内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

「夏休み日記(7)リュシアン・テニエールの統合価理論を日本語文の構造分析に活用する」

2019-08-09 18:10:03 | 雑感

 修士論文の指導は、各学生が選択したテーマに応じて指導教員を決めるのが原則だが、学生が選んだテーマがあまりにも狭かったり、論文にはなりにくいテーマだったりすると、指導教員によるいわゆる「教育的指導」が行われ、学生にテーマの変更を提案する。
 現在私が指導教員を務めている学生たちのテーマは、16世紀末京都町衆、神風特攻隊、伊勢物語、蜻蛉日記、北条政子、日本語表記論、現代日本語論、日本語構造分析と、かなり多様である。これだけを見れば、いったいこの教員の専門は何なのであろうかと疑いたくなるほどである。ディスカウントストアの店内を彷彿とさせるこの雑多性は、しかし、教員の責任でも学生の落ち度でもない。これは、弊日本学科のように専任の数が少ない学科が共通に抱える問題なのである。
 個人的に悲しいことは、日本思想史の分野でテーマを選ぶ学生はこれまで一人もいなかったことである。これからも、その可能性は、2020年東京オリンピックの男子マラソンで日本人が金メダルを取る確率よりも低い。わたくしの指導の下、思想史の論文が書けるなんて、フランスにいながらにして日本でも高級店以外では絶対に食せない極上の寿司が回転寿司並みの価格で食べられるほどの「僥倖」であることが学生たちはわかっていないのである。フランスの未来は暗い。
 冗談はさておき、上掲のテーマのうち、私が特に「いけている」と思っているのが、リュシアン・テニエールの統合価理論を活用した日本語構造分析である。フランスでは誰も手を付けていないこのテーマは、私が学生に「やれ!」と「教育的指導」したのである。そうしたら、「やります!」と二つ返事で乗ってきた。その学生は日本語が抜群によくできる。時枝誠記も熱心に読んでいる(これも私が読めと指導した)。期待している。
 日本では、小泉保の『日本語の格と文型 結合価理論にもとづく新提案』(大修館書店、2007年)がその活用の最初の実践例である。本書は、著者が「まえがき」で言っているように、テニエールの学説の単なる受け売りではない。「そこに改良を加えて、日本語の各体系を取り出し、動詞と形容詞の文型を設定し、さらに、結合価理論を活用して文の構造分析を行う具体的な方法を紹介」している。
 テニエールの結合価理論を活用して日本語の分析を行うことは、統合価理論の理論的汎用性を日本語において検証することであると同時に、日本語の特徴をより普遍的な言語理論の中において明確に規定することでもある。このテーマでの研究には、まだまだ発展・深化の可能性が大いにある。この研究を通じて、結合価理論という共通の理論的土台の上に、日本語的思考の特徴を他の多数の言語による思考の特徴と比較しつつ、定式化することが可能になるだろう。