風の遊子(ゆうし)の楽がきノート

旅人を意味する遊子(ゆうし)のように、気ままに歩き、自己満足の域を出ない水彩画を描いたり、ちょっといい話を綴れたら・・・

楽書き雑記「古希を記念してドイツの小説の翻訳本を出版」

2014-02-11 23:15:24 | 日記・エッセイ・コラム


「私の古希記念として自費出版しました」。高知学芸高校同窓会中部支部の仲間で、このブログの「土佐の生んだ詩人をテーマに講演会」(1月29日更新)でも紹介した森田明さん(名古屋市在住が)が、ドイツ語で書かれた小説の翻訳本を贈ってくれました。東大大学院を出てボン大学へ。ドイツ文化やドイツ文学の研究に打ち込み、名古屋市立大学国際文化学科教授を務めるなど、日独の文化交流に尽力してきた森田さんらしい古希記念ですね。


小説は「ナチと理髪師」。日本語訳の出版は初めてです。

約560ページの末尾にある訳者・蛇足(森田さんのあとがき)によれば、著者エドガー・ヒルゼンラートは、1926年ドイツで東欧出身のユダヤ人の両親のもとで誕生。ヒトラー政権のユダヤ人迫害から逃れてルーマニアへ亡命したものの逮捕されゲットーに。ユダヤ人同士の陰惨な生存闘争を生き抜き、44年にソ連軍に解放されると単身パレスチナへ渡りますが、イスラエル国家の建設を目指すシオニズムに違和感をつのらせてアメリカへ。
ニューヨークでウエイターなどをしながら小説を執筆。75年にドイツへ帰国、ベルリンで創作活動をして、アルフレート・デーブリーン賞など多数受賞しています。

「ナチと理髪師」は、そうした著者の数奇な運命や体験から生まれたといえるでしょう。

主人公はドイツの娼婦の母から生まれた私生児。ナチズムが台頭する中でユダヤ人だと見間違えられるという屈辱から逃れるため、容貌の違うユダヤ人の親友と入れ替わり、理髪師をしながらナチの親衛隊になってユダヤ人大量虐殺にかかわったり、大戦後はパレスチナでイスラエル建国闘争に加わります。
主人公の人生は変節と残虐な行為の繰り返しですが、森田さんは「訳者・蛇足」の中で書いています。
「逆境の中を如才なく生き抜く。これは特殊なケースではなく、極めて人間的な現象ではないか、と暗示しているかのようだ。ヒトラー政権の背後に圧倒的なドイツ国民の憑かれたような支持があったことは、否定しようのない事実。誰が主人公を他人事として済ますことができるでしょう」

「ナチと理髪師」が初めて出版されたのは1971年、ニューヨークの出版社による英語訳でした。以後、イタリア語、フランス語、スウェーデン語などに訳されましたが、本国ドイツで出版されたのは6年後の1977年でした。

「この小説は、付和雷同して大量虐殺を実行したナチ党員を主人公にして、加害者と被害者が入れ替わるという『なりすまし』の可能性を誇張している。ナチ犯罪を一般化し、陳腐化する危険をはらんでいるのではないか」
「ナチの犯罪を倫理や道徳の問題を回避したまま諧謔(かいぎゃく)を弄した手法で扱かっている。ホロコーストという深刻な出来事を茶化し、犠牲者たちを冒涜するものだ」
このような見方や考えから出版社が出すのをためらったのだろう、と森田さんは分析しています。

森田さんはこれまでに「東洋紀行」「第三帝国のユダヤ人迫害」など10冊ほどの翻訳本を出しています。いずれも出版社からの依頼でした。

しかし、今回は様子が違いました。
森田さんは話します。
「初めて出版社に売り込みをしたのですが、断られるやら無視されるやら・・・、自分の無力と出版界の厳しさを知りました。そこで、70歳になったのだから古希の記念に、と自費出版を思い立ちました」
出版後、ドイツ文学者でエッセイストの池内紀さんが、サンデー毎日のコラムで取り上げてくれました。
「池内さんは、僕と同じコースである東京外語大、東京大で学んだ2年先輩。うれしいですね」と森田さん。
出版は文芸社。定価1600円+税です。


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