今日の授業では、昨日の記事で引用したマルクス・アウレリウスの書簡とそれについての Vesperini のコメントを紹介した後、十五世紀の日本へと飛んだ。世阿弥の『花鏡』の中の「離見の見」の一節のルネ・シフェールによる仏訳を読ませた。古典芸能としての能そのものを紹介することが目的ではない。歴史を学ぶことの意味を理解させるために、拝借したのである(このような濫用に対して専門家の先生方は眉を顰められることであろうが、どうかご寛恕願いたい)。
また、舞に、目前心後と云ふことあり。「目を前に見て、心を後に置け」となり。これは、以前申しつる舞智風体の用心なり。見所より見る所の風姿は、わが離見なり。しかれば、わが眼の見る所は我見なり。離見の見にはあらず。離見の見にて見る所は、すなわち見所同心の見なり。その時は、わが姿を見得するなり。わが姿を見得すれば、左右前後を見るなり。しかれども、目前左右までをば見れども、後姿をばいまだ知らぬか。後姿を覚えねば、姿の俗なる所をわきまえず。さるほどに、離見の見にて、見所同見となりて、不及目の身所まで見智して、五体相応の幽姿をなすべし。これすなわち、心を後に置くにてあらずや。かへすがへす、離見の見をよく見得して、眼、まなこを見ぬ所を覚えて、左右前後を分明に案見せよ。さだめて花姿玉得の幽舞に至らんこと、目前の証見なるべし。
歴史を学ぶとは、過去の出来事についての知識を得ることだろうか。歴史を学ぶ者は、過去の出来事を、時を隔てて見る観客のような者だろうか。しかし、私たちもまた歴史の中に生きる者ではないか。私たちを歴史の中の現在という舞台で舞う役者と見立ててみよう。今は観客席に誰もいない。しかし、未来にこの舞台を見てくれる観客がいるかも知れないと想像してみよう。その上で、もう一度上掲の一節を読んでみよう。
私たちも、歴史の中の現在という舞台で現在を舞う役者として現在をよく生きるためには、自己の姿を見得しなくてはならないだろう。とすれば、私たちもまた「離見の見」を身につけなくてはならないではないか。そのためには、我見を離れ、己を歴史のパースペクティブの中で見ることができなければならない。そのための知的修練(あるいはピエール・アドが言う意味での exercice spirituel)、それが歴史を学ぶということではないだろうか。