(英語版)
(アラビア語版)
Part II:「エスニック・クレンザー(民族浄化剤)」
49. 長女アナット(1)
「シャロームは最近顔を見せないが元気でやっているのかね?」
退役将軍は溺愛する孫娘のルートをひざにのせ読み聞かせていた絵本から目を離すと長女のアナットに次女シャロームの様子を聞いた。現役時代はその精悍な面構えとカミソリのような切れ味で恐れられた将軍も孫娘と過ごす今は世間のどこにでもいる好々爺の顔になる。
「病院の仕事が忙しいんじゃないの。あの娘は子供達のベッドを見て回ったり、男の医師に混じって新型ウィルスとか何とか訳のわからない議論をしているのが好きみたいだから。」
アナットは振り返ってそう答えるとまたすぐにパソコンに打ち込んだ父のスケジュール表に目を落とし、今日の来客をどう裁くかという問題に没頭した。父が空将を退役した後も家には来客が絶えず、アポイントメントの調整は彼女に任されていた。彼女がまだ子どもの頃から父の部下が入れ替わり立ち替わり家に訪れていたため彼女の頭の中には彼らの顔はおろか細かい癖までインプットされており、父の秘書としてはうってつけであった。
将軍は退役した今も軍の内部に穏然たる力を持っている。時の首相も彼の意見を求めて時々自宅を訪ねてくるほどである。そのほかにも彼の影響力を期待しているのか、どことなく胡散臭い人物も家に出入りし密談をしては帰って行く。
彼らが帰った後、将軍は決まって書斎を締め切り家族すら入れずに誰かと電話をしている。アナットは毎月の電話の請求書にワシントンやロンドンなどの国際電話局番があるのを知っている。父親はそのほかにもいろいろな国と交信しているようだ。局番を調べれば相手の国は解るのだが、アナットにとっては父親が国家の重大機密にあずかっていると言うことだけで十分であり、詮索するつもりは毛頭ない。彼女にとって父親はこの世でただ一人尊敬できる絶対的な存在である。
(続く)
荒葉一也
(From an ordinary citizen in the cloud)
前節まで:http://ocininitiative.maeda1.jp/EastOfNakbaJapanese.html