リタイア暮らしは風の吹くまま

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戦没者追悼記念日に

2019年11月12日 | 日々の風の吹くまま
11月11日(月曜日)。☁☁。三連休の最終日でRemembrance Day(戦没者追悼の日)。夢を見ているところをカレシに起こされてちょっと眠いけど、時計は7時過ぎだから、ま、いいか。クロスワードパズルの夢を見ていたような気がする。ある共通の単語の頭につく言葉で、どれも4文字の単語なのに一ヵ所だけいくら考えても3文字の単語しか思いつかなくて、知恵を絞っているときに横っ腹を小突かれて目が覚めたんだけど、はて、正解は何だったのか、気になるところ。

戦没者追悼の日は第1次世界大戦が休戦に入った11月11日午前11時を記念したのが始まり。でも、その後第2次世界大戦があり、朝鮮戦争があり、ベトナム戦争があり、湾岸戦争があり、さらにはいつも地球上のどこかで「戦争」と名の付く国際紛争や民族間の抗争があり、果ては過去の遺恨や宗教間の確執や覇権争いや何やらと、とにかく争いが絶えないのが人間世界。当初は「自由のために戦った兵士」を称える日だったけど、すでに大戦から世代を経て、最近の若い人たちは様々な紛争の「犠牲者」を悼む日と捉えるようになりつつあるというのはいい方向だと思う。ほんとにまあ、人類と言うのはできの悪い子供のようなもので、創造の主はそれがどこの誰のであっても、自分の最大の「失敗作」になまじ知恵を授けたばっかりにこのていたらくと頭を抱えているんじゃないかと思うな。

去年のクルーズでフィリピンからボルネオへ向かう途中の海を眺めていて、ワタシが会うことがなかったキヨシ叔父のことを考えていた。漫画家志望だったという叔父は母の一番下の弟で末っ子。徴集されて乗せられた船がどこかあのあたりの海で沈没して「戦死」したと聞いていて、ワタシが小さかった頃に伯母に「この子はキヨシの目をしている」と言われて、子供心に少なからぬショックを受けたのを覚えている。髪の毛1本すら家族の下へ帰ることがなかった叔父が今でもあの海のどこかで眠っているのかと思うと、子供のころひょっとして叔父の生まれ変わりなのかと考えていたワタシには、見渡す限りの海原を目の前にして覚えた不思議な感慨は死ぬまで忘れないと思う。

ウォーキングの帰り道、2分間の黙祷を捧げる午前 11時(ラジオも沈黙する)を過ぎたようで、第2次大戦で使われた4機の戦闘機が儀礼の編隊飛行をして飛んで行き、さらに輸送機が低空で飛び抜けて行った。毎年こうやってメトロバンクーバー各地で行われている追悼式典の上空を飛んで回る。人類はいつになったら殺し合いをやめるんだろうな。鎮魂・・・。