内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

夏休み日記(14)― 大地への回帰、あるいは回帰すべき有限の可塑的な場所を創出するための技術

2019-08-16 14:50:15 | 哲学

 9月2日にアルザス人文科学研究所 (MISHA) の研究プロジェクトの一環として、東京恵比寿の日仏会館でその第一回セミナーが開催される。前半は、日仏会館だけのプログラムだが、後半は、テレビ会議システムを使って、MISHA があるストラスブール大学のキャンパスと中継で結ぶ。私はストラスブールからこのプログラムに発表者の一人として参加する。
 研究プロジェクトのタイトルは、日本語では、「農への回帰、そして農の回帰:危機に対する食と農をめぐる思想と社会的イノベーションの循環に関する日欧比較研究」、今回のセミナーのテーマは、「農への回帰をめぐるユートピアとエコロジー思想-日欧比較研究」となっている。しかし、フランス語のタイトルは、それぞれ、« Retour à/de la Terre : Circulation des idées et innovations agrialimentaires en temps de crises. Comparaisons Europe-Japon » 、« Retours à la terre : pensées, utopies et écologies. Comparaisons Japon-Europe » となっている。「農」が « Terre » に対応している。ところが、このフランス語には、「土壌・農地・耕地・農耕生活」という意味だけでなく、「大地・(地上)世界・人類・現世」という意味もあり、特に大文字で « Terre » と書くときは、「地球」を意味する。つまり、「農」に比べて遥かに大きな意味の広がりを持った言葉なのだ。
 この研究プロジェクトの起点は「帰農」という概念にあり、その辞書的な定義は、「離村して都市へ流入した農民をその村へ帰住させ、または生業を失った武士や町人を助成して農耕に従わせること。帰田(きでん)。また、一般に都市での職務を辞して故郷に帰ること」「一般に、農村に戻って農業をいとなむこと」となっている。この概念を « retour à la terre » (「大地への回帰」)とフランス語に訳すことによって問題領域は一挙に拡張され、諸分野を横断する研究プロジェクトとなり、私のようなものにもお声が掛かったというわけである。
 私の発表は、回帰すべき「大地」はそもそもあるのか、という問いを立てることから始まる。大凡の理路は以下の通り。
 帰るべき場所としての原初の大地など、そもそも地上のどこにもないのではないか。とすれば、大地への回帰は、「もともとあった場所に戻ること」ではありえない。「大地」が自ずと再起(再帰)することもない。大地への回帰は、現在の都市生活を捨てて、ただ「故郷」へ帰るだけでは、持続的生活として成り立たないし、理念としても維持し得ない。大地へのノスタルジーは、大地への回帰の必要条件ではあり得ても、十分条件ではあり得ない。現実的で生産的な運動としての回帰は、満身創痍の地球上に、回帰すべき有限の可塑的な場所を、技術を媒介として創出し続けることによってのみ可能になるだろう。