内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

陰翳をめぐる随想(二) ―「ダ・ヴィンチの毒」を食らわば皿まで

2020-01-20 23:59:59 | 哲学

 陰翳について谷崎を離れて自由に考えだしたら、これは途轍もなく広がりをもった研究テーマであることに迂闊千万にも今更ながら気づいて、深い溜め息をついている。これはライフワークになるような研究主題ではあったのだ。ところが、私にとっては、日暮れて途遠しどころではない。気づいたときにはもう夜の帳が降りてこようとしている時になってから、よちよちと覚束ない足取りで歩きはじめ、しかも自分がどっちに向かって歩いているのかもわからないような状態なのだ。
 そんな状態に陥ったのは、やめておけばよかったのに、レオナルド・ダ・ヴィンチの未完の絵画論 Traité de la peinture(Textes traduits et commentés par André Chastel, Calmann-lévy, 2003)と膨大な手記 Carnets(Quarto Gallimard, 2019)の中で「影」について言及されている箇所に当たり始めたのがそのきっかけであった。自然界における影という現象そのもの、陰翳の有色性とグラデーション、水面上の影の特性等について深い関心とともに多くの考察を残し、絵画における陰翳ついては、主題として描かれる対象に対して陰翳をいかに限定的かつ効果的に用いるか、モデリングの技法について詳述している箇所などを走り読みしただけで、陰翳がなんと奥深い問題であるかに気づくのに十分であった。
 普段からちょっとでも気になるテーマや問題があると、それに関係する書籍をすぐには読まない場合でもとりあえず買って手元においておく習慣が若い頃からあるが、それが後日思わぬところで研究に役立つ場合ももちろんあるが、今回のようにそれが「毒」になることもある。これもまた何を今更という話である。「毒を食らわば皿まで」と俚諺にもあるではないか。