してまわっても6キロメートルほどです。半日かけてゆったりと回りたいものです。  私は、学食での昼食を挟んで、3時間以上にわたって散策しましたが、北半分は回り切れていません。



写真 北海道大学2

■【今日は何の日】

 当ブログは、既述の通り首題月日の日記で、1日遅れで発信されています。

 この欄には、発信日の【今日は何の日】と【きょうの人】などをご紹介します。 



■【経営コンサルタントの独り言】

 その日の出来事や自分がしたことをもとに、随筆風に記述してゆきます。経営コンサルティング経験からの見解は、上から目線的に見えるかも知れませんが、反面教師として読んでくださると幸いです。

■ 日本でもハロウィーンが定着 a31

 街にはハロウィーン・グッズが店頭に並んだり、ディスプレイに飾られたりしています。

  日本ではあまり知られていなかったこの行事も、若い人達の間からクリスマス同様に宗教とは関係なく広がってきました。

  商業ベースに載せられている面もありますが、季節の変化をこの種の行事で感じ取ることができます。

 東京渋谷では、近年、ハロウィーンにたくさんの人が集まるようになり、DJポリスによる交通規制もすっかりおなじみになりました。

 度が過ぎて、迷惑になっていると言うことも聞いています。

  羽目を外して、他の人の迷惑にならないように心したいですね。

■【老いぼれコンサルタントのブログ】

 ブログで、このようなことをつぶやきました。タイトルだけのご案内です。詳細はリンク先にありますので、ご笑覧くださると嬉しいです。

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■【きょうの人】 1115 ■ 坂本龍馬 生没同日 幕末の志士 ■ ヨハネス・ケプラー ケプラーの第1法則の提唱やケプラー式望遠鏡の設計

2023-11-15 06:33:00 | 【話材】 きょうの人11月

■【きょうの人】 1115 ■ 坂本龍馬 生没同日 幕末の志士 ■ ヨハネス・ケプラー ケプラーの第1法則の提唱やケプラー式望遠鏡の設計

 独善的な判断で、気になる人を選んでご紹介しています。

 そこに歴史や思想、人物、生き方などを感じ取って、日々の生活やビジネスに活かしてくださると幸いです。

 

■ ヨハネス・ケプラー ケプラーの第1法則の提唱やケプラー式望遠鏡の設計


 Johannes Kepler
 1571年12月27日 - 1630年11月15日


 ドイツの天文学者で、天体の運行法則に関する「ケプラーの法則」を唱えたことでよく知られています。

 理論的に天体の運動を解明したという点において、天体物理学者の先駆的存在だといえます。また数学者、自然哲学者、占星術師という顔も持っていたそうです。

 ケプラーは、1571年12月27日、神聖ローマ帝国で居酒屋を営んでいたハインリヒ・ケプラーとカタリーナ・ケプラーの間に生まれました。母のカタリーナは宿屋の娘 Katharina Guldenmannとして生まれ、ヒーラーとして薬草を用いて治療を行っていた人だったそうです。

 ケプラー家の経済状況は貧しくなりつつあり、父のハインリヒは収入を得るため傭兵となり、ヨハネスが5歳の時に家族と離ればなれになり、17才の折に死別しました。

 ヨハネスは、4歳の時に天然痘にかかり視力を低下させ、手もいくぶん不自由でした。

 6歳の時1577年の大彗星を目撃し、天文学に関心を持ったようです。

 ケプラー以前の天文学では、「完全なる神は完全なる運動を造られる」と考えられていたことから「惑星は中心の星の周囲を完全な円軌道で運行する」と考えられていました。

 一方で、惑星は逆行運動をすることが知られていました。

 ケプラーは、周転円の考えを導入することでそれを解決し、最終的にはクラウディオス・プトレマイオスによる地球中心説(天動説)を説明したのです。

 しかし、コペルニクスにより地動説が唱えられ、ケプラーの影はかすれてしまいました。

 ところが、ティコ・ブラーエによる、火星観測の正確なデータをもとに、地球の軌道は完全な円にかなり近いのですが、火星の軌道は楕円でることを照明するケプラーの第一法則の発見へ繋げました。

 ケプラーは、ケプラー式望遠鏡を設計しました。しかし、自分で政策をすることは中田壮です。

 

■ 坂本龍馬 生没同日 幕末の志士


 さかもと りょうま
 天保6年11月15日〈新暦・1836年1月3日〉- 慶応3年11月15日〈新暦・1867年12月10日〉


  江戸時代末期の志士、土佐藩郷士で、諱は、直陰(なおかげ)、のちに直柔(なおなり)、通称は龍馬(竜馬)として知られています。

  土佐藩郷士の家に生まれ、脱藩したあとは志士として活動し、貿易会社と政治組織を兼ねた亀山社中(のちの海援隊)を結成しました。

  薩長同盟の成立に協力するなど、倒幕および明治維新に関与しました。

  大政奉還成立の1か月後に近江屋事件で中岡慎太郎、山田藤吉らとともに暗殺されました。暗殺者は諸説ありますが、京都見廻組という説が有力です。

  母親代わりに育ててくれた姉の乙女をとにかく好きで、手紙も多数残されています。

 小説や映像化等が多数あり、改めて紹介する必要がないほどです。


【Wikipedia】坂本龍馬(さかもとりょうま)

 天保6年11月15日(1836年1月3日)- 慶応3年11月15日(1867年12月10日))は、日本の近世末期に活動した武士。土佐藩出身。

 土佐郷士に生まれ、脱藩した後は志士として活動し、貿易会社と政治組織を兼ねた亀山社中(後の海援隊)を結成した。薩長同盟の斡旋、大政奉還の成立に尽力するなど倒幕および明治維新に影響を与えた。大政奉還成立の1ヶ月後に近江屋事件で暗殺された。贈正四位(1891年(明治24年)4月8日)。
 龍馬は、多くの人の間で人気ですが、その生き方については様々なお考えもあるようです。 

 

◆ 【きょうの人】 バックナンバー

 歴史上で活躍したり、仏教など宗教関係の人であったり、ジャンルはいろいろですが、彼等から、学ぶところが多々ありますので、それをご紹介します。

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【 注 】

 【きょうの人】は、【Wikipedia】・当該関連サイトを参照・引用して作成しています。


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◆【経営コンサルタントの独り言】 日本女性活躍の場が不充分 b14

2023-11-14 17:03:00 | 【話材】 経営コンサルタントの独り言11

 

  【経営コンサルタントの独り言】 日本女性活躍の場が不充分 b14

 

 

平素は、ご愛読をありがとうございます。

経営コンサルタントのプロや準備中の人だけではなく、経営者・管理職などにも読んでいただける二兎を追うブログで、毎日複数回つぶやいています。

 

■ ウーマンリブは死語となりつつある b14

 11月14日は、「ウーマン・リブの日」です.

  1970(昭和45)年11月14日に、東京・渋谷で日本初のウーマン・リブの大会が開催され、日本のおける女性解放運動の契機となりました。

  ウーマン・リブ(Women's Liberation)とは、1960年代後半にアメリカで起こり、その後世界的に広がった女性解放運動のことをいいます。

  しかし、今日では、女性の社会進出が日本でもあたり前になっています。

 一方で、まだまだ女性管理職の比率が先進国の中で日本は最下位にあります。

 まだまだ女性の能力が十二分に活用されていないのですね。

  「男社会」という表現がありますように、私達男性には気がつかない部分で、女性が不満に思っているのでしょう。

  幸い、近年は、女性もはっきりとモノを言う人が多くなってきました。

 1970年代前半、アメリカに住んでいたときに、なぜ、アメリカの女性は、あのような物の言い方をするのかと思ったことがあります。

 私の中に、「女性はかくあるべき」という古い観念があったのでしょうし、まだ残っているかも知れません。

 心しなければなりませんね。

 ドアノブ)

 

◆ ツイッターでのつぶやき 

konsarutanto

 

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【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記 11月13日 16 相手の名前を呼ぶだけで人間関

2023-11-14 08:03:00 | 【小説風老いぼれコンサルタントの日記】

 

  【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記 11月13日 16 相手の名前を呼ぶだけで人間関係が深まる A830 

 

 平素は、私どものブログをご愛読くださりありがとうございます。

 私の後進として会社を託した竹根好助の経営コンサルタント起業経験や、その会社の日常業務、自分の思いなどを「【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記」として連載しています。

 日記ですので、原則的には毎日更新、毎日複数本発信すべきなのでしょうが、表題のように「老いぼれ」ですので、気が向いたときに書くことをご容赦ください。

 紀貫之の『土佐日記』の冒頭を模して、「をとこもすなる日記といふものを をきなもしてみんとてするなり」と、日々、日暮パソコンにむかひて、つれづれにおもふところを記るさん。

【 注 】

 日記の発信は、1日遅れ、すなわち内容は前日のことです。

■【小説風 傘寿の日記】

 私自身の前日の出来事を小説日記風に記述しています。

 

 早朝ウォーキングの途中、体操をする公園があります。

 その公園のザクロが、1週間前に赤く熟れ始めていました。

 ところが、今朝、それが見当たりません。

 木の根元に、大きなザクロが落ちていました。

 まだ、充分熟れていないので、野鳥も食べないのでしょう。

 なんとも言えない無常観にとらわれました。

 

 

1週間前に撮影         今朝撮影

 

 経営者・管理職の集まりに時々招かれますが、このような話をしました。

 

■ 16 相手の名前を呼ぶだけで人間関係が深まる A830

 

 高校時代のクラスでは、毎年、何らかの形で同窓会を開催しています。

 あるとき、久しぶりに参加した、高校時代のマドンナから、私は声をかけられました。マドンナから声をかけられれば、だれでも舞い上がるでしょう。

 ところが、周囲の男性にちやほやされて舞い上がっていたマドンナのことが、高校時代の私は、あまり彼女のことが好きではありませんでした。その彼女が、私に「君付け」で、声をかけてきたのです。

 これでも、一人前の社会人として、経営コンサルタントの協会のトップとして社会貢献をしてきている人間です。その人間に対して、君付けはないだろうと思いました。

 それは、私の狭量な部分の表れなのかもしれませんが、マドンナとして崇められてきた女性の驕りのように私には感じられました。

 人の呼び方というのは、難しいですね。


 その体験から、「民主的な企業ではさん付けをする」という時代ですが、組織的な動きができていない中小企業では、「役職名で相手を呼ぶ」という、あまり民主的ではないと感じられるようなことをクライアントで励行させました。(関連記事を書いていますので、そちらをご参照くださると幸いです)

 ある会社で、成績のよい営業パーソンがいました。

 私は、経営コンサルタントとして、営業パーソンの訪問先に同行することがしばしばありました。その営業パーソンが、どのような営業方法をしているのかを知るという目的もありますが、経営コンサルタントとして、現場を直接見て、市場を肌で感じたいという考えからです。

 その営業パーソンは、受付の女性に対して、「○○さん、こんにちは」とまず、声をかけることから始めています。その受付の女性に個人的興味があり、その女性だけへの声かけかとはじめ思いました。

 ところが、他の会社においても、また、受付だけではなくお茶を持ってきてくれる女性に対しても、廊下ですれ違う人に対しても同様です。

 商談中も、相手を「○○社長」「△△部長」というように、役職名だけではなく、名前を挟んで、会話をするのです。

 当然、顧客内でも、その営業パーソンの評判は概してよいです。

 顔と名前を一致させ、役職名で相手に敬意を表すということが、営業成績に繋がっているのです。

 心理学的にいいますと、相手から認められたいという欲求というマズローの欲求五段階説にある「承認欲求を満たす効果」というのだそうです。

 確かに、自分を覚えていてくれるというだけでうれしいものです。

 蛇足ながら、その営業パーソンは、相手の特徴を覚えていて、家族お琴までを話題にしているのは驚きました。

 

■【今日は何の日】

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■【経営コンサルタントの独り言】

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 経営コンサルタントがお薦めする書籍「経営コンサルタントの本棚」 b13

 

 ちょっとした情報が、私達の智慧となることは多々あります。

 その情報が知恵の源泉であることに気づかないで機会損失を起こしていることは、それ以上に多いのかもしれません。

 

 第4火曜日は、酒井闊先生他の「経営コンサルタントの本棚」をお届けしています。

 その契機は、「経営コンサルタントがどのような本を、どのように読んでいるのかを教えてください」「経営コンサルタントのお勧めの本は?」という声をしばしばお聞きしたことによります。

 日本経営士協会の経営士・コンサルタントの先生方が読んでいる書籍を、毎月ご紹介します。

 

  経営コンサルタントの本棚

 

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■【小説風 傘寿】老いぼれコンサルタントの日記 バックナンバー
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■【きょうの人】 1114 ■ 力道山 日本中のテレビを独占したプロレスラー ■ 道慈律師 仁王般若経を講ずる高僧100人のうちの一人

2023-11-14 06:33:00 | 【話材】 きょうの人11月

 

  【きょうの人】 1114 ■ 力道山 日本中のテレビを独占したプロレスラー ■ 道慈律師 仁王般若経を講ずる高僧100人のうちの一人

 

 独善的な判断で、気になる人を選んでご紹介しています。

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■ 道慈律師 仁王般若経を講ずる高僧100人のうちの一人


 どうじ
 生年不詳 - 天平16年10月2日(744年11月14日)


 奈良時代の三論宗の僧で、俗姓は額田氏、大和国添下郡の出身です。

 702年(大宝2年)に唐へ渡り、西明寺に住し、三論に通じることになりました。その結果、仁王般若経を講ずる高僧100人のうちの一人に選ばれています。

 718年(養老2年)に帰朝し、日本三論宗の第三伝とされました。

 729年(天平元年)に律師に任じられ、大安寺を平城京へ移設することに尽力しました。736年(天平9年)には、大安寺大般若経転読会を始め、739年(天平12年)には大極殿最勝王経講説の講師をつとめました。

 大宝の遣唐使として43年ぶりに入唐を果たした道慈は、帰国後に『愚志』という書物を著して、唐と異なり教典に従っていないことが多い日本の仏教界を批判しています。

 僧尼の質を向上させるために、戒師を唐から招請、鑑真の来日によって実現することになりました。

 『日本書紀』の編纂にも関与したという説もあります。

  奈良大安寺 (カシャリ!一人旅)←クリック

(【Wikipedia】を基に作成)

 

■ 力道山 日本中のテレビを独占したプロレスラー


 りきどうざn
 1924年11月14日 - 1963年12月15日


 大相撲の力士を経て、プロレスラー界に移りました。韓国出身者で、日本億石を持ち、その名を「百田光浩(ももたみつひろ)」といいます。

 1954(昭和29)年2月19日に、日本初のプロレスの本格的な国際試合として、力道山・木村組対シャープ兄弟の試合が開催されました。この日が「プロレスの日」として制定されています。

 プロレスの正式名称は「プロフェッショナル・レスリング」といい、リング上で観客へ見せることを目的とした攻防を展開する格闘技を基本としたスポーツのことであることはよく知られています。

 空手チョップで、アメリカなど海外からのレスラーを倒すのを見て、多くの日本人が快感を覚えたのではないでしょうか。

 まだ、テレビの普及が全家庭に至っていない時期から、街頭でプロレスを見る人がいました。第一回目の東京オリンピックを機に、テレビの普及率が高まりますと、一層プロレス熱も高まったように記憶しています。

 

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◆【経営コンサルタントの独り言】 経営コンサルタントがお薦めする書籍「経営コンサルタントの本棚」 b13

2023-11-13 17:03:00 | 【話材】 経営コンサルタントの独り言11

 

  【経営コンサルタントの独り言】 経営コンサルタントがお薦めする書籍「経営コンサルタントの本棚」 b13

 

 

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■【きょうの人】 1113 空也 法統を伝える宗派は組織されぬ希有な祖

2023-11-13 06:33:00 | 【話材】 きょうの人11月

 

  【きょうの人】 1113 空也 法統を伝える宗派は組織されぬ希有な祖

 

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 空也 法統を伝える宗派は組織されぬ希有な祖


 くうや
 延喜3年 - 天禄3年9月11日 (新暦):903年 - 972年10月20日)


 平安時代中期に京都で生まれた浄土宗の僧で、阿弥陀聖(あみだひじり)、市聖(いちのひじり)、市上人とも称されます。

 口称念仏の祖で、民間における浄土教の先駆者と評価されます。空也流の念仏勧進聖は、鎌倉仏教の浄土信仰を醸成したとされています。

 俗に天台宗空也派と称する一派においても祖と仰がれていますが、空也自身は、複数宗派と関わりを持つ超宗派的立場を保ちました。

 没後も空也の法統を直接伝える宗派は組織されませんでした。よって、空也を開山とする寺院は天台宗に限らず、在世中の活動拠点であった六波羅蜜寺は、現在真言宗智山派に属します。(空也の没後中興した中信以降、桃山時代までは天台宗でした)。

 踊念仏、六斎念仏の開祖とも仰がれますが、空也自身が、いわゆる踊念仏を修したという確証はありません。

 門弟は、高野聖など中世以降に広まった民間浄土教行者「念仏聖」の先駆となり、鎌倉時代の一遍に多大な影響を与えました。

 遺命により11月13日をもってその忌日とし、踊り念仏を修して空也忌法要が行われます。

 

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【カシャリ!庭園めぐりの旅】 青森県弘前市藤田記念庭園3 津軽富士「岩木山」を借景とした洋風庭園

2023-11-13 00:03:00 | 【カシャリ!ひとり旅】写真・旅行 Misc.

 

  【カシャリ!庭園めぐりの旅】 青森県弘前市藤田記念庭園3 津軽富士「岩木山」を借景とした洋風庭園

 

 

 若い頃からひとり旅が好きで、経営コンサルタントとして独立してからは、仕事の合間に旅をしたのか、旅行の合間に仕事をしたのかわかりませんが、カメラをぶら下げて【カシャリ! ひとり旅】をしてきました。  旅のテーマは寺社や庭園めぐりです。

 日本には「日本庭園」と呼ばれる庭園だけではなく、「イングリッシュガーデン」など、海外の庭園形式をした庭園も多数あります。寺社を訪れたときに、想定していなかったところに、庭園を発見することがあります。  下手の横好きで、【カシャリ! ひとり旅】を続けていますが、その一環で訪れた庭園を順次紹介してまいりたいと思います。 ■ 青森県弘前市藤田記念庭園3 津軽富士「岩木山」を借景とした洋風庭園

 

 「藤田記念庭園」(ふじたきねんていえん)は、弘前出身の実業家・藤田謙一の別邸として大正時代に造られた日本庭園です。弘前公園に隣接する「津軽富士」岩木山の眺望が素晴らしいです。国登録有形文化財にもなっている「旧藤田家別邸洋館」などの建築群があります。  数多くの庭園がある弘前の中でも最も大きな規模であり、美しい庭園といえます。弘前城(弘前公園)のすぐ隣にあることから観光名所の一つにもなっています。  庭園は高台部と低地部に分かれていて、高台部からは庭園の借景として「津軽富士」岩木山が眺められます。高台部にある洋館の設計は堀江佐吉の息子・堀江金蔵によります。また「旧藤田家別邸和館」は、昭和初期の建築で、後から移築されました。  春は庭園処々に咲くサクラ、低地部の方の庭園は、いわゆる日本庭園といった趣の池泉回遊式庭園で、7月初旬頃には、花菖蒲が見ごろです。((お庭さんサイトを参照して作成) ■ アクセス  JR奥羽本線 弘前駅より約2.5km(徒歩30分)  路線バス多数あり 弘前駅より10分、市役所前バス停下車、徒歩5分  〒036-8207 青森県弘前市大字上白銀町8-1

 

 

 

この庭園は、藤田の私邸として整備されたものですが、

藤田の死後、弘前相互銀行(現:みちのく銀行)頭取だった

唐牛敏世に譲渡され、

「弘前相互銀行倶楽部」(のちに「みちのく銀行倶楽部」)として

開放されてきました。 1979年(昭和54年)に唐牛が亡くなり、

その後はほぼ放置状態となっていたものを、

1987年(昭和62年)に市制施行百周年記念事業の一環として

弘前市が買収して復元整備し、1991年(平成3年)に開園しました。

 

 洋風庭園は、春は指定保護樹木のシダレ桜、

初夏にはつつじやサツキが訪れた人を慰めてくれます。 洋風庭園側から見る和館も、落ち着いた和の雰囲気を感じ取れます。

唐牛敏世の胸像も立っています。

 洋風庭園の中で、ひときわ目立つ樹があります。

樹齢150年以上と推定されるしだれ桜です。  このシダレ桜は、藤田謙一が、ここに庭園を造る前からあります。

弘前市では、天満宮のシダレ桜に次ぐ古木で、青森県の指定の保護樹木です。

 

洋風庭園は、高台部にあり、

津軽富士「岩木山」を借景としています

 

 藤田記念庭園 和館・洋館 洋風庭園 茶室 菖蒲園 池泉廻遊式日本庭園 滝のある庭園 

 藤田記念庭園 和館・洋館 洋風庭園 茶室 菖蒲園 池泉廻遊式日本庭園 滝のある庭園 

 

 

 

  リスト http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmovie.htm

 

 

  ■ カシャリ! ひとり旅

 

 

ユーチューブで視る 【カシャリ!庭園めぐりの旅】 写真集は、下記URLよりご覧いただくことができます。 静止画: http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmeisho.htm 映像:  http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmovie.htm  【 注 】 映像集と庭園めぐりは、重複した映像が含まれています


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【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記 11月12日 灘の酒は江戸では甘口であった!? 21

2023-11-13 00:03:00 | 【小説風老いぼれコンサルタントの日記】

 

  【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記 11月12日 灘の酒は江戸では甘口であった!? 21

 

 平素は、私どものブログをご愛読くださりありがとうございます。

 この度、下記のように新カテゴリー「【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記」を連載しています。

 日記ですので、原則的には毎日更新、毎日複数本発信すべきなのでしょうが、表題のように「老いぼれ」ですので、気が向いたときに書くことをご容赦ください。

 紀貫之の『土佐日記』の冒頭を模して、「をとこもすなる日記といふものを をきなもしてみんとてするなり」と、日々、日暮パソコンにむかひて、つれづれにおもふところを記るさん。

【 注 】

 日記の発信は、1日遅れ、すなわち内容は前日のことです。

■【小説風 傘寿の日記】

 私自身の前日の出来事を小説日記風に記述しています。

 

 天気予報で、今朝は6時から雨ということでしたので、傘を持って出かけました。

 幸い、傘を使うことはありませんでした。

 

 かねてから興味を持っていた江戸庶民の生活、江戸から学ぶことが多く、時々、江戸に関する書籍を手に取ります。

 

◆【杉浦日向子の江戸塾】 灘の酒は江戸では甘口であった!? 21

 

 江戸時代の酒の”通”は「原酒」を飲んでいました。モルトウィスキーならぬ、モルト日本酒を嗜んだのです。

 小売店が希釈する前の原酒を樽からジューッと音を立てて升についでもらうのです。

 江戸っ子は、辛口の酒が好きなように誤解されがちですが、江戸の酒は、甘口でした。それも相当な甘口だったようです。

 甘口であると言うことは、手をかけてある酒と解釈され、「甘口」を「うまくち」と読ませていました。

 上方から樽廻船で送られてきた下り酒の代表は「灘」で、珍重されていました。ご存知のように灘の酒は辛口です。

 樽に詰められた灘の酒は、船をゆりかごにして揺られているうちに良い具合に熟成されたのです。江戸に着くまで約20日、これがちょうど熟成期間として最適だったのです。

 樽材である吉野杉の揮発性香油が溶け出して、マイルドな甘口になるのだそうです。灘の酒は、地元で飲むより江戸で飲んだ方がうまいと言われています。

 その酒が、裁量の酒とされているので、江戸っ子は甘口を好んだわけです。

 

■ 「杉浦日向子の江戸塾」バックナンバー ←クリック

 杉浦日向子女史の江戸塾は、江戸時代のエコ生活から飽食時代を迎えている我々に大きな示唆を与えてくれます。

 

■【今日は何の日】

  当ブログは、既述の通り首題月日の日記で、1日遅れで発信されています。

  この欄には、発信日の【今日は何の日】と【きょうの人】などをご紹介します。

 

■【経営コンサルタントの独り言】

 その日の出来事や自分がしたことをもとに、随筆風に記述してゆきます。経営コンサルティング経験からの見解は、上から目線的に見えるかも知れませんが、反面教師として読んでくださると幸いです。

 

 マッキンゼーの「47原則」~良きリーダーになるノウハウ b12

 

  経営コンサルタントがどのような本を読んでいるのか、推薦しているのか、ご興味のある方が多いようです。

 マッキンゼーの「47原則」という本が、「 良きコンサルタント、良きリーダーになるには」というサブタイトルが付けられて紹介しました。

 47原則の27番目の【感謝の気持ちを言葉と態度で表す】が紹介されています。

 非常に簡単なことですが、これができる人の方が少ないのでしょう、著者が感謝の気持ちの大切さを紹介しています。

 日本経営士協会の藤原久子元会長は、口癖のように「感謝の気持ち」の大切さを会員やクライアントさんに話しておられます。

 藤原理事長の「心で経営」というブログにもそれが滲み出ています。

  心で経営   http://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/8c65e0d6907ba683d63a88f7774d41b7 

  経営コンサルタントの本棚   http://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/90c4bd41c5f0c767b0a389f846a67f04

 

■【老いぼれコンサルタントのブログ】

 ブログで、このようなことをつぶやきました。タイトルだけのご案内です。詳細はリンク先にありますので、ご笑覧くださると嬉しいです。

>> もっと見る

 

■【小説風 傘寿】老いぼれコンサルタントの日記 バックナンバー
  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/a8e7a72e1eada198f474d86d7aaf43db
 


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