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幼少の頃の三ノ輪の家では、一日中FMラジオが流れていた。その影響で60~70年代のヒット曲は「誰が演奏している何という曲」はわからないまま、おおむね耳だけで知っていた。
中学生に上がり、毎週土曜日お昼はFM東京の「ポップスベスト10」等々を聴き、雑誌「FMfan」をめくり洋楽のお勉強。その折、初めて聴いたボズ・スキャッグスのシングル「ブレイクダウン・デッド・アヘッド」。1980年春のこと。
ニューヨークはマンハッタンというアメリカ全体とも断ち切れた孤島。そのビルが並んだスカイラインへの憧れとこの曲がイメージで繋がった。この曲は、LP「ミドル・マン」に入っていた。黒のジャケット&ネクタイにオールバック、そんなボズは、黒網タイツに赤いボディスーツをまとった女の脚をまくらに、たばこをくゆらせている。
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そんな同時期、ガラスを割る音と共に始まるビリー・ジョエルの「ガラスのニューヨーク」を収録した「グラスハウス」が発売されていた。LP2枚とも欲しいが、そんなわけにはいかない。貧乏人にはそんな贅沢が出来る余地は無かった。
もんもんと悩みながら、銀座の街を歩き、山野楽器で悩んだ結果、ボズ・スキャッグスのLPの方を選んだ。2800円だった。この悩んだ結果、ビリー・ジョエルを買っていたならば、その後のボズとの関係も変わっていたはずだった。
お店では巨大なLPジャケットのポスターをプレゼントしてくれた。
今になって思うと「そうだった」と気付いた変な事実は、小さな自室のカベにその大きなポスターを貼っていた事。これではまるで海外プレイボーイのヌードポスターを貼っているようなもので、我が事ながらよく臆面もなくやっていたものである。
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LP「ミドル・マン」は勢いいさんで買ったものの、分厚い小説を買ったときと同じで、実際は噛み砕くのに時間と苦労を要した。それは中高生時代に国語教師が「中身のない本はすぐ読めるが、深い本は一回読んだだけじゃあわからないものだ」と言ったようなもので、「ミドル・マン」もA面・B面とひっくり返し何度も何度も聴いた上で、体内に入ってきた。
一回聴いて即大好きになったのはA面トップであり、この作品を代表する曲「ジョジョ」。
たっぷりなタメが利いた抑揚、腰から揺れるブルージーなグルーヴ感。きらびやかなニューヨークの夜を思わせる「オトナの音楽」。
そしてA面終わりの「トワイライト・ハイウェイ」。そこでは、カルロス・サンタナのギターが美しく鳴きまくる。
咀嚼を続け「ミドル・マン」全曲を好きになる過程は、中学生には長かったが、そのステップはほかの音楽を聴くための基礎作りでもあった。片方で「ミドル・マン」を聴きながら、その後発表されたベスト盤とシングル「ミス・サン」をラジオでエアチェックし、過去のボズの作品にさかのぼり1つ1つ彼が辿った道を確認していった。
■BOZ SCAGGS 「YOU CAN HAVE ME ANYTIME」1980■
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