The B-52'sを知ったのは、彼らの初期のトッポいイメージの頃ではなく、トーキング・ヘッズのデヴィッド・バーンがプロデュースをした「メソポタミア」という1982年のアルバムだった。
・・・・いや、実は、その前に「痛い」想い出をしたバンドなのである。
***
実は、今は無いと思うが、銀座に「ハンター」という(当時CMもしていて)有名な中古レコード屋さんがあって、そこでエサ箱を漁りながら、「海賊盤」というのに憧れていた時期でもあり、4000円近い2枚組のThe B-52'sの「海賊盤」を買って聴いたのが初めてだった。
しかし、悲しいかな、今のように中身を聴いた上で買える時代でもなく、情報も少なく、おこづかいも少なく、『レコード1枚を買う覚悟』というものが、買う方には、大きなプレッシャーとしてのしかかっていた。
買って帰って聞くと、そのレコードは、確かにThe B-52'sのライブの「海賊盤」だったが、彼らの音よりも周囲の雑音が激しく、いかにもカセットで無理して違法録音したというのが明らかな、ひどい2枚組だった。
涙こそ出なかったが、この4000円は、中学生には痛いレコードだった。
「中古」で買ったのに、そのレコードは、後に売りに出したが、300円くらいしか値が付かず、再度、痛みを伴った。
***
そんなトラウマを44歳にして思い出したものの、オリジナル・アルバムの3枚目の「メソポタミア」は、カセット・テープにエア・チェックしてよく聴いたが、個人的には大好きなアルバムだった。
トッポいイメージの頃のThe B-52'sを基本とした音楽評論家には、酷評されたが。。。。
***
そんなアルバム「メソポタミア」には、こんな素晴らしく「COOL!」な曲が入っていた。
当時、スネークマン・ショーのプロデューサー、かつ、選曲家だった桑原茂一さんが、この曲を選曲しているのを聴いて、共感した想いが残っている。