内的自己対話-川の畔のささめごと

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夏休み日記(11)玉島の潭で鮎を釣る仙女たちの鮮烈な官能美 ― 私選万葉秀歌(16)

2019-08-13 14:43:18 | 詩歌逍遥

松浦川川の瀬光り鮎釣ると立たせる妹が裳の裾濡れぬ (巻第五・八五五)

 「松浦川に遊ぶ序」と題された序文をもった一連の歌(八五三から八六三までの十一首)の中の一首。この一連の歌は、「令和」がそこから取られた序文を持つ梅花の歌三十二首(八一五から八四六まで)とその補遺六首の直後に置かれている。大伴旅人作とされる。松浦川は、佐賀県東松浦郡の玉島川のこと。序文と一連の歌は、景勝の地、玉島の潭(ふち)に遊んだときの作だが、実景を詠んだものではなく、『遊仙窟』『文選』巻十九の情賦群などに学んだ神仙譚の結構。「余、たまさかに松浦の県に往きて逍遥し、玉島の潭に臨みて遊覧するに、たちまちに魚を釣る女子らに値(あ)ひぬ」と始まり、「時に、日は山の西に落ち、驪馬(りば)去なむとす。ついに懐抱を申べ、よりて詠歌を贈りて曰はく」と結ばれる序文は、玉島川を訪れた「蓬客」(さすらいの旅人)と神仙の娘子たちとの出逢いの場面を美麗な言葉で綴る。一連の歌は、蓬客と高貴なる神仙の女性たちとの対話や贈答の形を取る。
 上掲歌は、蓬客と娘子それぞれ一首ずつの挨拶の直後に、蓬客から娘子にさらに贈られた歌三首の第一首。「松浦川の川瀬はきらめき、鮎を釣ろうと立っておられるあなたの裳の裾が美しく濡れています」(伊藤博『萬葉集釋注』)の意。清流の川の瀬の光の煌めきの中、川中に鮎釣りに立つ仙女の裳の裾が濡れている。この鮮烈な官能美に水中を泳ぎ回る鮎のしなやかな動きのイメージが重なる夏の秀歌。