『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

終活の一環

2022-07-23 06:44:00 | ギター
【7月31日で
「ティーカップ」サービス終了
(接続不可)の為、
goo blogに引っ越します!!】

https://blog.goo.ne.jp/liqbeau2020/0


2004年から
18年間も毎日続けてきた
「ティーカップ」のブログも
運営を終了するというので
当惑もしたが、
【始め在るものは終わり在り】
という世の習いだから
仕方ないや、と粛々と
「goo blog」に
引っ越しの手続きを進めている。







Facebookにおいては、
2月7日から
毎日一曲をアップするという
『リュート・マラソン』を
今も続いている。

来月の7日で
早くも半年となり、
のべ180曲を
アップしてきたことになる。

当初はプチ・マイブームと
思っていたが、
半年も続いてるのを見ると、
どうやら、本腰を入れて
ライフワークでもある
ギター音楽の追求を
極めようとしているのかもしれない。

そして、
まだまだ、これから
弾く予定の曲がいくらもある。

かつて公演した曲ばかりでなく、
この機会に新たに
取り組んだり、
発見した曲もある。

ゆんべも
YouTubeサーフィンをしてたら、
メルリンという作曲者の
『想い出の組曲』から
『エヴォカシオン』という
ベタな演歌調の曲を見つけた。

ちょっと気恥ずかしくなるような
甘々の旋律だが、
YouTubeでは、けっこう外人奏者が
真面目な顔でロマンティシズムに
浸っている。






初見でも
スラスラ弾ける程度の曲だが、
録画録音となると、
ある程度は練習も要るだろう。

『リュート・マラソン』をやってて、
これも終活の一環なんだなぁ・・・と、
最近では感じてきた。

そう。
ライフワークへの
最後の命の時間の投入・・・
といった感じである。

もう体力的にも劣ってきて、
ゆんべなぞ
風邪気味でやってたら、
具合がわるくなり、
しばし寝養生してから
また取り組むようだった。

指の変形性関節症も
年々ひどくなり、
また指を酷使すればするほど
悪化する・・・(😿)。

それでも、
やらねば・・・という、
強い意志がどこからともなく
湧いて来るから、
それに従っているだけである。

重度の喘息少年だった自分に
ギターが
音楽する喜びをもたらしてくれ、
延々、半世紀も付き合ってくれた。

もはや、
"ベター・ハーフ"とも形容したい
ギターは有形の、
音楽は無形の、
欠かせぬものである。



二十代の頃、
いっ時、占い類に凝って、
ありとあらゆる事に
ひと通り手を染めてみたことがある。

その折、
不思議な事に、
どの占いでも、
「晩年運」と出て、
喜び、幸福感のなかで
生涯を閉じる・・・とあった。

ワルクない
エンディングだなぁ・・・
と思ったことがあるが、
最近では、『リュート・マラソン』を
走り切って、もう弾きたい曲もなくなった、
という充足感、満足感に包まれたら、
その時に"事切れる"のかなぁ・・・と、
ふと思ったりもした。

それも、わるくないなぁ・・・と、
正直、思っている。

「おとーさん。
ギターを抱いたまま
眠ってるようだったよ・・・」
というのは、
ドラマチックで、
カッコいい(笑)。

念願だった孫にも会えたし、
この手で抱くことも出来た。

亡き父の名言だった
「もう十年生きててほしかった・・・と、
言われる当たりで死にたい・・・」
という
惜しまれる去り方も
「有終の美」っぽくて素敵だなぁ・・・。

こんな風に考えるのも
「終活」を生きる、
という夏休みの日常なのかもしれない。



とりあえずは、
来年5月27日に、
『福大ギター部』が無くなるのを
追悼するような気持ちで、
音楽堂の舞台に
また立つ日まで、
ギター音楽を自分なりに
極めていくつもりである。

そのあたりで、
キレイに人生を終わっても、
何の悔いもない。

むしろ、
いい人生だった、
オモシロイ生涯だった、
神様、ありがとうございました、
とお礼を申して、
肉体の衣を脱いで
天上に還りたい。

もっとも、
金光教祖のみ教えには
「死ぬ用意をするな。
 生きる用意をせよ」
という
重々しい言葉がある。

寿命もまた
天命かもしれぬので、
それが自ずと尽きるまでは
生きねばならないのかもしれない。

***

3.11の時は、
原発が爆発した翌日に、
ブログ上で、
一度、皆さま方へ、
最後のご挨拶をしたことがある。

「ご迷惑をおかけしました皆さま方。
 誠に申し訳ございませんでした。
 心よりお詫び申しあげます。
 
 お世話になりました皆さま方。
 誠にありがとうございました。
 心より感謝申しあげます。
 
 思えば、よい人生でした。
 どうぞ、お元気でお過ごし下さいませ。
 また、いずれ、あの世とやらで、お会い致しましょう。
 
 ありがとうございました。」

これなら、いつでも、
通用するだろう(笑)。





仏教学の泰斗・
中村 元(はじめ)先生は
「いずれは、文明が発展して、
人は生き物を殺さずとも、
栄養を摂取できる日が
くるかもしれません」
と仰っておられた。

生化学的には、
C₆H₁₂O₆(ブドウ糖=ご飯)、
H₂O(水)、
Nacl(塩化ナトリウム=塩)、
さえ摂取できれば、
植物人間が生存できるように
生きる事は可能なのである。

これに、
必須アミノ酸や
ヴィタミン類や
微量元素類が
サプリでも摂取できる。

そうなりゃ、
ヴェジタリアンやビーガン
どころのハナシではなく、
まったく生物由来の栄養は
必要なくなるのである。

ただし、
そうなると「食文化」なるものは、
完全に廃れて、同時に、
「美味しく食べる」
という本能的な快楽行為も
閉ざされてしまう。

そんな、愚にも付かない
妄想チックなことを考え乍ら
『ロティ・ド・ポール』
(カナダ産ポークのロースト)
の肉塊をナイフでカットしていた(笑)。

おとつい
880円でツタヤで買ってきた
ピンクベージュのプレートが
セカスト(古物店)で買った
100円のプチ・アシェット(小皿)と
いいマリア―ジュであった。








オフ日のたびに
"ぼっちフレンチ"を作ってるので、
そのアップした画像も
溜まりにたまって
数百点にもなった。

いずれ、
自分用に製本して
『ぼっちフレンチ』とでも
タイトルをつけて、
懇意の方々への
何かの返礼品にでもしようかしらん(笑)。

これも、
自分がこの世に残した
足跡であるのだなぁ・・・と、
風邪気味でシンドイせいか、
妙に「人生総括」モードになっている(笑)。

グダクダ言ってる奴が、
いちばん長生きする・・・
っていうのも世の習いであるなぁ・・・(笑)。

〜(˘・з・˘)〜 グテグデ

夏休み四日目にして、
はやくも"人格崩壊"の傾向が
はじまった・・・(笑)。

ハテ (・_・?) キョウハ ナンヨービダ?  






カミさんが、
教員を退職して
家業の農家をされている親友から、
摘みたてのブルーベリーを
三パックも頂いてきたので、
自分もおすそ分けに与り、
毎日、ちょっとずつ
頂いている。

ブルーベリーは
ヴィタミンAが豊富で、
目に良い・・・
という成分抽出サプリの宣伝を
よく新聞広告で見る。

高校の生物の授業でも
「視紅(visual purple)」
という色素タンパク質について
教えたことがあるが、
それは近視・遠視の
視力改善には無縁なのである。

生物のテストでも
「視紅」=「ロドプシン」
について出したことがある。

久しぶりに、
ちょいと問題を作ってみようかしらん(笑)。

1.
網膜の杆状体の外節に含まれる
紫紅色の色素タンパク質で、
光受容体として機能するものを
何というか答えよ。

(       )

2.
網膜には2種類の視細胞があるが、
それは(    )と杆状体で、
前者は強い光に反応して
色覚をつかさどり、
後者は弱い光のもとで
(   )を識別する。

答え・・・(錘状体)(明暗)






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