寺田透の道元の読み方は唐木順三のそれと截然と区別される。寺田の『正法眼蔵を読む』には無常に論及した箇所がほんのわずかしかない。
では、寺田は本書で道元の全体像をどのように描いているのか。どんな態度で『正法眼蔵』を読んでいるのか。
寺田書の全体を占めているのは、「繪を考察の對象にえらべば繪が、枯木をとり上げるなら枯木が、月を考えれば月が存在のすべてだといふ、全一なる存在の確認者としての道元」(三頁)である。
寺田は、唐木の道元論をそれとして評価しつつも、道元といえば無常というようなステレオタイプに対する嫌悪を隠そうともしない。「道元をだしに無常を語らうという氣にはなれない」とまで言う(同頁)。
寺田にとって、道元は、端的に、「全存在の肯定者」なのである。
かれを存在論哲學者として位置づけることが可能だろう、但し信に支へられ、信を内包し、信をもつて全體をおほふ、影像によつて思惟するところの――。(同頁)
道元観のさまざまな差異はどこからくるのか。それは、「眼蔵全體を一巻の書物として讀むか讀まないかに大きくかかつてゐる」(三-四頁)と寺田は言う。全体を一巻の書物として読もうとするとき、当然のこととして、次のような自省と配慮が要請される。
氣に入つた巻を取上げ、それを論ずることで道元像をゑがき出さうといふ試みは、嚴しい自省と、さらに廣く遠く眼のとどく配慮とともになされなければならないだろう。(四頁)
これは道元を読むときにかぎった戒めではないだろう。一人の大思想家の思想をその全体として理解しようと試みるとき、このような自省と配慮ができているかどうか絶えず自己吟味することなしには、私たちはその思想をそもそも「読む」ことさえできない。
生きた思想をこのような自省と配慮とをもって「読む」ためには、読み手もまた書くことによって対象の全体像を更新しつづけなくてはならない。読まずに書くことも、書かずに読むことも、ほんとうはできないのだ。