[12月31日10:12.天候:晴 東京都北区王子 JR王子駅→京浜東北線937B電車内]
〔まもなく2番線に、快速、磯子行きが参ります。危ないですから、黄色い線までお下がりください〕
私の名前は愛原学。
都内で小さな探偵事務所を経営している。
今日は大みそかだが、探偵には年末年始もお盆もゴールデンウィークも関係無い。
依頼があれば、例えどんな日であろうともそれを受けるのが義務だと思っている。
とはいうものの、今回は仕事とは言えないかもしれない。
何故なら、これから海外旅行に行くからである。
いや、現実には海外旅行とも違うかもしれない。
だが一応、ちゃんとパスポートは持って来た。
そして私達の手には、大きなキャスターバッグ。
〔「2番線、ご注意ください。快速、磯子行きが参ります。田端までの各駅と、上野から東京までの各駅並びに浜松町から先の各駅に止まります。停車駅にご注意ください」〕
何だか、あまり速そうではない案内をするなぁ。
電車の入線速度は速いのだが。
段々と京浜東北線快速の停車駅が多くなってくる。
そのうち、日暮里駅に止まるようになったら、これはもう快速運転自体を廃止した方が良くなるかもしれない。
駅をバンバン通過するからこそ、快速には有難みがあるものだ。
〔「ご乗車ありがとうございました。王子、王子です。2番線の電車は快速、磯子行きです」〕
王子駅は北口が1番賑わう。
だが、その北口改札に至る通路は狭い。
私達は僅かな停車時間の間に、電車の最後尾に乗り込んだ。
〔2番線、ドアが閉まります。ご注意ください。次の電車を、ご利用ください〕
電車が走り出す。
特に速度制限は無いのか、スルスルと加速して行く。
〔次は上中里、上中里。お出口は、右側です〕
〔The next station is Kami-Nakazato.The doors on the right side will open.〕
愛原:「それにしても……」
私は京浜東北線のラインカラーと同じ色の座席に腰掛けると、招待状を取り出した。
愛原:「件の船は14時出航だというのに、随分と早い出発じゃないか?なあ?高野君?」
高野:「入港は11時ですし、しかもランチバイキングからスタートするというじゃありませんか。豪華客船で豪華ランチですよ、先生?」
愛原:「まあ、確かになかなかそんな機会は無いな。……どうした、高橋君?浮かない顔だが、やっぱりコタツにミカンの方が良かったか?」
高橋:「い、いえ……。俺は先生とでしたら、地獄までも付いて行きます」
高橋は私の前に立っているのだが、どうも気分が悪そうだ。
どちらかというと肌は白い方なのだが、それが更に青白く見える。
高野:「勝手に先生を地獄行きにしないの。先生みたいないい人だったら、きっと天国行きよ」
高橋:「そ、そういうことじゃねぇ」
愛原:「高橋、お前座ったらどうだ?」
私は席を立とうとした。
だが、その動きを高橋が止める。
高橋:「いいえ、先生。別に俺は、病気とかそういうんじゃないです」
愛原:「じゃ、何なんだ?」
高橋:「その……海外に出るというのが初めてなもので、何だか緊張して……」
愛原:「はははは!何だ、そんなことか。安心しろ。俺も高野君も、海外は初めてだから。パスポートを取ったのだって、こんなこともあろうかと思って用意していたものなんだ」
高野:「私は前の仕事の関係で取ってただけだけど……」
高野君の前の仕事というのは、霧生市内にあった地方紙の記者だ。
なるほど。
新聞記者ともあれば、海外に飛ぶ機会もあるからってことか。
[同日11:30.天候:晴 神奈川県横浜市中区 横浜港大さん橋]
京浜東北線に揺られて、凡そ1時間。
大日本汽船“顕正”号が停泊している横浜港大さん橋に行くには、いくつかのルートがある。
私達は京浜東北線を関内駅で降りた。
そこから徒歩15分とのことだが、何だか迷子になりそうだったので、タクシーで向かった。
運転手:「見えてきましたよ。あの船ですか」
愛原:「おお〜!」
高野:「大きい……」
高橋:「大丈夫ですかね?沈んだりとかはしませんよね?」
愛原:「まさか。あんな大きな船が、そうそう沈むなんてことは無いよ」
顕正号は豪華客船の名に相応しい大きさを誇っていた。
運転手:「出入国ロビーの方に着けますね。お客さん、あの船のお客さんでしょ?」
愛原:「そうです。よく分かりましたね」
運転手:「そりゃ、トランクにあれだけの大きな荷物を積まれましたもの……」
愛原:「それもそうか」
私達はタクシーを降りた。
何しろ、横浜は中華街くらいしか来たことないからな……。
でもまあ、ターミナルの中に入って行くと、ちゃんと案内が出ていた。
愛原:「『顕正号ご乗船のお客様』とある」
高橋:「それじゃ、向こうですね」
愛原:「高橋君、肩肘張らずに落ち着いて」
高橋:「は、はい」
高野:「豪華客船なんて、一生に一度乗れるかどうかだんね。そりゃ、緊張もするよ」
さすがの高野君も、この時は高橋君に同情的だった。
出国手続きをさせられるということは、やはりこの船で外洋に出るということだな。
行程表によると、次の寄港地については何も書かれていない。
日本の周りをグルリと回るだけのように見えるのだが、わざわざ外洋に出る必要があるのか。
出国手続きを終えた私達は、タラップを上がって船上の人になることができた。
係員:「愛原様のお部屋は308号室と309号室でございます」
愛原:「3人一緒の部屋じゃないんだ」
係員:「本船の客室は全てデラックスツインルームとなってございまして、もちろんエキストラベッドをご使用になれば3名様でご利用は可能です。それでよろしければ……」
高野:「あ、いや、私は遠慮しとく。そのツインルームを1人で使えるってんならお得だわ」
もちろん、ここまでで交通費以外の費用は私達は払っていない。
部屋代から何から、船旅に必要な経費はこの招待状という名のチケットに全て含まれているようである。
私達はルームキーを受け取った。
……ん?ルームキー?カードキーではないのか。
ふーん……。
あの“トイレの花子さん、仮面の少女”を名乗る者から送られて来たカードキーは、一体どこで使うものなのだろう?
この船だと思っていたのだが……。
エレベーターで客室フロアに向かった。
愛原:「えーと、308、308っと」
高橋:「先生、ここですよ」
高野:「すると、私の部屋はその隣ね」
私は早速、ルームキーでドアを解錠した。
愛原:「12時から、カフェテリアでランチバイキングらしいな。その時になったら、皆で行こう」
高橋:「はい」
高野:「分かりました」
豪華客船の名に相応しく、船内も客室もそれなりにデラックスな造りにはなっていたが、建造から既に何十年も経っているせいか、それによる老朽化のようなものもちらほら目に着く感じではあった。
〔まもなく2番線に、快速、磯子行きが参ります。危ないですから、黄色い線までお下がりください〕
私の名前は愛原学。
都内で小さな探偵事務所を経営している。
今日は大みそかだが、探偵には年末年始もお盆もゴールデンウィークも関係無い。
依頼があれば、例えどんな日であろうともそれを受けるのが義務だと思っている。
とはいうものの、今回は仕事とは言えないかもしれない。
何故なら、これから海外旅行に行くからである。
いや、現実には海外旅行とも違うかもしれない。
だが一応、ちゃんとパスポートは持って来た。
そして私達の手には、大きなキャスターバッグ。
〔「2番線、ご注意ください。快速、磯子行きが参ります。田端までの各駅と、上野から東京までの各駅並びに浜松町から先の各駅に止まります。停車駅にご注意ください」〕
何だか、あまり速そうではない案内をするなぁ。
電車の入線速度は速いのだが。
段々と京浜東北線快速の停車駅が多くなってくる。
そのうち、日暮里駅に止まるようになったら、これはもう快速運転自体を廃止した方が良くなるかもしれない。
駅をバンバン通過するからこそ、快速には有難みがあるものだ。
〔「ご乗車ありがとうございました。王子、王子です。2番線の電車は快速、磯子行きです」〕
王子駅は北口が1番賑わう。
だが、その北口改札に至る通路は狭い。
私達は僅かな停車時間の間に、電車の最後尾に乗り込んだ。
〔2番線、ドアが閉まります。ご注意ください。次の電車を、ご利用ください〕
電車が走り出す。
特に速度制限は無いのか、スルスルと加速して行く。
〔次は上中里、上中里。お出口は、右側です〕
〔The next station is Kami-Nakazato.The doors on the right side will open.〕
愛原:「それにしても……」
私は京浜東北線のラインカラーと同じ色の座席に腰掛けると、招待状を取り出した。
愛原:「件の船は14時出航だというのに、随分と早い出発じゃないか?なあ?高野君?」
高野:「入港は11時ですし、しかもランチバイキングからスタートするというじゃありませんか。豪華客船で豪華ランチですよ、先生?」
愛原:「まあ、確かになかなかそんな機会は無いな。……どうした、高橋君?浮かない顔だが、やっぱりコタツにミカンの方が良かったか?」
高橋:「い、いえ……。俺は先生とでしたら、地獄までも付いて行きます」
高橋は私の前に立っているのだが、どうも気分が悪そうだ。
どちらかというと肌は白い方なのだが、それが更に青白く見える。
高野:「勝手に先生を地獄行きにしないの。先生みたいないい人だったら、きっと天国行きよ」
高橋:「そ、そういうことじゃねぇ」
愛原:「高橋、お前座ったらどうだ?」
私は席を立とうとした。
だが、その動きを高橋が止める。
高橋:「いいえ、先生。別に俺は、病気とかそういうんじゃないです」
愛原:「じゃ、何なんだ?」
高橋:「その……海外に出るというのが初めてなもので、何だか緊張して……」
愛原:「はははは!何だ、そんなことか。安心しろ。俺も高野君も、海外は初めてだから。パスポートを取ったのだって、こんなこともあろうかと思って用意していたものなんだ」
高野:「私は前の仕事の関係で取ってただけだけど……」
高野君の前の仕事というのは、霧生市内にあった地方紙の記者だ。
なるほど。
新聞記者ともあれば、海外に飛ぶ機会もあるからってことか。
[同日11:30.天候:晴 神奈川県横浜市中区 横浜港大さん橋]
京浜東北線に揺られて、凡そ1時間。
大日本汽船“顕正”号が停泊している横浜港大さん橋に行くには、いくつかのルートがある。
私達は京浜東北線を関内駅で降りた。
そこから徒歩15分とのことだが、何だか迷子になりそうだったので、タクシーで向かった。
運転手:「見えてきましたよ。あの船ですか」
愛原:「おお〜!」
高野:「大きい……」
高橋:「大丈夫ですかね?沈んだりとかはしませんよね?」
愛原:「まさか。あんな大きな船が、そうそう沈むなんてことは無いよ」
顕正号は豪華客船の名に相応しい大きさを誇っていた。
運転手:「出入国ロビーの方に着けますね。お客さん、あの船のお客さんでしょ?」
愛原:「そうです。よく分かりましたね」
運転手:「そりゃ、トランクにあれだけの大きな荷物を積まれましたもの……」
愛原:「それもそうか」
私達はタクシーを降りた。
何しろ、横浜は中華街くらいしか来たことないからな……。
でもまあ、ターミナルの中に入って行くと、ちゃんと案内が出ていた。
愛原:「『顕正号ご乗船のお客様』とある」
高橋:「それじゃ、向こうですね」
愛原:「高橋君、肩肘張らずに落ち着いて」
高橋:「は、はい」
高野:「豪華客船なんて、一生に一度乗れるかどうかだんね。そりゃ、緊張もするよ」
さすがの高野君も、この時は高橋君に同情的だった。
出国手続きをさせられるということは、やはりこの船で外洋に出るということだな。
行程表によると、次の寄港地については何も書かれていない。
日本の周りをグルリと回るだけのように見えるのだが、わざわざ外洋に出る必要があるのか。
出国手続きを終えた私達は、タラップを上がって船上の人になることができた。
係員:「愛原様のお部屋は308号室と309号室でございます」
愛原:「3人一緒の部屋じゃないんだ」
係員:「本船の客室は全てデラックスツインルームとなってございまして、もちろんエキストラベッドをご使用になれば3名様でご利用は可能です。それでよろしければ……」
高野:「あ、いや、私は遠慮しとく。そのツインルームを1人で使えるってんならお得だわ」
もちろん、ここまでで交通費以外の費用は私達は払っていない。
部屋代から何から、船旅に必要な経費はこの招待状という名のチケットに全て含まれているようである。
私達はルームキーを受け取った。
……ん?ルームキー?カードキーではないのか。
ふーん……。
あの“トイレの花子さん、仮面の少女”を名乗る者から送られて来たカードキーは、一体どこで使うものなのだろう?
この船だと思っていたのだが……。
エレベーターで客室フロアに向かった。
愛原:「えーと、308、308っと」
高橋:「先生、ここですよ」
高野:「すると、私の部屋はその隣ね」
私は早速、ルームキーでドアを解錠した。
愛原:「12時から、カフェテリアでランチバイキングらしいな。その時になったら、皆で行こう」
高橋:「はい」
高野:「分かりました」
豪華客船の名に相応しく、船内も客室もそれなりにデラックスな造りにはなっていたが、建造から既に何十年も経っているせいか、それによる老朽化のようなものもちらほら目に着く感じではあった。