日本の歴史の時代区分として広く行き渡っている名称に「近世」と「近代」があります。前者の定義は、例えば、『日本国語大辞典』によると、「古代、中世のあとにつづき、近代以前の時期、安土桃山時代、江戸時代を指す。[中略]広義には近代をも含むことがあるが、狭義の近代と区別することが多い」となっています。中学・高校の歴史の教科書もこの定義に従っています。
ところが、これをフランス語に訳すときにちょっと困るのです。一語でということになると、どちらも « moderne » になってしまうので、両者を区別するために、「近世」には « prémoderne » という訳語を与えるのが一般的になっています。しかし、「近世」は、「近代」の定義を前提としていますので、その定義次第で「近世」の定義も変わってしまいます。教科書的には、日本で一般に行われている時代区分を踏襲するために慣習的に採用されている訳し分けわけですが、最近の歴史研究は、その区分自体を問題にしていますので、「近世」= « prémoderne »、「近代」= « moderne » と単純に割り切って教えることも躊躇われます。
そこで、私の授業は、まず「歴史とは何か」という大きな問題から始まり、そもそも時代区分は何を根拠にしているかと問い直し、つぎに、西洋史における « moderne » の定義がそれほど自明なことではないことを、フランスの幾人かの大歴史家の著書を引用しながら説明しました。この手続きを経て、日本における « moderne » とはどのように規定されうるのかという問題に入る準備が一応整いました。ここまでで二時間の講義二回を費やしました。
来週からようやく、日本における「近代史」に入るのですが、それは「近世」と「近代」をどう区別するかという問題に向き合うことから始まるので、型通りに明治維新前後からというわけにはいきません。「近代」への道のりは遠いのです。