昨日の記事の最後の段落で言及した宇野重規の『民主主義とは何か』の「序 民主主義の四つの危機」の中で言及されているもう一つの本のことを書き留めておきたい。それは水島治郎の『ポピュリズムとは何か』(中公新書 2016年)である。本書は2017年の石橋湛山賞を受賞している。
ポピュリズムの問題は二十一世紀に入って世界的な広がりを見せており、フランスも例外ではない。実際、本書でも、フランスの国民戦線の歴史的展開についてとマリーヌ・ルペンによる国民戦線の現代化についてのそれぞれ数頁に渡る記述が見られる(第3章と第7章)。そこを読んだだけでも、事実に即した正確でバランスの取れた記述が全編を貫いているであろうことが期待され、「はじめに」から順を追って読み始めた。これは喜ばしい書物連鎖の例である。
本書は、ポピュリズムを理論的に位置づけたうえで、ヨーロッパとラテンアメリカの主たる舞台とし、日本やアメリカ合衆国にも触れながら、ポピュリズム成立の背景、各国における展開と特徴、政治的な影響を分析する。それらの国々の政治史をさかのぼりつつ、ポピュリズムの具体的な展開過程を追っている。その過程を通じて、ポピュリズムとデモクラシーとの両義的な関係が歴史の中から浮かび上がり、現代デモクラシーにポピュリズムが突きつける問いが明らかにされていく。
第1章は、ポピュリズムとは何かという問題に理論的に迫っており、その分析は明晰この上ない。予備知識がなくても、論述を追っていけば自ずと何が問題なのかがすっきりと頭に入るように書かれている。
第2章以降、各地域のポピュリズムが個別に考察されていく。第2章「解放の論理―南北アメリカにおける誕生と発展」、第3章「抑圧の論理―ヨーロッパ極右政党の変貌」、第4章「リベラルゆえの「反イスラム」―環境・福祉国家の葛藤」、第5章「国民投票のパラドックス―スイスは「理想の国」か」、第6章「イギリスのEU離脱―「置き去りにされた」人々の逆転劇」、第7章「グローバル化するポピュリズム」と続く。
「はじめに」と「あとがき」とから、それぞれ一箇所ずつ引用する。ちなみにこの「あとがき」はトランプがアメリカ大統領当選を決めた月に書かれている。
特に本書を通じて提起したいと考えているのは、ポピュリズムはデモクラシーに内在する矛盾を端的に示すものではないか、ということである。なぜなら、本書で示すように、現代デモクラシーを支える「リベラル」な価値、「デモクラシー」の原理を突きつめれば突きつめるほど、それは結果として、ポピュリズムを正当化することになるからである。
二一世紀の欧洲ポピュリズムは、現代デモクラシーの依拠するリベラルな価値、デモクラシーの原理を積極的に受け入れつつ、リベラルの守り手として、男女平等や政教分離に基づきイスラム移民を批判する。またデモクラシーの立場から、国民投票を通じ、移民排除やEU離脱を決すべきというロジックを展開する。現代のポピュリズムは、いわばデモクラシーの「内なる敵」(ツヴェタン・トドロフ)として立ち現れている。その論理を批判することは、容易なことではない。
本書と宇野氏の『民主主義とは何か』を併せ読むことで、現在のデモクラシーがどのような問題と正面から向き合うことを求められているのかがよくわかる。