内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

夏休み日記(4)『和泉式部集総索引』によるミクロレベルの和歌鑑賞体験

2019-08-06 23:59:59 | 読游摘録

 学術専門書が高価になるのは、その発行部数の少なさ・出版までにかかった年数・頁数・特殊な版組等々の様々な理由から致し方のないところだ。科研費等の出版助成を受け、全国の大学図書館が購入してくれればなんとか採算が取れるかどうかといったところなのだろう。重版の可能性は限りなく零に近く、出版後二三年もすれば入手困難な稀覯本になってしまい、出版時の定価を遥かに上回る値が古書市場で付けられることも珍しくない。
 それとまったく逆に、ほとんど叩き売りに近い値が付けられてしまうこともある。今日届いた『和泉式部集総索引』(清水文雄編、笠間索引叢書、1993年)は、1143頁を数える中型辞書並に分厚く堅牢な造本で、定価38000円である。ところが、私がネットの「日本の古本屋」で見つけた古本は、本体価格1490円(+送料800円)であった。おそらく一度も開かれたことがないであろう新本同様な立派な本の頁をめくりながら、編者とその協力者たちが本索引の制作のために費やした多大な労力と時間に思いを馳せ、彼らの献身的な努力によって成ったこの労作がこんな値段で売られていることに(それゆえに自分が躊躇いもせずに買うことができたとはいえ)、「学問の悲しさ」を思わずにはいられなかった。
 本索引は、『校定本 和泉式部集(正・続)』(笠間書院刊、1981年)の和歌および詞書に用いられた全語句を単語に分解して、歴史的仮名遣いにより、五十音順に配列したものである。和歌自立語索引、詞書自立語索引、和歌助動詞索引、和歌助詞索引、詞書助動詞索引、詞書助詞索引の六部構成で、その徹底性は本書を紐解く者をして慄然とさせるほどである。
 ひとつの和歌を構成するすべての要素が単語レベルで検索できるようになっているから、同じ歌がその要素の数だけ繰り返し索引に登場する。必要に応じて、ある一つの単語についてその使用例を網羅的に検索することが本書の第一の用法であるとしても、それが助詞一つにまで徹底化されているので、例えば、係助詞「も」の使用例は24頁にも渡り、それらを通覧することで、式部の歌のテクスチャ―をそのもっとも微細なレベルで要素別にあたかも拡大鏡で見るかの如くに鑑賞することができるようにもなっている。これはこれで、私にとって、一つの新しい和歌鑑賞体験である。
 編者とその協力者たちが本書に捧げた労苦に感謝しつつ、本索引を頼りに、和泉式部集の歌一つ一つをこれからも何度も読み返したいと思う。