ミーロの日記

日々の出来事をつれづれなるままに書き綴っています。

変化の時

2018-09-10 16:51:56 | 日記
久しぶりにブログを書いている。

大きな地震があって停電が二日間続き、落ち着かなかったからということもあるが、先月から今までの間、ずっと夢の中にいたような気持ちがしている。

あまりにも色々なことが急激に変化していくから、それについて行くことに夢中で、まるで夢を見ていたような気持ちになったのかもしれない。

我が家の事で言えば、先月からいろいろな変化が起こり始めた。

まず、お姑さんがこれから施設に入所することになり、それが急にバタバタと決まったのが8月の終わり。

「施設選びは縁ですから」とは、見学に行った施設の職員さんの何人かが同じことをおっしゃっていた。

まさに縁があった施設に決まった。

このことについては、また後日書こうと思う。

そして、9月3日。

可愛がっていたオカメインコのP太郎との突然の別れがあった。

数日前からまた声がかすれ始めたのだが、3月にも同じようなことがあって大丈夫だったので、今回もしばらく様子を見ていたのだが、どんどん病状が悪化してしまい、病院へ連れて行く車の中で息を引き取ってしまった。

もっと早く連れて行けば・・・と後悔しかないのだが、大きな地震が来たことを考えると、元気だったとしても、繊細なP太郎のことなので、あの揺れとそのあとに来る暗がりの生活に耐えられただろうかと思う。

そのP太郎が亡くなったのが3日の夜。

翌日9月4日の早朝に、夫、長男と一緒に森の中に入って家の中から見える場所にP太郎を埋葬してきた。

家族が仕事に出かけて行き、一人になって家事をしていると、からっぽになったP太郎のかごからP太郎が餌をついばむ音がした。

P太郎のことをずっと考えていたから、空耳だったのだろうか。

一瞬、P太郎がいないことを忘れて「P太郎がご飯食べてる」と思ったが、からっぽになった鳥かごの中にP太郎の姿はなく、その時がいちばん深い喪失感を感じた瞬間だった。

家事をする元気もなくノロノロと片づけをしていたら、今度は耳元で「ぴぃ」と小さく鳴くP太郎の声がした。

その途端、私の左肩にP太郎が飛んで来た時の感覚があり、また小さく「ぴぃ」と左耳に聞こえた。

「あぁ、お別れに来てくれたんだね」と思った。

そう思ったらP太郎は肩の上から飛んでいき、それきりもう二度と戻ってくることはなかった。

とても悲しいけれど、P太郎が神様の元に行く前に別れの挨拶に来てくれたことが、私の心の救いになった。

そして、9月5日。

この日の夜は、生暖かく強い風が吹いていた。

風で木が揺さぶられる音が聞こえ、そのうちに大きな音で雷鳴が聞こえ始めた。

暑いので窓を開けていた為、よけいに雷の音が大きく聞こえ、それはまるで今にも落ちるのではないかと思うくらい近くで鳴っているようだった。

窓の外を見ると、森が全体に大きく揺れていた。

それを見た時、「龍だ。龍がいる」と思った。

実際に龍の姿を観ていたわけではないが、真っ黒い空に大きな黒い龍が身体をくねらせながら飛んでいる様子が脳裏に浮かんだ。

そして6日未明。

かつて経験したことのないような大きな地震が起こった。

家の中の物が床に散乱して壊れていた。

20キロもある大きなオーブンがキッチンのカウンターから転がり落ち、冷蔵庫、ピアノなどの大きな家具が10センチから30センチほど動いていた。

大人二人でも動かすことが難しいような物が、しかも転倒防止のためのストッパーをしていたにも関わらず、いとも簡単に動くほどの自然の大きな力。

畏敬の念、恐怖心・・・いろいろな感情が湧き上がる。

命を失った方々や家が傾いてしまった方々のことを想えば、家電や家具が壊れたことなど何でもないことであるが、あらためて災害は他人事ではなかったことを思い知らされた機会になった。

また停電になったことは不便だったが、ろうそくやランタンの小さな灯りの下でラジオを聴いたり、町が暗いことで一段と美しく見える星空を眺めていたりと、電気のある生活の時より時間がゆっくりと流れているような気がしていた。

変化していく時は、痛みが伴うものだなぁとは、この一ケ月ずっと考えていることで、それは個人的なことであっても無くても同じだと思う。

最初は痛くてたまらないが、それもいずれ変化していく。

この痛みのあとに変化した世界は、今よりもずっと良い方へ変わっているはずだと信じている。







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