朝から激しい風雨で、宿の部屋から見えるはずの八丈富士は麓までガスで真っ白で何も見えない。それでも雲というかガスはかなりの速さで移動しているので天候が変化することは間違いなさそうだと思った。宿は空港の滑走路のほぼ延長線上にある。午前8時半頃、つまりほぼ定刻に上空を通過する飛行機の音がした。こんな天気でも飛ぶのかと感心した。午前9時半頃にチェックアウトするとき、宿の人と飛行機のことが話題になった。「お帰りは何時の便ですか?」というので「最終です」と答えたら「じゃ、大丈夫ですね」と言われる。宿の人も今日は心配していたのだそうだ。それが朝、あの天気で飛んで来たので、これなら大丈夫と思ったらしい。
昨夜遅くから今朝にかけて雨も風も激しかったが、チェックアウトする頃には雨は小降りになった。八丈富士も麓のほうは見えてきた。八丈島に着いて最初に訪れたのが八丈富士だったので、帰りも車で行ける範囲で八丈富士に登ってみることにした。まずは宿から島の東岸へ出て周回道路を時計と反対回りに山の麓を行く。底土港の近くに「Hachijo Oriental Resort」という看板が残る大きなホテルの廃墟があり、そこから周回道路沿いにいくつかの営業中と思しき大規模ホテルが点在する。そういう地域を抜けると道路の幅員が減少し、カーブが多くなる。再び幅員が片側一車線に戻るあたりが鉢巻き道路からの道路と出会う地点になる。右手には八丈小島が視界に入るが島の間の海面から水しぶきが真上に舞っているように見える。その道路は登らずにさらに周回道路を進み空港の前を過ぎて富士登山口という交差点から登る。
鉢巻き道路に入る手前の駐車場のような広場に駐車して外に出る。おそらく標高500メートルくらいしかないのだが、眼下に広がる空港と周辺の市街地の上を雲が流れている。それくらいに雲が低く、しかも大気の流れが速いのである。車に戻り、鉢巻き道路を走る。途中視界が悪いところがあったが、雲は概ね頭上にある。途中の展望台前に車を停めて展望台に登ってみたが、このときはものすごい風でカメラを構えるのに苦労したほどだ。ただ、朝方に比べると空が明るくなってきたような印象だ。山を下りて昨日訪れた千畳敷へ行ってみる。
岸に打ちつけて砕ける波の大きさが半端ではなく、車を停めるが外には出ないで窓から海を眺めていた。腹が減ったので、三根のほうへ行ってみる。一昨日も昨日も島のなかをあちこち車で走ってみたのだが、相変わらずこれといった飲食店を見つけることができないでいる。島の人は外食をしないのだろうかと素朴に疑問に思う。島に来て最初の日に見つけたベーカリーで自家製のカツサンドとあんぱんを買って、海の見える場所に車を停めて車内で頬張る。
腹が膨れたところで、初日に途中まで行って断念した黒砂砂丘(六日ヶ原砂丘)を目指す。途中、まずふるさと村に立ち寄ってみる。これは島の典型的な住居を再現したもので「村」といいながら母屋一棟と納屋二棟と門から成る。納屋は高床式で母屋も床が高めになっているような印象がある。畳の敷き方も本土とはちがっているのだそうだが、全体としての印象はやはり日本の古い農家だ。この保存家屋にも囲炉裏が切ってある。炉端で火を囲むというのは憧れだ。昔はそれが当たり前の風景だったのに、今は裸の火を家の中で使うことを避けようとする傾向が強い上に、火を囲む相手がいない。「囲む」というからには一人や二人ではないはずで、もっと世帯構成員がいないといけないのだが、身の回りのコミュニティが崩壊してしまっているのは私に限ったことではないだろう。
ふるさと村とその周辺の玉石垣の家並を後にして周回道路を行く。逢坂橋から大坂トンネルに至る景観は走っていて気持ちよく、今日も大坂トンネル手前の展望台に駐車してしばらく風景を眺める。ところが、風が強くドアの開け閉めに一苦労する。ちょっとでも隙間ができると風圧がかかるので、足をふんばってドアを両手で持ってゆっくりと風に持って行かれないように開ける。ドアを抱えるようにして外に出たら、手を挟まないように気をつけながら全身でドアを押さえ込むようにして閉める。ドアの開閉で悪戦苦闘していたとき、たまたま道路を50ccのバイクがトンネルを出て大賀郷方面へ通りかかったが、風で煽られそうになっていて他人事ながら見ていてハラハラする。風は同じ調子で吹いているわけではない。じっとして様子を窺っていると、弱くなったり強くなったりしている。その弱くなった隙にドアを開けて車に入ってさっとドアを閉める。駐車中の車が風で揺れている。それでもエンジンをかけて発進すると何事も無いかのように動くのである。
前回は細い道に入り込んで身動きができなくなってしまったので、今回は「黒砂砂丘」という標識の出ている少し広い場所に車を停めて徒歩で細い道を行く。5分ほど登っていくと視界が急に開ける。急な傾斜地の上端に出るのである。風さえなければゆっくりと眺望を楽しんでいたいような場所なのだが、今日は少し高台に出ると立っていられないほどの風が吹いている。「砂丘」というと鳥取砂丘のような砂浜の幅広版を想像するかもしれないが、この砂丘は海辺にそそり立つ断崖の上に広がっている。黒砂というのは要するに溶岩が風化して細かくなったものだ。ここは風を遮るもののない高台の上なので、とにかく姿勢を低くして移動する。それにしても、再度見に来てよかったと思える絶景だった。
絶景のついでにもうひとつの絶景である名古の展望まで足を伸ばしてから、大賀郷へ戻る。車を返す時刻まで1時間ほどあったので、スーパーを2軒覗いてみた。昨夜食事をした店のにいちゃんが「微妙に物価が高い」と言っていたので、どんなものか見にでかけたのである。島内を走る路線バスの停留所名には店の名前が使われているところが何カ所かある。そのなかからレンタカーの返却場所に近い「スーパーあさぬま」と「八丈ストア」に行ってみた。確かに一部の魚介類と青果以外は本土で流通しているのと同じ商品だ。当然、輸送コストが離島ということで嵩む分だけ割高になる。といっても本当に「微妙な」金額だと思う。ざっと眺めたところでは、本土のスーパーとそれほど大きな違いはない。鮮魚については地魚が並ぶが、これも当然だろう。飛魚、エース、金目、キハダマグロなどが代表的なところである。総菜・弁当コーナーの寿司の区画には島寿司が並ぶ。寿司屋や料理屋で漬寿司を食べようとすると予約をしないといけないのだが、スーパーの寿司コーナーには当たり前のように漬けネタの島寿司が並んでいる。寿司屋でも料理屋でもありつくことができなかったので、5カン入りのパックを買って車のなかで食べてみた。いろいろ組み合わせはあるのだが、岩海苔2カンとメダイ3カンの組み合わせにしてみた。岩海苔は風味が独特でなかなか旨いと思ったが、メダイのほうは要するに身の風味よりも漬け汁の味が勝ってしまうので、話の種にはよいが、それ以上のものではないと感じた。勿論、寿司屋で握ってもらえば違った結論になるかもしれないが、江戸前寿司のマグロの漬けのような繊細さを果たして期待できるものなのか疑問が無いでもない。デザートに明日葉のアイスを食べてみたが、これも今ひとつ個性が発揮しきれていないような印象だ。
午後4時過ぎに車を返して燃料代を清算し、空港まで送ってもらう。羽田への飛行機は定刻を30分ほど遅れての離陸となったが、正直なところ欠航しないだけでもすごいことだと思った。それほど今日は風が強かったのである。離陸して水平飛行になり、客室乗務員が飲み物のサービスをして直ぐにその紙コップの回収をすると間もなく機体は顕著に降下を開始する。眼下にアクアラインと海ほたるが見える頃、ギヤを降ろす音がする。離陸から着陸までは実質的には30分そこそこではないだろうか。飛行機の「定時」というのはドアを閉めてゲートを離れてから着陸してゲートに着くまでの時間で計られるそうなので、「所要時間」には飛行時間に加えてタキシングの時間を含めているということになる。八丈島のような小さな空港ならタキシングの時間など取るに足りないが大きな空港で、しかも誘導路上に順番待ちの飛行機の列ができるようなところではタキシングの時間は無視できない。となると現行の「所要時間」の定義は適切であるということになる。いずれにしても飛行機なら片道1時間で多少余りのある距離である。船で出かけると「離島」と感じるが、飛行機なら「ちょっとそこまで」という程度の距離感だ。何も無いところでぼんやりするにはちょうど良い場所であるように思う。
昨夜遅くから今朝にかけて雨も風も激しかったが、チェックアウトする頃には雨は小降りになった。八丈富士も麓のほうは見えてきた。八丈島に着いて最初に訪れたのが八丈富士だったので、帰りも車で行ける範囲で八丈富士に登ってみることにした。まずは宿から島の東岸へ出て周回道路を時計と反対回りに山の麓を行く。底土港の近くに「Hachijo Oriental Resort」という看板が残る大きなホテルの廃墟があり、そこから周回道路沿いにいくつかの営業中と思しき大規模ホテルが点在する。そういう地域を抜けると道路の幅員が減少し、カーブが多くなる。再び幅員が片側一車線に戻るあたりが鉢巻き道路からの道路と出会う地点になる。右手には八丈小島が視界に入るが島の間の海面から水しぶきが真上に舞っているように見える。その道路は登らずにさらに周回道路を進み空港の前を過ぎて富士登山口という交差点から登る。
鉢巻き道路に入る手前の駐車場のような広場に駐車して外に出る。おそらく標高500メートルくらいしかないのだが、眼下に広がる空港と周辺の市街地の上を雲が流れている。それくらいに雲が低く、しかも大気の流れが速いのである。車に戻り、鉢巻き道路を走る。途中視界が悪いところがあったが、雲は概ね頭上にある。途中の展望台前に車を停めて展望台に登ってみたが、このときはものすごい風でカメラを構えるのに苦労したほどだ。ただ、朝方に比べると空が明るくなってきたような印象だ。山を下りて昨日訪れた千畳敷へ行ってみる。
岸に打ちつけて砕ける波の大きさが半端ではなく、車を停めるが外には出ないで窓から海を眺めていた。腹が減ったので、三根のほうへ行ってみる。一昨日も昨日も島のなかをあちこち車で走ってみたのだが、相変わらずこれといった飲食店を見つけることができないでいる。島の人は外食をしないのだろうかと素朴に疑問に思う。島に来て最初の日に見つけたベーカリーで自家製のカツサンドとあんぱんを買って、海の見える場所に車を停めて車内で頬張る。
腹が膨れたところで、初日に途中まで行って断念した黒砂砂丘(六日ヶ原砂丘)を目指す。途中、まずふるさと村に立ち寄ってみる。これは島の典型的な住居を再現したもので「村」といいながら母屋一棟と納屋二棟と門から成る。納屋は高床式で母屋も床が高めになっているような印象がある。畳の敷き方も本土とはちがっているのだそうだが、全体としての印象はやはり日本の古い農家だ。この保存家屋にも囲炉裏が切ってある。炉端で火を囲むというのは憧れだ。昔はそれが当たり前の風景だったのに、今は裸の火を家の中で使うことを避けようとする傾向が強い上に、火を囲む相手がいない。「囲む」というからには一人や二人ではないはずで、もっと世帯構成員がいないといけないのだが、身の回りのコミュニティが崩壊してしまっているのは私に限ったことではないだろう。
ふるさと村とその周辺の玉石垣の家並を後にして周回道路を行く。逢坂橋から大坂トンネルに至る景観は走っていて気持ちよく、今日も大坂トンネル手前の展望台に駐車してしばらく風景を眺める。ところが、風が強くドアの開け閉めに一苦労する。ちょっとでも隙間ができると風圧がかかるので、足をふんばってドアを両手で持ってゆっくりと風に持って行かれないように開ける。ドアを抱えるようにして外に出たら、手を挟まないように気をつけながら全身でドアを押さえ込むようにして閉める。ドアの開閉で悪戦苦闘していたとき、たまたま道路を50ccのバイクがトンネルを出て大賀郷方面へ通りかかったが、風で煽られそうになっていて他人事ながら見ていてハラハラする。風は同じ調子で吹いているわけではない。じっとして様子を窺っていると、弱くなったり強くなったりしている。その弱くなった隙にドアを開けて車に入ってさっとドアを閉める。駐車中の車が風で揺れている。それでもエンジンをかけて発進すると何事も無いかのように動くのである。
前回は細い道に入り込んで身動きができなくなってしまったので、今回は「黒砂砂丘」という標識の出ている少し広い場所に車を停めて徒歩で細い道を行く。5分ほど登っていくと視界が急に開ける。急な傾斜地の上端に出るのである。風さえなければゆっくりと眺望を楽しんでいたいような場所なのだが、今日は少し高台に出ると立っていられないほどの風が吹いている。「砂丘」というと鳥取砂丘のような砂浜の幅広版を想像するかもしれないが、この砂丘は海辺にそそり立つ断崖の上に広がっている。黒砂というのは要するに溶岩が風化して細かくなったものだ。ここは風を遮るもののない高台の上なので、とにかく姿勢を低くして移動する。それにしても、再度見に来てよかったと思える絶景だった。
絶景のついでにもうひとつの絶景である名古の展望まで足を伸ばしてから、大賀郷へ戻る。車を返す時刻まで1時間ほどあったので、スーパーを2軒覗いてみた。昨夜食事をした店のにいちゃんが「微妙に物価が高い」と言っていたので、どんなものか見にでかけたのである。島内を走る路線バスの停留所名には店の名前が使われているところが何カ所かある。そのなかからレンタカーの返却場所に近い「スーパーあさぬま」と「八丈ストア」に行ってみた。確かに一部の魚介類と青果以外は本土で流通しているのと同じ商品だ。当然、輸送コストが離島ということで嵩む分だけ割高になる。といっても本当に「微妙な」金額だと思う。ざっと眺めたところでは、本土のスーパーとそれほど大きな違いはない。鮮魚については地魚が並ぶが、これも当然だろう。飛魚、エース、金目、キハダマグロなどが代表的なところである。総菜・弁当コーナーの寿司の区画には島寿司が並ぶ。寿司屋や料理屋で漬寿司を食べようとすると予約をしないといけないのだが、スーパーの寿司コーナーには当たり前のように漬けネタの島寿司が並んでいる。寿司屋でも料理屋でもありつくことができなかったので、5カン入りのパックを買って車のなかで食べてみた。いろいろ組み合わせはあるのだが、岩海苔2カンとメダイ3カンの組み合わせにしてみた。岩海苔は風味が独特でなかなか旨いと思ったが、メダイのほうは要するに身の風味よりも漬け汁の味が勝ってしまうので、話の種にはよいが、それ以上のものではないと感じた。勿論、寿司屋で握ってもらえば違った結論になるかもしれないが、江戸前寿司のマグロの漬けのような繊細さを果たして期待できるものなのか疑問が無いでもない。デザートに明日葉のアイスを食べてみたが、これも今ひとつ個性が発揮しきれていないような印象だ。
午後4時過ぎに車を返して燃料代を清算し、空港まで送ってもらう。羽田への飛行機は定刻を30分ほど遅れての離陸となったが、正直なところ欠航しないだけでもすごいことだと思った。それほど今日は風が強かったのである。離陸して水平飛行になり、客室乗務員が飲み物のサービスをして直ぐにその紙コップの回収をすると間もなく機体は顕著に降下を開始する。眼下にアクアラインと海ほたるが見える頃、ギヤを降ろす音がする。離陸から着陸までは実質的には30分そこそこではないだろうか。飛行機の「定時」というのはドアを閉めてゲートを離れてから着陸してゲートに着くまでの時間で計られるそうなので、「所要時間」には飛行時間に加えてタキシングの時間を含めているということになる。八丈島のような小さな空港ならタキシングの時間など取るに足りないが大きな空港で、しかも誘導路上に順番待ちの飛行機の列ができるようなところではタキシングの時間は無視できない。となると現行の「所要時間」の定義は適切であるということになる。いずれにしても飛行機なら片道1時間で多少余りのある距離である。船で出かけると「離島」と感じるが、飛行機なら「ちょっとそこまで」という程度の距離感だ。何も無いところでぼんやりするにはちょうど良い場所であるように思う。